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第二章 ふた月前
22 正しい選挙報道のあり方
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帝都新聞「記者」シャオピンは、歯噛みした。
彼は、屈強な栗毛の駿馬に乗って颯爽と街路を行くブルネットの女性陸軍士官が、帝国で「アイゼネス・クロイツの英雄」と持て囃されている若きヒロインであることを知っていた。
同時に、彼らの首領であるレイの右手を斬り落とし、彼らの故郷を奪った憎っくき敵(かたき)であることも!
しかし、絶対の忠誠を誓い、彼らミンの残党の旗印であり最後の希望である頭(かしら)レイ様の厳命だから、ただ見送るにとどめた。
「お前たちに命ずる!
我らの使命はミンの再興だが、帝国は強大だ。なまなかなことでは倒せん。
今、我らがすべきは、少しでもいいから帝国内の綻びを見つけ、それを静かに広げ帝国が自滅するように仕向ける。その一点なのだ!
絶対に軽挙はするな! 少しでも疑われるような行動をするな!
来るべき挙兵の日まで、今は全てを自重して耐えるのみだ!
わかったな?! 」
帝国陸軍標準軍装ではない、先ごろ発足した空挺部隊か飛行部隊用の軍服に身を包んで駿馬を駆る女性士官は、帝都を吹き抜ける真冬の風に美しいブルネットを靡かせ、ミンの残党の目の前を悠々と南に向かった。
その姿を無表情で見送ったシャオピンは踵を返してパラティーノに向かった。丘のふもとで張り込みをしている手下どもから報告を受けねばならない。
新年1月1日の日が暮れた。
Reichshauptstadtzeitung ライヒェスハウプシュタットツヴァイトゥング。
繁華街スブッラのはずれにある「帝都新聞社」のカンバンを照らす屋外用のブラケットに火が入れられた。
その集合住宅丸々一棟を社屋にした「報道機関」の「編集室」では、来月早々にパラティーノ区で行われる元老院議員補欠選挙の情勢分析が続いていた。
「なにしろ、我らが『新聞社』を始めてから初めての選挙だ。まず帝国の選挙制度からアタマに入れておく必要があるな」
カンテラの置かれた部屋の奥まった机に着いている紫のチナ装束を着たレイは、「主筆兼社長」のガンを見上げた。
「はい。我も付け焼き刃ですので復習代わりに概論から申し上げたいと思います」
「よい! 皆同じだ。この際、みなで拝聴しよう! 」
レイが顔を寛げたのでガンも2、3の「デスク」たちと共にレイの机の前に掛けた。
ガンは説明を始めた。
「帝都の総人口は約150万。内、兵役を務めた有権者は約100万。それをカピトリーノの丘を除いた6つの丘周辺と丘の外の東西南北計10の選挙区に分けています。選挙区の平民議員定数は二人。ですので、帝都だけで20名の平民議員がいることになります。
貴族議員、平民議員にかかわらず、元老院議員の身分は終身。
そして、世襲が認められている貴族議員とは違い、平民議員の場合は、死ぬか議員を辞職した場合だけ議席に空きができ、選挙が行われます。焦点である今回の選挙は、パラティーノ区の2名の議員のうち一人が老齢のために辞職を願い出たためです」
「ふむ。続けよ」
「はい。
パラティーノ区の有権者は約7万。それが32の『街』、いわゆる『行政区』に分けられているのですが、選挙は住民の『直接選挙』ではありません」
「というと? 」
「はい。
その『街』ごとに住民の総意によって選ばれる『顔役』という者がいます。
