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第一章 三ヶ月前
08 小うるさい上司
しおりを挟む「・・・何をしておる」
見上げれば、見慣れたくもないけど見慣れている小うるさい上司の顔があった。
「閣下! 」
「かっかではない。何をしておるのだと訊いている」
もちろん、飛び起きて正座した。ここは道場であり、礼儀は大事だ。しかも、相手は上司。しかも、いつもクドクド説教ばかり垂れられている。が、ヤヨイも負けてはいなかった。
「か、閣下こそ何をしにおいでになったんです? それにここは神聖な道場ですよ! サンダルは脱いでください! 」
帝国陸軍の軍装の歴史は古代ローマの重装歩兵をまねたところから始まっていた。
すなわち、短いテュニカの上に甲冑と羽飾りの着いた兜をつけ、諸刃の剣を持ち足元は編み上げの軍用サンダル。
それが、鉄砲の登場で虚飾を排し混戦時の擦過傷から兵を守る必要から、アタマは鉄のヘルメット。そして下半身に厚手のレギンスを穿くようになり、ここ最近では空挺部隊の登場で厚手のダブダブのトラウザースにジッパー付きのジャケット、そしてロングブーツを着用する部隊まで現れた。
北部の部隊は徐々に空挺部隊の仕様に変更するようになったが、帝都他南部の駐屯地に勤務する兵たちの軍服はまだまだ旧来の伝統を守っていた。兵から将官に至るまで、テュニカにレギンスに編み上げサンダル。帝国は、暑いのである。
すると、カーキ色の軍服の閣下が素直にサンダルを脱ぎ、しかもヤヨイの前に正座したからビミョーに違和感が否めなかった。
「ちょっと第一軍団に用があったのだ。それでついでにお前の様子を見に来てみればやはり・・・。芳しくないウワサが流れてきていたのだ。お前が授業中に居眠りをしている、という」
あっちゃー・・・。
何も言えなかった。事実だからである。それで『バツゲーム』をさせられていたのだから。
「お前が特務に入ってもう2年になる。少しはわたしの苦労もわかろうと期待したのがバカだった。士官ともあろうものが、候補生たちの大切な授業の妨害をしようとは・・・。陸士の教授たちのイヤミは絶品だったぞ。
『アイゼネス・クロイツ』の英雄ともなればどんな狼藉も許される。士官たるを目指す候補生たちの励みになると言うものですな』
わたしがどんな気持ちだったか、お前には、わかるまいな・・・」
ぐっ!
事実だけに、何も言えなかった。
「たしかに、徴兵途中のお前を特務に引っ張り、陸士も経ていないお前を異例中の異例ながら士官に任官させたのはわたしかもしれん。
だが、それはお前自身が選んだ道ではないか。
しかもお前の陸軍特務少尉という肩書は正式なものだ。
お前は、我が帝国海軍の最新鋭戦艦を強奪しようとしたチナの企みを粉砕し、敵の海上戦力を根こそぎ撃破した。その功績に報いるため、前第一艦隊司令長官たるワワン退役中将自らが起案し、陸海軍の参謀総長、軍令部長、さらに内閣府総裁のヤン閣下までが賛同し授与されたものだ。誰にも文句は言わせんし、『ヤヨイ・ヴァインライヒ少尉』の名は知らなくとも、帝国内に『アイゼネス・クロイツの軍神マルスの娘』を知らぬ者はいない。
だがな、ヤヨイ。
誰であれ、学校を卒業し社会に出れば、それがどのような組織であれ、マナーやしきたりと言うものは存在するのだ。士官学校も出ていないお前に士官の肩書はいかがなものか、とガンコなことを言う者もいる。
そういう者たちを『しきたりバカ』と侮蔑するのは簡単だが、世の中には意外にバカが多いのもまた、事実なのだ。
社会人たる者、内心はどうあれ、そうしたしきたりを尊重し付き合う気持ちも必要なものなのだ。先ほど、お前はわたしの非礼を指摘したではないか。そうした配慮は不用意に敵を作らぬためには必要なのだ。
お前は優秀な頭脳を持ち、秀でた技を持ち、敵に勇敢に立ち向かう勇気も併せ持ってはいるが、これからはそうした立派な社会人たるに相応しい礼儀も備えねば。
しかも、お前は一児の母でもあるではないか。お前の息子タオにとり、誇れる母親になろうという気持ちがあってしかるべきであろう。それを・・・」
クドクドクドクド、 クドクドクドクド、 クドクドクドクド、 クドクドクドクド・・・。
・・・。
陸軍少将だけに、マッチョのマルチネス軍曹のクドクドにさらに何倍も磨きがかかった理路整然たる説教を垂れられた。
こういう場合、下手に口答えするとさらにクドクドの質と量が増すのを経験で知っていた。なので、黙って項垂れ、とにかく、時が過ぎ去るのを待った。
いつの間にか、クドクドが終わった。やっと気が済んだのだろう。
「まあいい。形だけにしろ、士官学校には通ったのだ。陸士と陸軍のウルサ方、『しきたりバカ』たちにもいくつか手を打っておいた。多少イヤミを言われることもあろうが、もう表立ってお前の階級を攻撃する者はおらんだろう」
え? まさか、ホントに?!
