Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

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第四章 半月前

45 おとぎの国『ヤマト』

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「あの、わたし、ヤヨイといいます。ヤヨイ・ヴァインライヒです! 」
「いやあ! 驚かせてしまいましたかの。
 最近、野盗や追剥ぎが出るというのでキールの憲兵隊から警戒するようにと言われておりましてのう。時々ああして若い者たちと里の周りを見回っておるのです。村にはちいさな子供もいますでのう・・・」
 囲まれはしたが、最初から殺気とか悪意のようなものは全く感じなかった。「囲んだ」というよりは、「道に出てきた」という雰囲気だったからかも。
 ヤヨイと同い年か少し年下の3人の男の子たちは、みなニコニコ笑ってヤヨイを見つめていた。
 キールに来たのはまだ2度目で、もちろんその初老の男性とも他の3人の若者とも初対面。だけどなんだか初めて会う人たちのような気がしない。
 人当たりの良さそうな顔。フェイロンたちにも似ている。みな大きな、黒い目をしていた。
 ヤヨイの母やバカロレアのスズキ先生にも似ている、ヤーパン系だ。
 ずっと昔から知り合いだったような、そんな錯覚に襲われるほど彼らは快くヤヨイを迎えてくれた。
「そうでしたか」
と、ヤヨイも応じた。
 その初老の男性はサブローと名乗った。

 まだ見回りがあるらしく、3人の若者たちは残った。
 ヘルマンの轡を取ってサブローさんと里まで歩いた。
「時に、軍人さんがこんなところにどんな御用で? 」
「公務でキールまで来たのですが、ヤーパン伝来の剣術をされてる村があると聞きまして。わたし少々武道をしておりますから興味を引かれまして・・・」
「ああ。でも、武道と言われるほどのことも、ないですがのう・・・」
 サブローさんは、笑うと目が無くなった。グレーの短い髪を掻きながら、少し恥ずかしそうに、彼は言った。
「まあ、先祖から伝わる剣術を若い者たちに教えている程度ですわ」

 丘の連なりを登って峠を超えると、美しい風景が広がった。
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 年中乾燥していてなんでもハッキリクッキリ見えてしまう帝都周辺ともキールまでの荒野とも全く違う。
 穏やかな湿り気を帯びた空気。遠くの山々が霞んで見えるのが、なんとも優しい。
「まあ、きれい!・・・。あれは、サクラですね! 」
「おお! ご存じでしたか。これはヤマザクラと申しましてな。里にはソメイヨシノも咲いております。今ちょうど見ごろでしてな。またいい時においでになりなさった・・・」
 さっきの若い子たちは木刀を持っていたけれど、サブローさんは丸腰で、腰に竹を切ったヤツをぶら下げているだけ。ずっとニコニコしながら飄々とした風情を保って歩いている。
「村にもサツキという娘がおりますが、ヤヨイさんのお名前はどなたが? 」
「母です。マリコといいます。もうずっと会っていませんが」
「やはりそうでしたか。ヤヨイさんは目は碧い。だがどことなくわしらに似てるところがおありなさると思っていました。その、御手前の武術も、御母堂様が? 」
「いいえ。これはリセで」
「おお! リセをお出に! 」
 竹を切ったヤツはなんと水筒だった。上の小さな栓を抜いて一口含み、サブローさんはハア、と息を吐いた。なんだか無性に、和む。
「体育の先生がカラテの師範だったのです。黒帯をもらいました」
「ほお! 今はリセでカラテも教えるのですか! 」
「というか、イマム先生はトクベツでした。今も時々手合わせしていただいています」
 サブローさんがはた、と脚を止めた。
「今、なんと? イマム、とおっっしゃいましたか、その先生は」
「はい」
「もしかして、皇帝陛下の? 」
「はい。甥御さんでいらっしゃいます! ご存じでしたか? 」
「これはこれは! 」
 サブローさんは黒い可愛い瞳を丸くしてヤヨイを見上げた。
「こりゃあ、ヤマトの神々のお導きかもしれませんなあ!・・・」
「と、いいますと? 」
「先代の皇帝陛下の時分です。
 実は、わしらの里へやってきたのですよ、イマムが。
 ヤヨイさんと同じように。稽古をつけて欲しい、と。もう、15、6年ほども前になりますかのう・・・」
「ええっ?! 」

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 里の景色はややオレンジ色に染まりかけていた。
 そこは山々に囲まれた盆地で、四方の山すそからいろいろな形に仕切られた畑のようなものが広がり、そのなかに帝国にも現在のドンにもノールにも北の民族の地にもないような、鄙びた家々がぽつりぽつりと建っている。長閑(のどか)という言葉が似合いそうな、山間の里。
 帝都生まれ帝都育ち。軍隊に入って、国内だけでなく北や西や東の国々にも行った。
 だがそこはそれまでヤヨイが行ったどの土地とも違う、どこか瑞々しくあたたかい、不思議な空気に包まれたところだった。
「これがわしらの里です」
「まあ! なんてきれいな、美しいところでしょう! 」
 峠を降りるや、畑で遊んでいた数人の子供たちがやってきた。
「サブローおかいりー! 」
「じいちゃん、おかえりー! 」
 小さな子はみんなまだ小学校には行っていないぐらい。みな色は違うがそれぞれ合わせの着物を着ていた。大きな子はリセの中等部ぐらい? きっと小さい子たちのお守りなのだろう。もうずいぶん会っていない、ヤヨイの弟妹たちを思い出させた。
「おお、みんなたくさん遊んだようだのう! よいよい!
 さ、もう陽が暮れる。みんなうちにお帰り。
 あ、ナツコ! 」
「なあに、サブロー」
 いちばん小さな子を抱っこしている、一番大きな、リセに入学したばかりのような歳の女の子が振り向いた。
「ゲンタローにな、ウチに来てくれと言っておいてくれ」
「わかったー! 」
 ナツコちゃんは小さな子たちを連れて駆けて行った。
「可愛いお子さんたちですね」
「村の子供たちですじゃ。小学生だけはキールに住んでる者ンたちの家にまとめて住まわしてます。片道半日かけて学校に通わせるわけにはイカンですからのう・・・」