帝国は上から下まで古代ローマの行き方を踏襲しているのですが、軍歴の長短や軍で果たした役職が退役後も影響するところなどもそれに、ローマのやり方に倣っているのです。主に軍役で士官か下士官を務めた者、部隊を率いた経験のある者が『顔役』に選ばれる、というのが慣習になっています。
そして、選挙でもこの『顔役』が大きな役割を果たします。
『街』ごとに意向を集約し、『街』の一票を投ずるシステムなのです。
つまり、今回のパラティーノ区の元老院議員選挙とは、パラティーノ区の32票を取り合う選挙なのです。もちろん、丘の上の20数件の貴族には選挙権も被選挙権もありません」
「なるほど・・・」
レイは大きく頷いた。
「では、その『顔役』という者たちを多く抑えたものが勝つというわけだな? 平民の」
「そういうことです、頭」
「軍務に、しかも職業軍人を経験した者であれば、軍の上層部の者、とりわけ、今回の候補者、われらのモンゴメライ校長先生は当然、有利であろうな」
ガンは、お道化た風さえ見せて陸軍の重鎮を茶化す頭を親し気に見つめた。
一昨年、チナ本国の意向で戦艦ミカサの強奪の指揮を執り、また、続く戦争で御父君であり当主のお屋形様を失い、ミンが亡びるのを目の当たりにしたころの悲壮な表情の頭とはまるで違う。どこか角が取れて丸くなったような・・・。
いや、違う。
お頭は修羅場を経て、より大きくご成長されたのだ、と・・・。
「いえ、実は現在の形勢は、どうも対抗馬のホモ・ノヴァス、新興成金の方が優勢のようです」
「なんという名の男なのだ、その対抗馬は」
「彼女の名は、Katherina Weidenfellerカテリーナ・ヴァイデンフェラー。
帝都だけでなく北はシュヴァルツヴァルトシュタット、南はキール、マルセイユに支店を持つ裕福な貿易商です」
「なんと、女か! 」
レイが目を見開いた。
「はい。
パラティーノの丘の上に自宅があり、選挙資金も豊富で、夜な夜な自宅やスブッラの高級レストランにパラティーノ区の『顔役』を招待し、接待を繰り返しているとか。また、協力を得られた顔役の『街』には少なくない寄付をしていると。それで有権者に対する顔役の『顔』も立ち、支持をまとめやすくする戦略のようです」
「ほおー・・・。かなりヤリ手の女らしいな。一代でその地位に? 歳はいくつだ? 」
「出身はキールあたりらしいのですが、徴兵を終えて無一文からの叩き上げ、と。歳は30台後半とか。失礼ですがお頭と同年代なのでは? 」
「なるほど・・・。帝国にもホネのある女がいるものだな。ふ~む・・・。
で、われらが校長先生は、いささか分が悪いと、そういうことだな? 」
「いささかどころではないようです」
キッパリと、ガンは言い切った。
「投票日まであとひと月を切りましたが、おそらくはこのままヴァイデンフェラー女史が逃げ切るだろうと・・・」
「誰が言ったのだ」
「クーロン飯店のマネージャーから聞きました。過去何度も他地区の選挙でこうしたケースを見て来たらしいのですが、彼の予測はだいたい、アタルのだそうです」
「なるほどな。目の前で度々政治パーティーが催されれば、風のようなものは感じるだろうな。そうか・・・」
レイはアルカイックな相貌を研ぎ澄ませ、何やら沈思に耽った。
机の上が暗いのに気付いた。ガンがピンセットを使って短くなっていたカンテラの芯を引き出していると、
「で、ガン。我ら『帝都新聞社』としては、どのような『報道』をすべきだと思うか」
