運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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1 王女殿下の魔猫編

0-0 始まり

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「ルベル公爵令嬢、君との婚約は破棄させてもらう。こんなことになって、私も本当に残念だよ」

 王家主催の賑やかな夜会が始まって、しばらくも経たないうちに、辺りは騒然とし始めた。

 金髪碧眼の美丈夫で知られるフィルベルト・アルゲン大公子が、陰日向となって大公子を支えてきた婚約者のミレニア・ルベル公爵令嬢に対して、大声で婚約破棄を突きつけたのだ。

 アルゲン大公子の片腕に寄り添うのは、ストロベリーゴールドのふわふわした髪がかわいらしい女性。
 碧眼を心配そうに細めている、ルルーナ・ラプアセル子爵令嬢だった。

「フィル、いきなりどういうことなの?」

 ミレニアは寄り添う二人を青ざめた表情で見つめ、心の中で重い息を吐く。

 どうしてこんなことになったんだろう。

 ミレニアとフィルベルトは政略結婚だ。
 婚約を結んだ五年前、二人の間に溝もなければ絆もなかった。

 しかし、この五年間、ミレニアは大公家を支える妻の役目を果たすため、日夜、努力してきたのだ。

 フィルベルトとの関係も、仲睦まじいとはいかないまでも、良好な関係を保ってきた。
 確かに燃えるような愛情はなかったけれど、良い夫婦にはなれたはずなのに。

「私はルルに出会って、真実の愛を見つけた。ルルは、義務的に接してくる君とはぜんぜん違う。
 私のことを心から慈しんでくれて、一生を共にするのは君ではないことに気付いたんだ」

「フィル様」

 うっとりとみ詰め合う二人。

「手遅れになる前で良かったよ、ルル」

 握りしめた手から扇が床に落ちる。ミレニアにはパタンという音が、どこか遠くで聞こえているような気がした。

「愛のない結婚をしても、私もルベル嬢も不幸になるだけ。
 だから、お互いの幸せのために、この婚約を破棄する。君のためにも最良の選択だし、当然、受け入れてくれるな」