「いろんな作物を作ってらっしゃるんですね」
 ヘルマンを曳きつつ、サブローさんと小径をゆく。
 複雑な形に仕切られた畑のような場所の合間に様々な野菜畑がある。それらを縫うように小径は続いていた。
 なにもかも初めて見る風景。
 ここは本当に帝国なのだろうか。
 そこかしこに、農作業の帰りだろうか、サブローさんのようなグレーや白の髪の毛のおじいさんやおばあさんが集落に向かって歩いている姿が見えた。多くはヤーパン系だったが、中には欧州系に見える顔もあった。ヒルダさんが教えてくれた通りだ。 
 まるでおとぎ話の国のようだ。歩くのが楽しい。 
「コメ、野菜、イモ、川魚・・・。ここでは全部自給自足しとります。肉は山のシカやウサギを。野菜はキールに売りに行って、帰りに魚を買ってきたり・・・」
「あの、コメ、ってなんですか? 」
「これです。タンボで作ります」
「タンボ? 」
 サブローさんは小径の両側に広がる、枯れた草の切り株が並んだ畑を指した。
「そろそろ土起こしして、水を張って、シロカキをして、苗を植えます。わしらの主食です」
 ヤマトの村は、ヤヨイがこれまで見てきた世界とはずいぶん違うところらしい。

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 小径の終点に集落があり、その中の一軒に招かれた。
 都会のインスラ、集合住宅で生まれ育ったヤヨイは、今まで目にした平民の一軒家と言えばウリル少将の小さなドムスか北の異民族の屋敷ぐらい。
 ヤヨイの上司のウリル少将の家も陸軍の顕官であるにもかかわらず質素だったが、目の前のそれは、草で屋根を葺いて土で壁を覆っただけ。はるかに鄙びた、粗末な家だった。
「どうぞ。汚い家ですがの。馬はあっちの小屋の軒にでも繋ぎなされ。
 おおい、帰ったぞ! お客人を連れてきた! 」
 クィリナリスの貴族の屋敷などに比べるべくもない、ウリル少将の家の庭よりも狭い、ささやか過ぎる庭に、狭い木造りの「エンガワ」というデッキが母屋から張り出していた。
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 デッキの上にはネコがいて、のんびり昼寝をしているのがまたなんとも長閑だ。
 サブローさんが寝ていたネコを追い立て、彼が褥にしていた座布団を裏返してヤヨイに勧めていると、
「まあまあ! ようおいでなさいましたなあ! 」
 家の奥から、サブローさんと同じような合わせの、でも裾はくるぶしまで降ろした着物を着た優しそうなおばあさんが出てきた。
「エンガワ」でもてなしを受けた。
 あたたかなそよ風の薄暮。濃い緑色のお茶をいただく。
「美味しい! 初めて飲みました! 」
 とても美味しかった。
「そうですか。この村で採れた茶です。お口に合ってよかったですの」
「あの、このおうちはサブローさんと奥様だけですか? 」
「他に、ヒマゴがおります」
 と、おばあさん。
「え、ヒマゴ? 」
「さっき、峠で会いましたろう」
「え? あの若い人たち、みんなサブローさんのヒマゴさんだったんですか?
 あの、失礼ですけど、サブローさんはおいくつなんですか? 」
「いやあ、おととしだったか、先一昨年だったか、80までは数えていたんですがのう。メンドウなって、忘れてしまいましたわ!」
 かっかっか!
 まるで夕暮れのおだやかな空を破るみたいに、サブローさんは高らかに笑った。
「イヤですねえ、おじいさん。今年で85でしょうに。すぐ忘れちゃうんですから」
 おばあさんの言葉に、さらに驚いた。
「ええっ?! 」
 帝国人の平均寿命は60かそこいら。
 それを20歳以上も上回り、しかもどうみても60代くらいにしか見えないぐらいに足腰がピン、と立っている。
 自分の歳を忘れてしまうなんて。顔かたちはヤーパン人だが、やっぱりサブローさんも万事大らかすぎる帝国人らしい。
「この村に住んでコメ喰って美味い茶を飲んで毎日山を歩いていれば、いつまでも元気でいられます。
 若いもんはやれキールだ北のライプチヒだ帝都だと出て行きよりますが、不思議にジジイババアになると里に戻って来るんですわ。歳とると、ここの良さがわかってくるんですかのう・・・」
 驚きつつもそんな話に耳を傾けていると、門の外で声がした。
「サブロー! 呼ばれたから来たぞ! 」
 峠で出会った「ヒマゴ」さんたちよりもさらに若い男の子が、さっきのナツコちゃんと一緒にやってきた。
「おう、来たか! 」
 サブローさんが嬉しそうな声を上げた。
「この軍人さんな、お前の父ちゃんのお弟子さんだそうだ! 」
「は? 父ちゃん?」
「ヤヨイさん。このゲンタローはな、ナツコの兄でイマムの息子なんですじゃ。タネ違いですがの。かっかっか! 」
「ええっ?! 」

 ナツコちゃんと一緒に目の前に立った、負けん気の強そうな、リセで言えば中等部から高等部くらいの男の子には、言われてみれば、どことなくヤヨイのカラテの師匠、イマム先生や小うるさい上司ウリル少将の、ひいていえば皇帝陛下の面影があった。
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