「どちらを応援する方が我々にトクかということですね? 」
「無論だ」
レイは義手の方の右手で机の上をトン、と叩いた。
「ちなみに、その女の政治信条はどのようなものか。まあ、終身で政府の重要な情報源を活用できるわけだ。その立場をフルに使って金儲けに専心するのだろうが・・・」
「ところが、それだけでもないようですよ」
「というと? 」
「ヴァイデンフェラー女史は以前から支店のある地方都市や辺境のプロクラトール(皇帝代理人)、つまり地方政府に、地元の道路や港湾、インフラの整備とか娯楽施設の建設用にと多額の寄付を行ってるらしいんです。
「ほお! 」
「政治的には親皇帝派ですね。もう一人のパラティーノ区選出平民議員とも懇意にしていると聞きましたし」
「寡聞にして知らぬ。なんという名だ、その議員は」
「以前お頭はお会いになっていますよ。戦艦ミカサの艦上で」
「内閣府のヤンか! 」
「そうです」
と、ガンは口の端を引き上げた。
「つまり、ヴァイデンフェラー女史は当選すれば与党議員になるというわけです」
と、そこへ中庭の方から大声が聞こえて来た。
――おか・・・、お嬢様は?! ――
――書斎においでかと! ――
「ふふ。どうやら、わが社のスクープ記者がご帰還らしいぞ!」
レイが冗談交じりにほくそ笑んでいると、ノックもなしにドアが乱暴に開かれた。
「お、お嬢! どえらいネタを仕入れやしたぜ! 」
「おい、何を慌てておる! いいトシをして、少し落ち着かんか。
いったい、なにがあったと言うのだ」
レイが笑いながら椅子を示すと、シャオピンは乱れた息のまま椅子にドン、と腰を下ろし、ガンが差し出したレモネードを一気飲みしてぷはっ、と息を吐いた。
「実はですね、さっき、パラティーノのふもとに張り込みしてる野郎に様子を聞こうと思いやして丘に向かったんですがね、丘の上から猛スピードで降りてくる馬車に轢かれそうんなっちまいやして。で、そいつ酒場で知った顔だったんで、なんだってこんなに急いでるんだってワケを聞こうとしたら、絶対に言えねえって言い張るんで。
なんかクサいと思いましてね。行ったんですよ、ソイツの奉公先の屋敷に」
「で? 」
「ブランケンハイム侯爵っていやあ、貴族中の貴族ですよ、お頭! 近衛の旅団長もしてるし、皇帝の紋章を使うのを許されてて、皇帝の代わりに外国の要人接待もしてる。私設の楽団まで持ってる大金持ちでさ!
で、その屋敷に潜り込みましてね」
「よく入れたな! 」
アタマはキレるが穏健派のガンが目を丸くした。
「まあ、そこはそれ。むかしのデン、てやつで。
それより、カンジンなのはその後でさ!
屋敷の前庭は他の貴族や軍人やらの馬車で埋まってましてね。
で、招かれた閣下方が外で煙草を吸いながらデカイ声で話してるのを聞いたんですが・・・」
シャオピンは盗み聞きした一件を話した。
それを聞いたレイは、
「本当か、それは! 」
「まだ、ウラは取れてません。念のために他の軍団や貴族の関係に聞き込みした方がいいとは思いますが、でも、我のカンは当たるんですよ、お嬢! 」
「重大事件だな、それは。ヘタすれば、現政権を率いる皇帝の足元が揺らぐぞ!
ガン! すぐにこのネタのウラを取れ! 」
「で、お頭。例の選挙のほうは? 」
「このネタが本当なら、選挙どころではないかもしれんが、方針は自ずと決まったようなものだ。
わが『帝都新聞』は、モンゴメライ校長先生に肩入れする! そして、反皇帝派を喚起し、支援する!
これをわが社の大方針とする!
