運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

SA

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1 王女殿下の魔猫編

4-9

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「主、大丈夫かよ、こいつ」

 私の杖が呆れた声を上げた。完全に変なものを見る目。私が生まれる前から、このクズ男のことは知っているらしいけど、ここまでとは思っていなかったようだ。

「大丈夫じゃないから、騒ぎを起こしてるんでしょ」

「だよな」

 私の返答に軽く応じると、杖は私の左手をキュッと握りしめてきた。隣でニッコリ笑う姿は、私に安心しろと言っているようで、少し心が楽になる。




 私たちの会話にも反応にも構うことなく、クズ男は先を続けた。目線を送っているのはこちらではない。ひしっと空中の一点を見つめている。

「アルゲン大公子がラプアセル男爵令嬢を抱き寄せて、ミレニア、当時はルベル公爵令嬢だったんだけど、彼女に対してこう言ったんだ」

 クズ男はゆっくりと中央のテーブルに手をかけ、一息つく。

「『私は真実の愛を見つけたんだ。だから、ルベル嬢。君とは結婚できない。婚約は破棄させてもらう』とね」

「アルゲン大公子は現アルゲン大公、ラプアセル男爵令嬢は現アルゲン大公妃だな」

 私の杖までも、当時を思い出すような目をしていた。

「ミレニアが綺麗な涙を流しながら泣き崩れてしまって、僕は、まだそのときは、ただの知人でしかなかったから、支えてあげることもできなくて、悔しい思いをしたものだよ」

「ルベル嬢にちょっと親切にしてもらったからって、あなたが婚約者のいる女性に横恋慕したんでしょ。
 で、自分が結婚したいからって、婚約者に他の令嬢をあてがって浮気させたんじゃないの」

 私はそう聞いている。私の杖から。

 世間一般の声は違うわけだけど。どちらが真実でも今の私にとってはどうでもいいことだし、私は私の杖を信じようと思っていた。

 クズ男は私の反応に肩をすくめる。

「まったく、これだから。運命を分かってないヤツはみんな、心無い見方をするんだよな」

「心無いのはこいつの方だろ。好きな女の婚約をダメにして喜ぶなんてな」

「ところで、あの杖精は?」

 私の杖はニヤリと笑うと、私と繋いでいない方の手を見せた。そこには青みががった白い杖が握られている。

「封印してやったんだ。しばらくはこのままだな」

 そう告げる声はとても楽しそうだった。




「婚約者に裏切られ悲しみに明け暮れるミレニアを、僕は必死になって支えたんだ。これ以上、ミレニアを傷付ける男が近寄らないよう守りながら。
 そして、ミレニアが喜びそうなことは、なんでもやってあげたんだよ」

 クズ男はテーブルの上のジャコウレンリを右手でいじりながら、話し続けていた。顔は私の方を向いているのに、視線は合わない。どこか遠いところ、おそらく今ではなく、遠い遠い過去を見ている。

「弱ってるところに付け込んだんだね」

「そもそも、お前が裏切らせたんだろ」

 もちろん、私達の声も届いてはいない。

「ある日。僕は三聖の展示室にミレニアを誘ったんだ。屋敷に閉じこもるばかりでは、身体に悪いからと言ってね。
 三聖の展示室は、今では人気の場所だけど、昔はそれほど注目されてなくて。でも、荘厳な雰囲気もあって。求婚するのにピッタリなところでさ」

 昔、聞いた話では婚約破棄直後に最初に出会ったのも、三聖の展示室だったそうだ。クズ男と私の母にとって三聖の展示室は思い出深い場所だったのだろう。

 隣で杖がモゾモゾするのを感じ、私は声をかける。まさかとは思うけど、

「求婚するところ、見たの?」

「けっ」

「あー、見ちゃったんだ」

「あんなところで求婚なんてするなよ。おかげで、模倣するバカが続々と現れて、大変だったんだから」

 なるほどね、気持ちは分かるわ。

「ミレニアは僕のバラを受け取って、恥ずかしそうに頷いて、うなずいて。僕の求婚を受け入れてくれたんだ」

 クズ男は青いレンリの花を一輪、手に取った。そのまま、天に掲げる仕草をする。

「そうなの?」

「細かいところまで覚えてるかよ。主の求婚場面でもないんだし」

 うん。それって、私の求婚場面ならしっかり覚えているってことか。

「こうして、僕とミレニアは運命の大恋愛の末、無事に結ばれて、幸せに暮らしたんだ。まさに運命のハッピーエンドだよ」

 花を掲げる姿のままのクズ男を横目で見ながら、私たちは遠慮なく会話を続けた。

「自分で運命だとか大恋愛だとかハッピーエンドだとか言って、恥ずかしくないのかな」

「恥ずかしくないから、ベラベラと喋ってるんだろ?」

「でも!」

 突然、クズ男が大声を出す。

「そんな幸せな日々もたった十五年で終わった。
 ミレニアが僕との子どもを望んだのは嬉しかったけど。ミレニアを失うことになるんだったら、僕は子どもなんて要らなかったのに」

