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5 覆面作家と水精編
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ミライラ・フォセル・リーブル嬢は、お祝い会の場で、呼称をリーブルからフォセルに戻すことを正式に発表したらしい。
他にも、クズ男が改めてフォセル嬢の後援を名乗ったり、ヴェルフェルム団長が自分の息子との婚姻をフォセル男爵夫妻に申し出たりと、会場をどよめかせる話題が続いたそうだ。
「お嬢、ちゃんと話を聞いてますか?!」
「聞いてる聞いてる」
そんな報告を出勤途中の移動中に、さささっと聞かされる私。右から左へ流れるように話をされても、ちっとも頭に入らなかった。
学院時代は魔術師コースの首席だったので、暗記や読解力、理解力は悪くはないと思うけど。そんな私でも話がぜんぜん頭に入ってこない。もっと落ち着いて、話を聞く環境が欲しかったかも。
まぁ、お昼の時間までは待てなかったので、出勤途中の移動中に聞く羽目になったんだけどね。
バルザード卿から報告を聞きながら第三騎士団までの道を歩いていると、突然、すっと、グレイが私の前に出た。私たちを先導するように。
グレイは私より頭ひとつ分は背が高い、体格も良い、がっちりしている。
つまり、グレイが私のすぐ前に出ると、グレイの広い背中しか見えなくなる。
「グレイ、またクズ男でもいたの?」
グレイが私の前に出るときは、私を守ろうとするときか、私に見せたくない物があるときのどちらか。
昨夜に引き続き、またクズ男が出たのかと思ったら、
「クラウド先輩、見てください!」
「ミライラ、手続きや杖の使い方の練習は終わったのか?」
うん、クズ男じゃない。
声と会話の内容で、グレイの前に誰がいるのかが分かってしまった。
フォセル嬢とクラウドだ。
いつから二人で出勤するようになったんだろうか? ふと、そんなどうでもいいことが頭に思い浮かんだ。
そして私の見えないところで、二人の楽しそうな会話は続く。
「はい、終わりました。杖はまだ獲得したばかりなので、少しずつ身体に慣らさないといけないそうです」
「じゃあ、まだ杖を呼び出したり、力を使ったりするのは出来ないってことか」
「お恥ずかしい限りですが」
「誰にでも最初はあるんだ。恥ずかしいことはないだろ。で、何だ? 何か言い掛けてたよな?」
グレイの歩くペースが落ちた。
前の二人、話に夢中で、ゆっくりゆっくり歩いてるのか。
追い抜いたりも出来ないし、脇道もない場所なので、距離を取るのがベストだとグレイは判断したらしい。
私の視界に入らないようにしているということは、イチャイチャか。朝からこんなところでイチャイチャしてるのか。
私は見えないながらに想像して、ちょっと憤慨する。
「朝から人目のつくところで、イチャイチャしてるなんて、ちょっと不謹慎だよね」
「お嬢と隊長も大差ありませんぜ」
「はぁあ?」
コツン
「いててて?」
バルザード卿との言い争いで前方から注意がそれた私は、グレイが立ち止まったことに、まったく気がつかず。余所見したまま、グレイの背中に突っ込んだ。
グレイの背中にぶつけた右頬をさすっていると、グレイの向こう側から、テンションの高い声が聞こえる。
「クラウド先輩! これ、見てください。じゃーん!」
「なんだ、それ?」
二人の会話に興味をそそられ、私はとうとうグレイの背中からこっそり顔を出し、二人の様子を窺った。
グレイが「お前はひっこんでろ」と言いたげな顔をしているけど、私は知らんぷりをして、グレイの背中に張り付く。
グレイの太い右腕の陰から前を覗くと、二人は完全に足を止めて、二人だけの世界に浸っているように見えた。
フォセル嬢は分厚い本のような物をクラウドに差し出している。
何がなんだか分からないという顔のクラウドは、フォセル嬢が差し出した本を受け取らず、ただじっと見つめているだけ。
そこは無理にでも受け取って、「ありがとう」でも「嬉しいよ」でもなんでもいいから、言うところだよね。
クラウドはこんな感じで、時折鈍いところがある。だから、イケメンのくせに同年代にはモテないんだわ。
ところが、これが下の代には「謙虚」とか「奥ゆかしい」とか、訳の分からない評価をされて人気がある。意味が分からないけど。
フォセル嬢も、クラウドの鈍い反応を良い意味で受け取ったようで、にこやかに会話が続いていた。