でかしたぞ、シャオピン!」
居合わせた者が気を利かせてボーイを呼んだ。
帝国では徒弟制度が整備されていた。
大部分の子供は小学校を卒業すると社会に出る。
製造業でも接客業でも農業でも同じで、最初は見習いとなって働きながら仕事を覚え、そして一人前となってそこから独立する者もいた。
「帝都新聞社」でもそれは同じで、2、3人の12歳から15歳ぐらいの子供が見習いとして働いていた。
その最年長の少年が、時々やってくる紫のチナ服を着た女の人の書斎に呼ばれた。
「はい! お呼びですか? 」
「おお、フェイ! まだいたのか! 帰るトコ悪いが、ちょっとウォトカとカップを持ってきてくれんか」
「はい、すぐに持ってきます! 」
フェイ、と呼ばれた少年は階下に降りて酒のボトルと木のカップをトレーに載せ、紫の女の人の部屋に届けた。
「じゃあ、ぼくはこれで。おつかれさまでした! 」
「おう! また、明日な。おつかれさん! 」
そうして、フェイはクーフィーヤを巻いて通りに出た。
新聞社には、「近くに住んでます」と答えていたが、フェイは何度か後ろを振り返りながら狭い下町の街路をあっちへ曲がったりこっちへ曲がったりして、ついにスブッラの中心街に出た。
そこに店を出している、夜遅くまでやっているので評判の飲み屋に入り、カウンターのマスターにコク、とひとつ頷いただけで奥に入り、長い暖簾を潜ってさらに奥の部屋に入って裏口を出た。
出たところに厩があり、そこから黒毛の3歳馬を曳きだして跨った。
もう深夜で、人通りもだいぶ落ち着いていた。クーフィーヤを上げて顔を半分隠し、フェイは北を目指した。
フォルム街を抜けてバカロレアを通り過ぎるころには速足で駆け、一気にクィリナリスの丘を登って貴族の屋敷が連なる街路を急ぎ、ある黒御影石の邸宅の前で止まった。
深夜である。
普通なら門番だって居眠りぐらいはする。だが、その邸宅の門番は鋭い眼光をフェイに向けた。
ここでも、フェイはコク、と、ひとつ頷いたのみだった。
門番が開けてくれた鋳物の重そうな門扉を乗馬のまますり抜け、黒御影石の屋敷の前で止まった。
どこからともなく厩番が現れてフェイの黒毛を引き取って曳いて行った。フェイはここでもコク、と頷いたのみで、エントランスの大きな扉を押した。
扉のすぐ内側に受付のデスクがあり、そこにカーキ色の軍服を着たブルネットのおばちゃんがいて、にちゃにちゃガムを噛みながらうさん臭そうにフェイを見上げた。
「あら。まだ若いのによく働くのねえ・・・」
「ねえ、いつか訊こうと思ったんだけどさ、マギーはいつ寝てるの? 」
おばちゃんはフェイの問いには答えず、片手を伸ばし、奥を促した。
「閣下はいないけど、マーキュリーがいるわ、フェイロン」
「ありがと」
こうして、フェイ、こと、フェイロンは、通称「クィリナリス」と呼ばれる、皇帝直属の特務機関、スパイ組織のオフィスがある地下に降りて行った。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
57 クーフィーヤ、について
アマゾン公式サイトより
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パレスチナ クーフィーヤ、パレスチナ スカーフ - 本物のヒルバウィ・ケフィーヤ 54x54 インチ
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しかし、絶対の忠誠を誓い、彼らミンの残党の旗印であり最後の希望である頭(かしら)レイ様の厳命だから、ただ見送るにとどめた。
「お前たちに命ずる!
我らの使命はミンの再興だが、帝国は強大だ。なまなかなことでは倒せん。
今、我らがすべきは、少しでもいいから帝国内の綻びを見つけ、それを静かに広げ帝国が自滅するように仕向ける。その一点なのだ!
絶対に軽挙はするな! 少しでも疑われるような行動をするな!
来るべき挙兵の日まで、今は全てを自重して耐えるのみだ!
