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第四章 半月前
56 象牙の塔を追放された変人と女首領
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帝都の南。
一面のキャベツ畑の中に島のように点在するドムス(一軒家)のひとつ。
帝都新聞主筆兼社長のガンと、「隠れ社主」レイは、鄙びた家の玄関に立ってドアを叩いた。
返事がない。
もう一度。
やはり同じ。
「おい、ガン。本当にアポが取れているのか? 」
「はい。数度『夜討ち朝駆け』して昨日やっと面会の約束を取り付けたのです。
でも、おかしいな・・・」
気を取り直したガンがもう一度叩こうとすると、
ぬっ!
ふいにドアが開き、不気味な面相の男が顔を出した。
多くの帝国人が着るテュニカではなく、全身真っ黒の詰襟服。名前はドイツ系だが、その独特の風貌は東洋の血が入ったのではないかと思われるほどにのっぺりとしていた。
いらっしゃいを言うでも、どうぞでもなく、教授はドアを開け放ったまま再び家の中に消えた。
「・・・相当な変人だな」
「お頭! 聞こえますよ! 」
「新聞をやっておられると聞きました。で、吾輩になにをせよと? 」
古風なリビングで、ふたりに背を向け、もう暖炉が必要な季節でもないのに炉にくべた薪を鋳物製の火かき棒でまさぐりながら、ゲーベルス「元」教授は呟いた。
「コラムです、教授。
帝国の歴史について、教授の御高説を書いていただきたいのです」
如才なく、ガンは説いた。
「バカロレアで教授が持たれていた帝国史の講座の事を調べました。教授の書いた御本も読みました。
帝国は、最初は王政。そして共和制をとり、現在の帝政に移行。奇しくも帝国が標榜する古代ローマと同じ道をたどっています。皇帝の地位が完全な世襲制ではないこともまた然り」
「ふむ」
「帝国は一見民主政の衣を纏っているように見えますが、実質的には限られた指導層による寡頭制となっていることもまた、ローマと同じだと。
だがそのことを多くの国民は知らない、と」
「・・・それで? 」
「ですので、あらためて帝国の歴史を振り返ることによりそれが、現在の『帝政』が果たして真に国民の利益に適っているかの検証をしたいのです! 」
「なるほど・・・」
ふたりに背中を見せ続けたまま、教授は長い時間炎を見つめていた、ように見えた。
やがて膝を押して立ち上がった彼は、ぱんぱんと手をはたき、振り向いた。
「話は終わりですか? 」
なんとも掴みどころのない相手である。
「はい、まあ・・・」
何度も訪れてやっと会えたとはいえ、少しはキョーミがあるから会う気になったのだろう。この温度差はなんなのだろうか。
そんなことを考えていると教授はやっと口を開いた。
「前半は意味がないですな。でも、後半部分、特に寡頭制と帝政が国民すべての利益になっているかどうか、その点については、興味があります。
ひとつ、お伺いしたい」
「はい、どうぞ」
「あなたの言葉にはかすかに訛りがある。ご出身は新占領地ですか? 」
一昨年のチナ戦役で帝国が新たに獲得した領土を最近こういう風に呼ぶのは知っていた。
「そうです」
ガンは正直に答えた。
「わたしと姉は今第六軍団の事務所が置かれているナイグンの出身なのです」
咄嗟の機転でレイを姉にした。そのほうがいいと思った。
「ご姉弟で帝都に上京して新聞社を。ほう・・・。
年明けのスクープ記事も読みましたよ。例のパラティーノの選挙記事も。創刊してまだ間もないのに部数もかなり伸びていると伺った。ヤリ手ですな」
笑い顔が、ブキミだった。
キャビネットに立った彼は、銀のフラスコと銅引きのショットカップとを取り、ガンとレイの前に置き、注いだ。
「ウィスキーは、お好きですか? 北部産の上物です」
自分のにも注ぎ盃をあげた。
「お近づきに」
ガンも、レイも左手で盃を取った。
香ばしいスモーキーなフレーバー。そして高いアルコール度数。上物というだけのことはある。
「これは、逸品ですね! 」
お世辞ではなく、本当に美味かった。
教授は微かに笑った。が、その目線はガンではなくレイに注がれていた。
「失礼だが、ときにその右手は御怪我で、ですか」
屋敷に招き入れられてから、応対はもっぱらガンがしていてレイは黙っていた。お頭はただじっとバカロレアの元教授を見つめていた。
「ナイグンと言えば、先の戦役で侵攻する帝国軍に頑強に抵抗した豪族が治めていた土地ですな。たしか、ミン、と。激戦で双方に多大な損害が出たと聞いています」
レイが初めて口を開いた。
「ほお。お詳しいですな」
「軍にはいささか繋がりがありましてな。貴女からは、いくさの匂いがする」
そこでようやくレイも頬を緩めた。
そして、右手のアンダーガーメントの袖を捲り、白い手袋をした義手を外した。
「ご慧眼、恐れ入る。お察しの通り、これはいくさで負った傷です」
「! ・・・」
そんなことを喋っていいのですか?!