「『真実の愛』、『運命の恋』に続く第三作目。『宿命の絆』ですよ! 昨日、発表されたんです! 私、ヒロインのモデルになったみたいなんで!」
何それ。
一躍有名になったフォセル嬢をヒロインとした小説が、五強の杖の主(仮だけど)になったと狭い範囲に公表した矢先に、新発売だなんて。
何か裏があるとしか思えないほど、良いタイミングなんだけど。
一瞬、むーっと考えた私は、次の瞬間には深く考えるのを諦めた。
よくよく考えなくても、アクアの件は狙ってどうこう出来るレベルではないし、深く考えたところで何かが分かるわけでもないだろうから。
一人でうむうむと頷いていると、私の目の前で、フォセル嬢がクラウドの手に本を押し付けた。
「はい、先輩の分です」
「え? 俺の?」
まぁ、いつまでも手に取らないからね。
辺りには私たちと同じような出勤途中の人たちが、一人、二人と歩いている。何事かとチラチラ、二人の方を見ては、見ない振りをして足早に去っていった。
こんな感じで通行の邪魔になっているんだし、ささっと受け取って、さっさと歩いていってもらいたい。
押し付けられた本とフォセル嬢の顔を繰り返し眺めていたクラウド。フォセル嬢は満足げな顔で、第五隊の隊長室がある建物の方へと身体を向けた。
方向転換する際に、一瞬、こちらに顔を向け、私と目が合ったような。
私たちに背を向ける形となった二人の会話は、少し、声が小さくなる。
「クラウド先輩って、運命の恋の大ファンでしたよね? 二冊買ったんで一冊どうぞ」
「あー。悪いけど、俺、今はあんまり」
ハキハキと喋るフォセル嬢に対して、クラウドの歯切れは悪い。
二人がどんどん歩いていって少し距離が出来たところで、グレイが再び歩きはじめた。
少し距離を取っているだけなので、前を行く二人の声は小さいながらも聞こえてくる。
「あんなに大好きだったのに? 先輩、運命の恋のような恋をするんだ、なーんて言ってましたよね?」
「現実を見たら、ちょっと、な」
「現実は現実、小説は小説ですよ、クラウド先輩」
「いや、そうかもしれないけどな」
「とにかく、読んでください。クラウド先輩に似たヒーローも出てくるんです。あ、ネタバレはいけませんよね」
フォセル嬢が新作の小説をお勧めする声を最後に、会話は聞こえなくなった。
二人は第五隊の隊長室に、私たちは団長室に、それぞれ道が分かれていたから。
私はグレイといっしょに、クラウドはフォセル嬢を伴って、それぞれの道を歩いていった。
他にも、クズ男が改めてフォセル嬢の後援を名乗ったり、ヴェルフェルム団長が自分の息子との婚姻をフォセル男爵夫妻に申し出たりと、会場をどよめかせる話題が続いたそうだ。
「お嬢、ちゃんと話を聞いてますか?!」
「聞いてる聞いてる」
そんな報告を出勤途中の移動中に、さささっと聞かされる私。右から左へ流れるように話をされても、ちっとも頭に入らなかった。
学院時代は魔術師コースの首席だったので、暗記や読解力、理解力は悪くはないと思うけど。そんな私でも話がぜんぜん頭に入ってこない。もっと落ち着いて、話を聞く環境が欲しかったかも。
まぁ、お昼の時間までは待てなかったので、出勤途中の移動中に聞く羽目になったんだけどね。
バルザード卿から報告を聞きながら第三騎士団までの道を歩いていると、突然、すっと、グレイが私の前に出た。私たちを先導するように。
グレイは私より頭ひとつ分は背が高い、体格も良い、がっちりしている。
つまり、グレイが私のすぐ前に出ると、グレイの広い背中しか見えなくなる。
「グレイ、またクズ男でもいたの?」
グレイが私の前に出るときは、私を守ろうとするときか、私に見せたくない物があるときのどちらか。
昨夜に引き続き、またクズ男が出たのかと思ったら、
「クラウド先輩、見てください!」
「ミライラ、手続きや杖の使い方の練習は終わったのか?」
うん、クズ男じゃない。
声と会話の内容で、グレイの前に誰がいるのかが分かってしまった。
フォセル嬢とクラウドだ。
いつから二人で出勤するようになったんだろうか? ふと、そんなどうでもいいことが頭に思い浮かんだ。
そして私の見えないところで、二人の楽しそうな会話は続く。
「はい、終わりました。杖はまだ獲得したばかりなので、少しずつ身体に慣らさないといけないそうです」
「じゃあ、まだ杖を呼び出したり、力を使ったりするのは出来ないってことか」
「お恥ずかしい限りですが」
「誰にでも最初はあるんだ。恥ずかしいことはないだろ。で、何だ? 何か言い掛けてたよな?」
グレイの歩くペースが落ちた。
前の二人、話に夢中で、ゆっくりゆっくり歩いてるのか。