わかったな?! 」
帝国陸軍標準軍装ではない、先ごろ発足した空挺部隊か飛行部隊用の軍服に身を包んで駿馬を駆る女性士官は、帝都を吹き抜ける真冬の風に美しいブルネットを靡かせ、ミンの残党の目の前を悠々と南に向かった。
その姿を無表情で見送ったシャオピンは踵を返してパラティーノに向かった。丘のふもとで張り込みをしている手下どもから報告を受けねばならない。
新年1月1日の日が暮れた。
Reichshauptstadtzeitung ライヒェスハウプシュタットツヴァイトゥング。
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その集合住宅丸々一棟を社屋にした「報道機関」の「編集室」では、来月早々にパラティーノ区で行われる元老院議員補欠選挙の情勢分析が続いていた。
「なにしろ、我らが『新聞社』を始めてから初めての選挙だ。まず帝国の選挙制度からアタマに入れておく必要があるな」
カンテラの置かれた部屋の奥まった机に着いている紫のチナ装束を着たレイは、「主筆兼社長」のガンを見上げた。
「はい。我も付け焼き刃ですので復習代わりに概論から申し上げたいと思います」
「よい! 皆同じだ。この際、みなで拝聴しよう! 」
レイが顔を寛げたのでガンも2、3の「デスク」たちと共にレイの机の前に掛けた。
ガンは説明を始めた。
「帝都の総人口は約150万。内、兵役を務めた有権者は約100万。それをカピトリーノの丘を除いた6つの丘周辺と丘の外の東西南北計10の選挙区に分けています。選挙区の平民議員定数は二人。ですので、帝都だけで20名の平民議員がいることになります。
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そして、世襲が認められている貴族議員とは違い、平民議員の場合は、死ぬか議員を辞職した場合だけ議席に空きができ、選挙が行われます。焦点である今回の選挙は、パラティーノ区の2名の議員のうち一人が老齢のために辞職を願い出たためです」
「ふむ。続けよ」
「はい。
パラティーノ区の有権者は約7万。それが32の『街』、いわゆる『行政区』に分けられているのですが、選挙は住民の『直接選挙』ではありません」
「というと? 」
「はい。
その『街』ごとに住民の総意によって選ばれる『顔役』という者がいます。
帝国は上から下まで古代ローマの行き方を踏襲しているのですが、軍歴の長短や軍で果たした役職が退役後も影響するところなどもそれに、ローマのやり方に倣っているのです。主に軍役で士官か下士官を務めた者、部隊を率いた経験のある者が『顔役』に選ばれる、というのが慣習になっています。
そして、選挙でもこの『顔役』が大きな役割を果たします。
『街』ごとに意向を集約し、『街』の一票を投ずるシステムなのです。
つまり、今回のパラティーノ区の元老院議員選挙とは、パラティーノ区の32票を取り合う選挙なのです。もちろん、丘の上の20数件の貴族には選挙権も被選挙権もありません」
「なるほど・・・」
レイは大きく頷いた。
「では、その『顔役』という者たちを多く抑えたものが勝つというわけだな? 平民の」
「そういうことです、頭」
「軍務に、しかも職業軍人を経験した者であれば、軍の上層部の者、とりわけ、今回の候補者、われらのモンゴメライ校長先生は当然、有利であろうな」
ガンは、お道化た風さえ見せて陸軍の重鎮を茶化す頭を親し気に見つめた。
一昨年、チナ本国の意向で戦艦ミカサの強奪の指揮を執り、また、続く戦争で御父君であり当主のお屋形様を失い、ミンが亡びるのを目の当たりにしたころの悲壮な表情の頭とはまるで違う。どこか角が取れて丸くなったような・・・。
いや、違う。
お頭は修羅場を経て、より大きくご成長されたのだ、と・・・。
「いえ、実は現在の形勢は、どうも対抗馬のホモ・ノヴァス、新興成金の方が優勢のようです」
「なんという名の男なのだ、その対抗馬は」
「彼女の名は、Katherina Weidenfellerカテリーナ・ヴァイデンフェラー。
帝都だけでなく北はシュヴァルツヴァルトシュタット、南はキール、マルセイユに支店を持つ裕福な貿易商です」
「なんと、女か! 」