 一方的に告げられる冷たい言葉。

 愛のないって、政略結婚なんだから最初から愛なんてあるわけがない。

 だからこそ、お互い歩み寄って理解し合って、共に生きていこうと誓い合ったのに。それをすっかり忘れてしまったんだろうか。

 愕然とするミレニアの耳に今度はルルーナの声の聞こえてきた。

「ミレニア様、こんなことになって本当にごめんなさい。でも、わたし、フィル様を心からお慕いしているんです」

 おどおどして、申し訳なさそうな、そんな静かな声。

 でも、きっと本心から申し訳ないとは思っていないに違いない。
 本当に悪いと思っているなら、婚約者のいる男性に近付かないだろうから。

「ああ、ルル。私と結婚してほしい」

 愕然とするミレニアになんの興味も示さず、ただ、ルルーナを見つめるフィルベルト。

 突然、その場にさっと跪くと、懐から小箱を取り出し、蓋を開いてルルーナに捧げた。

 小箱の中で煌めくのは、碧い宝石がついた指輪。

「はい、喜んで。フィル様」

 ミレニアは続く二人の会話をそれ以上、聞きたくなかったし、二人の行動も見たくなかった。

 婚約破棄を承諾もしていないのに、始まってしまった公開求婚は、もう止めることはできないだろう。

 だから、くるりと背を向けて、夜会の会場を後にした。
 驚くことに、ミレニアは誰にも声をかけられず邪魔もされず、会場を後にすることができた。

 つまりは、この夜会は最初から婚約破棄と求婚の場になることが、全員、分かっていたのだ。

 分かっていなかったのは自分だけ。

 ミレニアの頬に涙が一筋流れた。




 気がつくと、ミレニアは、夜会の会場からだいぶ離れたところまで歩いてきてしまっていた。

 踵の高い靴だったので、なんだか、爪先が痛い。

 目がしぱしぱするし、唇もかさかさだ。

「ひとりで、こんなところまで来てしまうなんて。わたくしも不用心ね」

 見上げると目の前には年代物の建物。

 緑に囲まれたそこは、確か、三聖の展示室と呼ばれる場所だった。

 現在では重要建築物とされている場所も、当時はただの古い建物に過ぎず、辺りは誰もいない。

 ミレニアは、人目を避けたくて惹かれるように建物に入ると、当然、館内は暗く誰もいない。

 次の部屋へと続く扉だけ、淡く輝いていて、ミレニアは導かれるように奥へと進んでいった。

 一番奥の三聖の部屋にたどり着く頃には、暗さにも目が慣れ、室内の装飾がほんのりと光を放っていることに気がついた。

 それ以外はなんの惹かれるところもない、がらんとした室内。

 歴史があるだけで、何の面白味もない、華やかさもなく、地味な光しか放てない。

「まるで、今のわたくしのようだわ」

 思わずつぶやいたその時、

「ルベル嬢」

 ビクッ

「キャァ」

 誰もいないと思っていた館内で、若い男の声が聞こえ、突然のことに思わず悲鳴が上がる。

「すまない、ルベル嬢。驚かすつもりはなかったんだ。ただ、君のことが心配で」

 振り向くと、三聖の部屋の入り口付近に一人の男性らしき姿があった。

 静かに近づいてきたその男性は、ミレニアにも見覚えがある。

「まぁ、リーブル様」

 銀髪に深い青い瞳を持つその男性は、王宮魔術師のディルス・リーブルだった。

 ディルスは平民生まれの孤児ではあったが、王宮魔術師団の筆頭魔術師、今代最強の魔力を持つ男、魔法陣と魔導具開発の天才など、名声を欲しいままにしている男。

 そんな天才魔術師に声をかけられ、しかも、自分のことを心配してもらえるなんて。

 あの場にいた人たちは誰一人、わたくしのことなんて、気にもとめてくれなかったのに。

 しかも、ディルスの手には、先ほど床に落としてきてしまった扇が握られている。拾い上げ、ミレニアを追いかけて来てくれたのだ。

 婚約を破棄されて悲しみに沈んでいたはずのミレニアに、ほんわり温かいものが湧いてくる。

「みっともないところをお見せいたしました」

 恥ずかしげに顔を伏せると、さらに近くで力強い声が聞こえる。

「みっともないだなんて。あの場で、あなたは毅然としてとても美しかった」

 顔を上げると、すぐ目の前にディルスがいた。
 婚約者以外の男性が、触れるくらいそばにいるなんて、あり得ない。

 しかし、ミレニアは怖さよりも、親近感と安心感を感じて、胸がさらに温かくなる。
 そして、導かれるように、手をディルスに向かって差し出した。

「ありがとう。そういってくださる方はあの場にはおりませんでしたわ」

「ルベル嬢。僕はそんなあなたを、僕の手で守りたいと、そう思ったんだ」

 ディルスは真剣な眼差しをミレニアに向け、そっと、ミレニアの手を取る。

「まぁ、リーブル様」

「僕のことが嫌じゃなければ、ディルスと呼んでほしい」

「では、わたくしのことは、ミレニアとお呼びください、ディルス様」

 フィルベルトとルルーナが真実の愛を見つけたと言うのであれば、これはきっと、運命の恋だ。

 二人はどちらともなく頷き合うと、三聖の展示室を後にしたのだった。




「こうして、お父さまとお母さまは出会ったのよ」

 お母さまは病床で儚く笑みを浮かべる。

 六歳の私は、ベッドのすぐ横のイスに腰掛け、お母さまの話を夢物語でも聞くかのように、ぼーっとしながら聞いていた。

「エルシアも、お母さまのように『運命の相手』に出会えるわ」

 これが、私とお母さまが交わした最後の会話になるとは思わずに。
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