追い抜いたりも出来ないし、脇道もない場所なので、距離を取るのがベストだとグレイは判断したらしい。
私の視界に入らないようにしているということは、イチャイチャか。朝からこんなところでイチャイチャしてるのか。
私は見えないながらに想像して、ちょっと憤慨する。
「朝から人目のつくところで、イチャイチャしてるなんて、ちょっと不謹慎だよね」
「お嬢と隊長も大差ありませんぜ」
「はぁあ?」
コツン
「いててて?」
バルザード卿との言い争いで前方から注意がそれた私は、グレイが立ち止まったことに、まったく気がつかず。余所見したまま、グレイの背中に突っ込んだ。
グレイの背中にぶつけた右頬をさすっていると、グレイの向こう側から、テンションの高い声が聞こえる。
「クラウド先輩! これ、見てください。じゃーん!」
「なんだ、それ?」
二人の会話に興味をそそられ、私はとうとうグレイの背中からこっそり顔を出し、二人の様子を窺った。
グレイが「お前はひっこんでろ」と言いたげな顔をしているけど、私は知らんぷりをして、グレイの背中に張り付く。
グレイの太い右腕の陰から前を覗くと、二人は完全に足を止めて、二人だけの世界に浸っているように見えた。
フォセル嬢は分厚い本のような物をクラウドに差し出している。
何がなんだか分からないという顔のクラウドは、フォセル嬢が差し出した本を受け取らず、ただじっと見つめているだけ。
そこは無理にでも受け取って、「ありがとう」でも「嬉しいよ」でもなんでもいいから、言うところだよね。
クラウドはこんな感じで、時折鈍いところがある。だから、イケメンのくせに同年代にはモテないんだわ。
ところが、これが下の代には「謙虚」とか「奥ゆかしい」とか、訳の分からない評価をされて人気がある。意味が分からないけど。
フォセル嬢も、クラウドの鈍い反応を良い意味で受け取ったようで、にこやかに会話が続いていた。
「『真実の愛』、『運命の恋』に続く第三作目。『宿命の絆』ですよ! 昨日、発表されたんです! 私、ヒロインのモデルになったみたいなんで!」
何それ。
一躍有名になったフォセル嬢をヒロインとした小説が、五強の杖の主(仮だけど)になったと狭い範囲に公表した矢先に、新発売だなんて。
何か裏があるとしか思えないほど、良いタイミングなんだけど。
一瞬、むーっと考えた私は、次の瞬間には深く考えるのを諦めた。
よくよく考えなくても、アクアの件は狙ってどうこう出来るレベルではないし、深く考えたところで何かが分かるわけでもないだろうから。
一人でうむうむと頷いていると、私の目の前で、フォセル嬢がクラウドの手に本を押し付けた。
「はい、先輩の分です」
「え? 俺の?」
まぁ、いつまでも手に取らないからね。
辺りには私たちと同じような出勤途中の人たちが、一人、二人と歩いている。何事かとチラチラ、二人の方を見ては、見ない振りをして足早に去っていった。
こんな感じで通行の邪魔になっているんだし、ささっと受け取って、さっさと歩いていってもらいたい。
押し付けられた本とフォセル嬢の顔を繰り返し眺めていたクラウド。フォセル嬢は満足げな顔で、第五隊の隊長室がある建物の方へと身体を向けた。
方向転換する際に、一瞬、こちらに顔を向け、私と目が合ったような。
私たちに背を向ける形となった二人の会話は、少し、声が小さくなる。
「クラウド先輩って、運命の恋の大ファンでしたよね? 二冊買ったんで一冊どうぞ」
「あー。悪いけど、俺、今はあんまり」
ハキハキと喋るフォセル嬢に対して、クラウドの歯切れは悪い。
二人がどんどん歩いていって少し距離が出来たところで、グレイが再び歩きはじめた。
少し距離を取っているだけなので、前を行く二人の声は小さいながらも聞こえてくる。
「あんなに大好きだったのに? 先輩、運命の恋のような恋をするんだ、なーんて言ってましたよね?」
「現実を見たら、ちょっと、な」
「現実は現実、小説は小説ですよ、クラウド先輩」
「いや、そうかもしれないけどな」
「とにかく、読んでください。クラウド先輩に似たヒーローも出てくるんです。あ、ネタバレはいけませんよね」
フォセル嬢が新作の小説をお勧めする声を最後に、会話は聞こえなくなった。
二人は第五隊の隊長室に、私たちは団長室に、それぞれ道が分かれていたから。
私はグレイといっしょに、クラウドはフォセル嬢を伴って、それぞれの道を歩いていった。
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