そう言いかけたガンを制し、レイは続けた。
「さきほど貴殿は、これなる弟が申し上げた後半部分には興味があると仰られた。現在の『帝政』が果たして真に国民の利益に適っているか、のあたりに、でしょうか?
そして、軍とも繋がりがあると」
「いかにも。申し上げました」
「実は先日、一度お宅へ訪問しかけたのです。ですが、先客がおありのようだったのでご遠慮いたしました。カーキ色の青年方が多数、ご訪問されていました」
教授のブキミな貌から笑みが消えた。
教授とお頭の対峙は長かった。
お頭は常に言っていた。
「いつか帝国が弱体化し、我らが起つ時が来るまでは、それまでは隠忍自重あるのみだ」と。
もしかして、今この時が、その時なのか?!
固唾をのんでなりゆきを見守るガン。
先に口を開いたのは、教授だった。
「思った通り。貴殿方とは有益な話が出来そうですな」
そして、レイの銅引きのカップに、フラスコの酒を注いだ。
「本当の話をしましょう。歴史など、まだるこい話ではなく、未来の話を」
一面のキャベツ畑の中に島のように点在するドムス(一軒家)のひとつ。
帝都新聞主筆兼社長のガンと、「隠れ社主」レイは、鄙びた家の玄関に立ってドアを叩いた。
返事がない。
もう一度。
やはり同じ。
「おい、ガン。本当にアポが取れているのか? 」
「はい。数度『夜討ち朝駆け』して昨日やっと面会の約束を取り付けたのです。
でも、おかしいな・・・」
気を取り直したガンがもう一度叩こうとすると、
ぬっ!
ふいにドアが開き、不気味な面相の男が顔を出した。
多くの帝国人が着るテュニカではなく、全身真っ黒の詰襟服。名前はドイツ系だが、その独特の風貌は東洋の血が入ったのではないかと思われるほどにのっぺりとしていた。
いらっしゃいを言うでも、どうぞでもなく、教授はドアを開け放ったまま再び家の中に消えた。
「・・・相当な変人だな」
「お頭! 聞こえますよ! 」
「新聞をやっておられると聞きました。で、吾輩になにをせよと? 」
古風なリビングで、ふたりに背を向け、もう暖炉が必要な季節でもないのに炉にくべた薪を鋳物製の火かき棒でまさぐりながら、ゲーベルス「元」教授は呟いた。
「コラムです、教授。
帝国の歴史について、教授の御高説を書いていただきたいのです」
如才なく、ガンは説いた。
「バカロレアで教授が持たれていた帝国史の講座の事を調べました。教授の書いた御本も読みました。
帝国は、最初は王政。そして共和制をとり、現在の帝政に移行。奇しくも帝国が標榜する古代ローマと同じ道をたどっています。皇帝の地位が完全な世襲制ではないこともまた然り」
「ふむ」
「帝国は一見民主政の衣を纏っているように見えますが、実質的には限られた指導層による寡頭制となっていることもまた、ローマと同じだと。
だがそのことを多くの国民は知らない、と」
「・・・それで? 」
「ですので、あらためて帝国の歴史を振り返ることによりそれが、現在の『帝政』が果たして真に国民の利益に適っているかの検証をしたいのです! 」
「なるほど・・・」
ふたりに背中を見せ続けたまま、教授は長い時間炎を見つめていた、ように見えた。
やがて膝を押して立ち上がった彼は、ぱんぱんと手をはたき、振り向いた。
「話は終わりですか? 」
なんとも掴みどころのない相手である。
「はい、まあ・・・」
何度も訪れてやっと会えたとはいえ、少しはキョーミがあるから会う気になったのだろう。この温度差はなんなのだろうか。