レイが目を見開いた。
「はい。
パラティーノの丘の上に自宅があり、選挙資金も豊富で、夜な夜な自宅やスブッラの高級レストランにパラティーノ区の『顔役』を招待し、接待を繰り返しているとか。また、協力を得られた顔役の『街』には少なくない寄付をしていると。それで有権者に対する顔役の『顔』も立ち、支持をまとめやすくする戦略のようです」
「ほおー・・・。かなりヤリ手の女らしいな。一代でその地位に? 歳はいくつだ? 」
「出身はキールあたりらしいのですが、徴兵を終えて無一文からの叩き上げ、と。歳は30台後半とか。失礼ですがお頭と同年代なのでは? 」
「なるほど・・・。帝国にもホネのある女がいるものだな。ふ~む・・・。
で、われらが校長先生は、いささか分が悪いと、そういうことだな? 」
「いささかどころではないようです」
キッパリと、ガンは言い切った。
「投票日まであとひと月を切りましたが、おそらくはこのままヴァイデンフェラー女史が逃げ切るだろうと・・・」
「誰が言ったのだ」
「クーロン飯店のマネージャーから聞きました。過去何度も他地区の選挙でこうしたケースを見て来たらしいのですが、彼の予測はだいたい、アタルのだそうです」
「なるほどな。目の前で度々政治パーティーが催されれば、風のようなものは感じるだろうな。そうか・・・」
レイはアルカイックな相貌を研ぎ澄ませ、何やら沈思に耽った。
机の上が暗いのに気付いた。ガンがピンセットを使って短くなっていたカンテラの芯を引き出していると、
「で、ガン。我ら『帝都新聞社』としては、どのような『報道』をすべきだと思うか」
「どちらを応援する方が我々にトクかということですね? 」
「無論だ」
レイは義手の方の右手で机の上をトン、と叩いた。
「ちなみに、その女の政治信条はどのようなものか。まあ、終身で政府の重要な情報源を活用できるわけだ。その立場をフルに使って金儲けに専心するのだろうが・・・」
「ところが、それだけでもないようですよ」
「というと? 」
「ヴァイデンフェラー女史は以前から支店のある地方都市や辺境のプロクラトール(皇帝代理人)、つまり地方政府に、地元の道路や港湾、インフラの整備とか娯楽施設の建設用にと多額の寄付を行ってるらしいんです。
「ほお! 」
「政治的には親皇帝派ですね。もう一人のパラティーノ区選出平民議員とも懇意にしていると聞きましたし」
「寡聞にして知らぬ。なんという名だ、その議員は」
「以前お頭はお会いになっていますよ。戦艦ミカサの艦上で」
「内閣府のヤンか! 」
「そうです」
と、ガンは口の端を引き上げた。
「つまり、ヴァイデンフェラー女史は当選すれば与党議員になるというわけです」
と、そこへ中庭の方から大声が聞こえて来た。
――おか・・・、お嬢様は?! ――
――書斎においでかと! ――
「ふふ。どうやら、わが社のスクープ記者がご帰還らしいぞ!」
レイが冗談交じりにほくそ笑んでいると、ノックもなしにドアが乱暴に開かれた。
「お、お嬢! どえらいネタを仕入れやしたぜ! 」
「おい、何を慌てておる! いいトシをして、少し落ち着かんか。
いったい、なにがあったと言うのだ」
レイが笑いながら椅子を示すと、シャオピンは乱れた息のまま椅子にドン、と腰を下ろし、ガンが差し出したレモネードを一気飲みしてぷはっ、と息を吐いた。
「実はですね、さっき、パラティーノのふもとに張り込みしてる野郎に様子を聞こうと思いやして丘に向かったんですがね、丘の上から猛スピードで降りてくる馬車に轢かれそうんなっちまいやして。で、そいつ酒場で知った顔だったんで、なんだってこんなに急いでるんだってワケを聞こうとしたら、絶対に言えねえって言い張るんで。
なんかクサいと思いましてね。行ったんですよ、ソイツの奉公先の屋敷に」
「で? 」
「ブランケンハイム侯爵っていやあ、貴族中の貴族ですよ、お頭! 近衛の旅団長もしてるし、皇帝の紋章を使うのを許されてて、皇帝の代わりに外国の要人接待もしてる。私設の楽団まで持ってる大金持ちでさ!
で、その屋敷に潜り込みましてね」
「よく入れたな! 」
アタマはキレるが穏健派のガンが目を丸くした。
「まあ、そこはそれ。むかしのデン、てやつで。
それより、カンジンなのはその後でさ!