「それって、子どものせいなわけ?」

 掲げていたレンリの花を今度は胸に抱き、悲しげに顔を伏せる。そのクズ男の横顔を見て、やりきれないものを感じた。

 世の中は、自分勝手な理由で捨てられた子どもよりも、悲劇の主人公の味方をする。いまさら、味方がほしいわけじゃないけど、こいつを非難する人がもう少しいたって良いじゃないの。

 あぁ、吐き気がする。頭も痛い。

「子どもを産んでから、ミレニアが目に見えて弱っていったんだ。あんなに元気だったのに。
 子どもを追い出して、ミレニアの体調は少し落ち着いたけど、あの時はもう手遅れだった。
 もっと早く僕が気づいていれば。もっと早く子どもを捨てていれば。ミレニアを失わずに済んだのに」

「子どもを追い出しても、けっきょく死んだんなら、死因に子どもは関係ないだろ。だいたいだな、死なない人間なんていないんだ」

 私の杖が、私の手を握る力をギュッと強めた。

「いや、絶対に子どもがミレニアに悪い影響を与えていたんだよ」

「横恋慕した女の婚約者を浮気させて婚約破棄にまで追いやって、しつこく求婚して結婚したあげく、誰にも会わせないよう閉じこめて、生まれた子どもは邪魔だからと縁を切って捨てて、けっきょく好きな女も死んで独りになったからと、メソメソ泣いているんだな、お前」

 ゴホ

 容赦ない物言いに思わずむせた。改めて聞かされると、内容もクズ過ぎて引く。

「なんか、クズ男の話より簡潔になったわりに、知らない情報も増えてるんだけど」

「これでも僕は長生きだから、いろいろなことを知ってるんだ」

 どういうわけだか、年代物のゴシップに詳しい私の杖は、胸を張って偉そうにしていた。見た目は子どもなので、ドロドロした大人の恋愛には正直、関わってもらいたくない。

 でも、おかげで吐き気も頭痛も治まってきた。

「ミレニアを愛していたんだ。ミレニアだけを大事にして何が悪い」

「悪いとは言ってない。クズだと言ってるんだ」

「ほぼ同義だよね」

 完全に開き直っているクズ男。開き直るのとはちょっと違うな。
 最初から自分のやっていることが真っ当なことだと思ってるんだ。だからこそ、悪いとかクズとか言われる理由が分からないんだ。

 確かに『愛する女性を大事にする』というところだけ取り出せば、真っ当だとは思う。ただし、どうやって大事にしたか、方法や手段が問題なわけで。

 そうか。

 世の中の人たちは、物語みたいな目的とか結果のところに目が行って、方法や手段には目を向けてないか、見て見ぬ振りをしているわけか。

 なんだか、スッキリした。

「ここは主が怒るところだろ!」

「クズ過ぎて、他人なのが逆に嬉しい」

 これが私の本心だった。

 私がされたことを許すつもりはさらさらないけどね。

「礼儀のなってないやつだ。どんな親に育てられたら、こうなるんだよ」

「邪魔だからと子どもを捨てるようなクズ。って、捨てられたからクズに育てられずに済んで良かった、私」

 育ての親は比較的まともで苦労人だし、今の保護者は癖はあるけどしっかりした人だしな。

「なんだ、捨て子か。そんな性格だから捨てられるんだろ」

「そっちこそ。そんな性格だから、奥さんに早死にされるんだわ」

「なんだと!」

 ここに来てようやく、私の杖がアキュシーザを握っているのに気がついたようだ。

「《戻れ、アキュシーザ》」

 杖の姿のアキュシーザが、一瞬で、クズ男の手に現れる。仄かに青白く光るアキュシーザを、クズ男はくるりと素早く一回転させた。

 さぁ、ここからが本番だ。

 私の意図を察し、普段の姿に戻る私の杖。クズ男は、黄色い旗がついた冗談のような私の杖を見て、歪んだ笑みを浮かべている。

 そうそう。存分に油断するといい。

 私は小さく笑みをこぼすと、クズ男に向かっていった。
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