運命の恋に落ちた最強魔術師、の娘はクズな父親を許さない

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4 聖魔術師の幻影編

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 すっかり帰るモードで自室にいると、グリプス伯から声がかかった。

 自室に戻るとすぐさま、グレイに手伝ってもらって制服へと着替えたので、身動きがしやすい。ささっと階下に降りて、グリプス伯が待つ応接室へ。

 そこで、衝撃的な事実を告げられる。

「はぁあ? 嘘でしょ? 呑気に立食パーティーに出て帰るつもり?」

「こちらもそう言ったんですけれど。デュオニス殿下がねぇ」

 向こうの王女殿下とやらと親しげに話していたからな。きっと、うまく丸め込まれて参加すると言ってしまったんだろう。

 はぁ。

「あのカス王子。役に立たないどころか、足まで引っ張るなんて」

 ため息をつく私に、グリプス伯から質問が出る。

「ところで何がどうなったのだか。聖魔術師の副長殿が、あの場で騒ぎを起こすとは思いませんでしたが。いったい、その」

 質問途中で口ごもるグリプス伯。

 応接室とはいえ、誰がどこで見聞きしているか分からないので、話すに話せないようだ。

 私は安心させるように、この部屋の現状を説明した。

「グリプス伯、この部屋は《遮蔽》してあるから、自由に話をしても大丈夫ですよ」

 お披露目会も終わって、後は帰るだけ。
 もはや、こそこそ魔法を使う必要もない。

「グレイも大丈夫です。王太子殿下から勅命を受けて、今回、私の専属護衛をしていますから」

 今、応接室にいるのは、グリプス伯とグリプス伯の補佐、私とグレイ。他の護衛騎士たちは応接室の外で警備をしている。

 この話を聞いて、グリプス伯も安心したらしい。

 グリプス伯は私に言いたいことと聞きたいことが山ほどあったようで、一つ一つ、確認作業のように話を進めていった。

「では。王太子殿下からの命は、金冠の状況確認と、未確認遺物の有無の把握、ということでしたが」

 グリプス伯は胸の内ポケットから、何かを取り出す。手帳のようだ。

「私が見る限り、金冠の形態は変わりありません。
 陛下やミレニア様から聞いた二十年前のお披露目会の話、十年前に訪れたときの様子、そして今。見た目の部分は変わりないです」