ヤヨイの顔が急にパッと明るくなった。
「じゃあ、もう士官学校は終わりですね! 」
「いつまでもお前をタタミの上でノンキに昼寝させておくわけにも行かなくなったのだ。そろそろ働いてもらわねばならなくなってきたのでな」
ほんに、この、クッソ、ムカツくオヤジめ・・・。
「明日、航空工廠に行け。そこで指示を受けろ」
「もしかして、新型の機体ですか? 」
エージェントでありアサシンであるだけでなく、ヤヨイは偵察機のパイロットであり飛行教官でもあった。新型機が出るたびにテストを担うテストパイロットでもある。
「まあ、そうだ。ゲタバキ、つまりフロート付きの水上機をテストするのだ。それが終わればターラントに赴き、実際に海の上での離発着をテストする。いいな? 」
ほんに・・・。手間のかかる小娘だわい。
言葉には出さずとも、小うるさいウリル少将の顔にはそう言いたげなトゲが浮かんでいた。
ヤヨイが上司ウリル少将からクドクド十乗倍の説教を垂れられている、その場を、道場の入り口から垣間見ているふたつの影があった。
一人は近衛軍団所属フェルディナント・シュタルケ陸軍中尉であり、もう一人は第一軍団所属の記章を着けた金の樫の葉、刈り上げた金髪の陸軍大尉だった。
「例の『アイゼネス・クロイツ』だ」
「はい。直接見るのは初めてです」
「できれば、彼女を仲間に引き入れたいものだな」
驚いて金髪の大尉の顔を顧みたフェルディナントだった。
史実 「二ニ六事件」メモ その4
五・一五事件
五・一五事件(ごいちごじけん)は、1932年 (昭和7年)5月15日に日本で起きたクーデタ事件。
井上日召の影響を受けた海軍青年将校が陸軍士官学校生徒や愛郷塾生らと協力し、内閣総理大臣官邸・立憲政友会本部・日本銀行・警視庁などを襲撃し、第29代内閣総理大臣の犬養毅が暗殺された。
二・二六事件に至るまでの数年は、軍による一連のテロ行為やクーデター未遂が頻発した時期であった。最も顕著なものが五・一五事件で、この事件では若い海軍士官が犬養毅首相を暗殺した上に、各地を襲撃した。この事件は、将来クーデターを試みる際には、兵力を利用する必要があることを陸軍の青年士官たち (五・一五事件の計画を知ってはいたが関与しなかった)に認識させた点で重要である。
犬養が殺害される際に、犬養と元海軍中尉山岸宏との間で交わされた「話せばわかる」「問答無用、撃て!」というやり取りはよく知られているが、「話せばわかる」という言葉は犬養の最期の言葉というわけではない。前述の通り、犬養は銃弾を撃ち込まれたあとも意識があったとされている。
山岸元中尉はこう言い残している。
『まあ待て。まあ待て。話せばわかる。話せばわかるじゃないか』と犬養首相は何度も言いましたよ。若い私たちは興奮状態です。『問答いらぬ。撃て。撃て』と言ったんです。」
また、三上卓元海軍中尉は裁判で次のように証言している。
「食堂で首相が私を見つめた瞬間、拳銃の引き金を引いた。弾がなくカチリと音がしただけでした。すると首相は両手をあげ『まあ待て。そう無理せんでも話せばわかるだろう』と二、三度繰り返した。それから日本間に行くと『靴ぐらいは脱いだらどうじゃ』と申された。私が『靴の心配は後でもいいではないか。何のために来たかわかるだろう。何か言い残すことはないか』というと何か話そうとされた。」
「その瞬間山岸が『問答いらぬ。撃て。撃て』と叫んだ。黒岩勇が飛び込んできて一発撃った。私も拳銃を首相の右こめかみにこらし引き金を引いた。するとこめかみに小さな穴があき血が流れるのを目撃した。」
犬養首相の孫の犬養道子 ((いぬかい みちこ、1921年 - 2017年)は、日本の慈善家・環境活動家・小説家。首相を務めた犬養毅の孫にあたる。)は著書『花々と星々と』にて、現場に居た母親の証言を引用する形で、祖父の発言を次のように述懐している。
「『まあ、せくな』ゆっくりと、祖父は議会の野次を押さえる時と同じしぐさで手を振った。『撃つのはいつでも撃てる。あっちへ行って話を聞こう。ついて来い』 そして、日本間に誘導して、床の間を背に中央の卓を前に座り、煙草盆をひきよせると一本を手に取り、ぐるりと拳銃を擬して立つ若者にもすすめてから、『まあ靴でもぬげや、話を聞こう』」
興味深いのは、この事件の中で決起士官の思想的指導者であった西田 税 (にしだ みつぎ、1901年(明治34年)- 1937年(昭和12年)までもが襲撃され、重傷を負っていることです。
西田は5・15の決起将校たちを「まだ時期が早い」といって諫めたそうですが、それを、「面倒だから一緒に殺してしまえ」と。
決起将校たちのあまりな短慮に驚くとともに、この西田が後に2・26事件の思想的指導者として北一輝らとともに逮捕され銃殺されるのは歴史の皮肉ですね。
"東京朝日新聞 号外(昭和7年5月15日付)"。木堂が頭部を撃たれて重態であることなどが報道されている。また、日付が4月15日と間違って印刷されており、混乱している様子がうかがえる。
Tokyo Asahi Shimbun - http://www.maroon.dti.ne.jp/inukai.bokudo/toku.html, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=120256710による
襲撃直後の首相官邸の日本間の玄関の様子
毎日新聞社 - https://wedge.ismcdn.jp/mwimgs/7/b/900/img_7b9e74a4ea2ce5ebb65861dca8815637590091.jpg, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=130475200による
Portrait of Inukai Tsuyoshi (犬養毅, 1855 – 1932)
不明 - この画像は国立国会図書館のウェブサイトから入手できます。, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=586464による
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