そんなことを考えていると教授はやっと口を開いた。
「前半は意味がないですな。でも、後半部分、特に寡頭制と帝政が国民すべての利益になっているかどうか、その点については、興味があります。
ひとつ、お伺いしたい」
「はい、どうぞ」
「あなたの言葉にはかすかに訛りがある。ご出身は新占領地ですか? 」
一昨年のチナ戦役で帝国が新たに獲得した領土を最近こういう風に呼ぶのは知っていた。
「そうです」
ガンは正直に答えた。
「わたしと姉は今第六軍団の事務所が置かれているナイグンの出身なのです」
咄嗟の機転でレイを姉にした。そのほうがいいと思った。
「ご姉弟で帝都に上京して新聞社を。ほう・・・。
年明けのスクープ記事も読みましたよ。例のパラティーノの選挙記事も。創刊してまだ間もないのに部数もかなり伸びていると伺った。ヤリ手ですな」
笑い顔が、ブキミだった。
キャビネットに立った彼は、銀のフラスコと銅引きのショットカップとを取り、ガンとレイの前に置き、注いだ。
「ウィスキーは、お好きですか? 北部産の上物です」
自分のにも注ぎ盃をあげた。
「お近づきに」
ガンも、レイも左手で盃を取った。
香ばしいスモーキーなフレーバー。そして高いアルコール度数。上物というだけのことはある。
「これは、逸品ですね! 」
お世辞ではなく、本当に美味かった。
教授は微かに笑った。が、その目線はガンではなくレイに注がれていた。
「失礼だが、ときにその右手は御怪我で、ですか」
屋敷に招き入れられてから、応対はもっぱらガンがしていてレイは黙っていた。お頭はただじっとバカロレアの元教授を見つめていた。
「ナイグンと言えば、先の戦役で侵攻する帝国軍に頑強に抵抗した豪族が治めていた土地ですな。たしか、ミン、と。激戦で双方に多大な損害が出たと聞いています」
レイが初めて口を開いた。
「ほお。お詳しいですな」
「軍にはいささか繋がりがありましてな。貴女からは、いくさの匂いがする」
そこでようやくレイも頬を緩めた。
そして、右手のアンダーガーメントの袖を捲り、白い手袋をした義手を外した。
「ご慧眼、恐れ入る。お察しの通り、これはいくさで負った傷です」
「! ・・・」
そんなことを喋っていいのですか?!
そう言いかけたガンを制し、レイは続けた。
「さきほど貴殿は、これなる弟が申し上げた後半部分には興味があると仰られた。現在の『帝政』が果たして真に国民の利益に適っているか、のあたりに、でしょうか?
そして、軍とも繋がりがあると」
「いかにも。申し上げました」
「実は先日、一度お宅へ訪問しかけたのです。ですが、先客がおありのようだったのでご遠慮いたしました。カーキ色の青年方が多数、ご訪問されていました」
教授のブキミな貌から笑みが消えた。
教授とお頭の対峙は長かった。
お頭は常に言っていた。
「いつか帝国が弱体化し、我らが起つ時が来るまでは、それまでは隠忍自重あるのみだ」と。
もしかして、今この時が、その時なのか?!
固唾をのんでなりゆきを見守るガン。
先に口を開いたのは、教授だった。
「思った通り。貴殿方とは有益な話が出来そうですな」
そして、レイの銅引きのカップに、フラスコの酒を注いだ。
「本当の話をしましょう。歴史など、まだるこい話ではなく、未来の話を」
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