 断言した。

 私は不思議に思って、失礼とは承知の上で質問をする。

「失礼な言い方になりますけど、どうして、そんな自信満々に変わりないと言えるんですか?」

「十年前、ミレニア様から金冠を描いた絵をいただきました」

 グリプス伯は手にした手帳の間から、一枚の紙を取り出した。

 四つ折りされている紙を、丁寧に丁寧に開いてテーブルの上に置く。

 そこには、本物のように精巧な金冠の絵が描かれていた。細部の紋様まで、しっかり描き込まれている。本職の画家の手に寄るものだろうか。

 そう言えば、幼い頃に見た絵本の金冠の絵も、こんな画風だったような気がする。

 子ども向けの絵本なのに、妙に写実的で微細な部分まで描かれていて。
 当時の私の周りには、絵本はそれしかなかったので、当然のように受け入れたものだ。

 魔塔の孤児院に置き去りにされた後、本物の絵本を見て、あまりの稚拙で大雑把な絵にショックを受けたんだっけ。

「素晴らしいでしょう? いただいた時は真新しい紙だったので、私の話を受けてから描かれた物のようです」

「え? つまり、以前見た本物を思い出しながら、お母さまが描いたってこと?」

 グリプス伯は大きく頷いた。

「そうとしか考えられません。グラディア王国で、金冠を目にしたのは国王陛下とミレニア様だけですから」

「見た人じゃないと描けないってことか」

 さすがに、ここまで精巧な物を、伝え聞いてから他の人が描き起こすのは、かなり無理があるように思う。

 グレイも私の横からテーブルの上の絵を見て、つぶやいた。

「ずいぶん細かい絵だな」

「まるで、目の前にある物を写し取ったような出来ですよね。紋様といった複雑な図柄まで詳細です」

「確かに、この絵と見比べたら、変わらないって言い切れるかも」

 私はお母さまの画才に舌を巻く。

 それから、お母さまが絵が上手だったことを、まったく知らなかったことに愕然とした。

 同時に疑問に思ったこともある。

「でも、よくお母さまと面会が出来ましたね。絵まで貰えるなんて。あのクズが許可するとは思えないんですけど」

 私の元父はお母さまを溺愛していた。

 私を出産したせいで身体が弱くなったと主張するヤツは、お母さまを屋敷の奥の奥にかくまって、大事に大事に療養させていたはずだ。

 実の娘の私でさえ、公式には年に一回ほどしか会わせてもらえず。隠れて会っていたくらいだったのだから。

 私の質問に対し、グリプス伯は静かに首を横に振る。

「出来ませんでしたよ」

 簡単に一言。

 これで終わりかと思ったら話は続いた。にこやかな笑みを浮かべたままで。

「筆頭殿がぐだぐだと文句ばかりでしてねぇ。なんだかんだと訳の分からないことを一方的に話されたんですよねぇ。しかも、どれも理由にもなっていないようなことをねぇ。
 一介の文官が、筆頭殿の大切な奥さまを名指しで指名したのが気に入らなかったようでして、最後まで文句を並べたてていましたね」

「見事なまでに酷い」

「最終的には、国王陛下から直々に説得していただきましたが。けっきょく、直接、話は窺えませんでしたよ」

「親子の縁、切ってあって良かった」

 陛下の説得まで振り切ったのか、あのクズ男。

 私の心底ホッとした表情を見て、グリプス伯も穏やかな笑みを浮かべた。さきほどの笑みとは温かさが違う。まるで、孫を見るおじいちゃんのような表情だ。

 どこかで見たことがあるなぁと思ったら、アルバヴェスペルのおじさんたちが、私に向ける笑みだ。
 不出来な新人ポジションかと思っていたけど、私、孫ポジションだったのか。

「この絵は手紙とともに、国王陛下の下へ届けられたんです。マリネという名の侍女が隙を見て運んだと聞きました」

「あ、なるほど」

 マリネのことは覚えている。あの家で、最後まで私の世話をしてくれていた使用人だ。

 使用人の中でも、私の世話をしていたマリネとジョアンは完全にお母さまの配下のような使用人で、あのクズ男の意向も無視出来る。

 ただし、あくまでもあの家の主はクズ男なので、あまり表立ってやり過ぎるのも難しかったようだ。

 私に対して、こっそりお母さまの部屋に連れて行ったりは出来ても、私が魔塔に捨てられるのを阻止することは出来なかったように。

 グリプス伯からの依頼自体、お母さまの耳には直接、届かなかったのだろう。

 マリネやジョアンが見聞きして、お母さまに告げ、お母さまが手紙と絵を描いてマリネに持たせ、運ばせたんだ、きっと。

「それでですが」

 私はグリプス伯の声で現実に戻った。

「私は鑑定などの特別な能力はありません。魔力も強い方ではありません。ですので、金冠の見た目についても、普通の人間の目で見て判断した範囲の話になります」

「分かりました。普通の人には、金冠は昔とまったく変わりなく見える、ということですね」

 十年前の金冠が、今回のように銀色の金冠かは分からないということか。
 それを言ったら、二十年前も本当にどうだったのかは分からないしね。

 とにかく、大事なのは今のこの状況をどのように判断するかだ。

 ありがたいことに、私の優秀な杖が良い情報を持ち帰ってくれた。

「メッサリーナ殿、レティーティア殿の両名以外の動向には不審なところは見られません。王族も同様ですね。
 ルキウス殿下とエンデバート卿は幼なじみで、殿下がエンデバート卿の婚約を心待ちにしてはいるようです」

 なるほど。これでちょっと納得した。

 ルキウス殿下がエンデバート卿に、口うるさくアドバイスをしていた理由。積極的に行けとかなんだとか。
 単に、奥手な幼なじみを心配していただけだったと。

 謎が一つ解けてスッキリした。

 私はスッキリした表情で、今度は私の話をし始める。

「分かりました。次は私から。まず、あの金冠ですが…………」


 バタンッ


 話し始めたとたんに、応接室の入り口のドアが乱暴に開く大きな音がした。

 私とグリプス伯が同時に口をつぐむ。

 この部屋には《遮蔽》の魔法をかけてあるが、中に入ってこられてしまうと効果はない。

 入り口で制止する騎士たちの声。

「待ってください。中に確認してからでないと!」

「ダメです、入らないでください!」

 騎士たちの制止を振り切って侵入してきた人物を、私たちは落ち着いた態度で出迎えた。
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