屋敷の前庭は他の貴族や軍人やらの馬車で埋まってましてね。
で、招かれた閣下方が外で煙草を吸いながらデカイ声で話してるのを聞いたんですが・・・」
シャオピンは盗み聞きした一件を話した。
それを聞いたレイは、
「本当か、それは! 」
「まだ、ウラは取れてません。念のために他の軍団や貴族の関係に聞き込みした方がいいとは思いますが、でも、我のカンは当たるんですよ、お嬢! 」
「重大事件だな、それは。ヘタすれば、現政権を率いる皇帝の足元が揺らぐぞ!
ガン! すぐにこのネタのウラを取れ! 」
「で、お頭。例の選挙のほうは? 」
「このネタが本当なら、選挙どころではないかもしれんが、方針は自ずと決まったようなものだ。
わが『帝都新聞』は、モンゴメライ校長先生に肩入れする! そして、反皇帝派を喚起し、支援する!
これをわが社の大方針とする!
でかしたぞ、シャオピン!」
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帝国では徒弟制度が整備されていた。
大部分の子供は小学校を卒業すると社会に出る。
製造業でも接客業でも農業でも同じで、最初は見習いとなって働きながら仕事を覚え、そして一人前となってそこから独立する者もいた。
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その最年長の少年が、時々やってくる紫のチナ服を着た女の人の書斎に呼ばれた。
「はい! お呼びですか? 」
「おお、フェイ! まだいたのか! 帰るトコ悪いが、ちょっとウォトカとカップを持ってきてくれんか」
「はい、すぐに持ってきます! 」
フェイ、と呼ばれた少年は階下に降りて酒のボトルと木のカップをトレーに載せ、紫の女の人の部屋に届けた。
「じゃあ、ぼくはこれで。おつかれさまでした! 」
「おう! また、明日な。おつかれさん! 」
そうして、フェイはクーフィーヤを巻いて通りに出た。
新聞社には、「近くに住んでます」と答えていたが、フェイは何度か後ろを振り返りながら狭い下町の街路をあっちへ曲がったりこっちへ曲がったりして、ついにスブッラの中心街に出た。
そこに店を出している、夜遅くまでやっているので評判の飲み屋に入り、カウンターのマスターにコク、とひとつ頷いただけで奥に入り、長い暖簾を潜ってさらに奥の部屋に入って裏口を出た。
出たところに厩があり、そこから黒毛の3歳馬を曳きだして跨った。
もう深夜で、人通りもだいぶ落ち着いていた。クーフィーヤを上げて顔を半分隠し、フェイは北を目指した。
フォルム街を抜けてバカロレアを通り過ぎるころには速足で駆け、一気にクィリナリスの丘を登って貴族の屋敷が連なる街路を急ぎ、ある黒御影石の邸宅の前で止まった。
深夜である。
普通なら門番だって居眠りぐらいはする。だが、その邸宅の門番は鋭い眼光をフェイに向けた。
ここでも、フェイはコク、と、ひとつ頷いたのみだった。
門番が開けてくれた鋳物の重そうな門扉を乗馬のまますり抜け、黒御影石の屋敷の前で止まった。
どこからともなく厩番が現れてフェイの黒毛を引き取って曳いて行った。フェイはここでもコク、と頷いたのみで、エントランスの大きな扉を押した。
扉のすぐ内側に受付のデスクがあり、そこにカーキ色の軍服を着たブルネットのおばちゃんがいて、にちゃにちゃガムを噛みながらうさん臭そうにフェイを見上げた。
「あら。まだ若いのによく働くのねえ・・・」
「ねえ、いつか訊こうと思ったんだけどさ、マギーはいつ寝てるの? 」
おばちゃんはフェイの問いには答えず、片手を伸ばし、奥を促した。
「閣下はいないけど、マーキュリーがいるわ、フェイロン」
「ありがと」
こうして、フェイ、こと、フェイロンは、通称「クィリナリス」と呼ばれる、皇帝直属の特務機関、スパイ組織のオフィスがある地下に降りて行った。
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歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
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