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第四章
第39話『関所にて』
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海が見えた。薄水色の空と若草色の大地が段々と裂け、別世界への道が開いたかのようだった。
今、私はパドン大陸の最西端の国、デルタ帝国へ向かっている。海が見え始めたということは、いよいよ国境を越えるということだ。期待と若干の緊張を覚える。
依然として私自身の正体を見つけることはできていない。果たして本当に探すことができるのかとときどき不安になる。見つけられなければこの旅に意味があるのかと思い至ってしまう自分がたまにいる。
この景色はその邪推を忘れさせてくれる。どれだけ悶々と考えても不安が払拭されることはない。だから目の前の事象を楽しむべきなんだと。
私の向かい側に座るのはリンネ。アルガード王国ヴェレン街で知り合い、ずいぶんと助けられた。彼女が馬車に同乗しているのはたまたまであるが、見知った顔があると安心してしまう。
そうはいっても馬車内で会話は一つもない。今もリンネは窓の外の景色をじっと眺め、一度も私と目線を合わせない。私自身から話しかけることがあまり無いように、リンネからも話しかけることが無い。ヴェレン街で度々行動を共にしていたが、私と彼女にとって、これが普通なのである。
段々と海が近づいていくにつれて、夕焼けの景色が濃くなっていく。どうやら一日でデルタ帝国に着くわけではないらしい。
進む方向に目をやると、幅のある河が見えた。そこのある箇所に、対岸まで続く大きな石橋があり、近くにはいくつかのドーム状の家屋と高い物見櫓が建っていた。関所である。今日はここで一晩過ごし、明日デルタ帝国の街に着く、といったところか。
冒険者よりも国の騎士のほうが多い。その騎士も二通りの姿があり、片方はアルガード王国の者たちだ。つまり、もう片方はデルタ帝国の騎士たちなのだろう。どちらも同じ国の騎士同士で話す姿が目立つ。
関所につき御者が騎士と話している最中、別の騎士が乗客車の前に来た。見た目からしてデルタ帝国の騎士である。そして私たちの顔をよく見てから扉をトントンと叩き、扉をゆっくりと開けた。そして、身分証明書を見せろ、と居丈高に言った。
好ましくない態度に対する不満は抑えつつ、身分証明書を見せた。すると特に可笑しい署名部分は無いはずなのに、突然鼻で嗤われた。
そういえば国の騎士に就いた人は、ギルドを見下す人が多いってアルガード学院のアレスが言ってたな…。今までそんな態度取られたこと殆どなかったから気にしたことなかったけど、なるほど、こういうことか。
舐めた態度をとる騎士は放り投げるように身分証明書を私に返し、そのまま去っていった。
この先もこんな感じなのかな、と考えていると、表情に出たのか、リンネがぼそっと呟いた。
「騎士なんてそんな大した事ないから安心しろ」
「え?あ、うん」
国に仕える騎士の実力は未知ではあるが、リンネが言うと説得力がある。彼女は見た目では計り知れない強さを持っていた。今の騎士と彼女が勝負しても、彼女のほうが勝つ想像がつく。
再び動き出した馬車は大橋を渡っていた。石造りの地面は度々小刻みにガタンと揺れが生じ、河の流れは馬車よりも穏やかである。ノスタルジックだ。生憎私に帰る場所なんてないけれど。
対岸に着くと馬車は再び動きを止め、御者が降りるように合図があった。どうやら今日はここで夜を迎えるようだ。私はリンネの後に続いて馬車から降りて、ドーム状の建物へと入っていった。
中はとても殺風景で、片側に物資が固まっている以外には、奥に食料品が売られているだけで、あとは寝床が用意されているだけの、本当に休息をとるだけの施設だった。行き交う人のうち、私たちのような冒険者の数は少なく、どちらかというと騎士のほうが多い。ここは本来騎士たちの休息所なのかもしれない。
リンネは一番奥の寝床を見つけ、そこに荷物を降ろした。偶然にも隣も空いていたので、私もそこを陣取ることにした。彼女は疲れていたのか、私に背を向けて体を横に倒した。
今日はずっと移動で座っている以外にやれることがなかったから、疲れてはいるけれど眠気はまだない。かといってさっきみたところここらはこの建物と物見櫓以外に真新しいものはなかったし…。
仕方ないのでデルタ帝国での目的を浚うことにした。一ヶ月以上前に書いたメモと日記帳を手にし、箇条書きに目的を洗い出した。
まず図書館とか博物館とかの、資料がたくさんある場所へ行く。転生に関するものが直接書かれた書物は恐らくないだろうが、宗教的な側面から似たような事象がないか調べたい。
次にデルタ帝国近辺の情報を集める。メモによるとデルタ帝国はアルガード王国は勿論、フォークナー帝国やトロンチ王国、アクア王朝などと多くの国と密接に関わっている。つまり世界の状況を体感できる可能性がある。それによって今後の旅の行く先を決めることもできるし、近寄らない方がいいところも把握することができる。
あとは…あぁ、替えの服もいくつか買っておくって話だったっけ。これは適当に探せばありそうだから、さっさと済ませてしまおう。
ざっくりとした計画としては、まず買い物を済ませ、デルタ帝国でギルドランクを一つあげて、地道に情報を集める、というのが吉か。貿易国であるデルタ帝国なら、主にお店の人から話を聞けば調査は難しくないだろう。現在のランクはEだから、Dになる頃には充分に調査できているはずだ。
ただ、アルガード王国では特別に学院内に入ることができたが、今回はそういった立場を取れないと予測できる。つまり、図書館のような施設があったとしても、入れない可能性のほうが高いことを念頭に置く必要がある。もしチャンスがあれば、ぐらいの心積もりでちょうどいいかもしれない。
改めて書き下してみると、そこまで難しくないように思える。ただ最終的には私自身のことを知るのが目的なわけで、それが果たせるかと言われれば難題とも感じる。
この国で「私」を知ることが出来るのだろうか。
私はまた不安を抱えてしまった。
今、私はパドン大陸の最西端の国、デルタ帝国へ向かっている。海が見え始めたということは、いよいよ国境を越えるということだ。期待と若干の緊張を覚える。
依然として私自身の正体を見つけることはできていない。果たして本当に探すことができるのかとときどき不安になる。見つけられなければこの旅に意味があるのかと思い至ってしまう自分がたまにいる。
この景色はその邪推を忘れさせてくれる。どれだけ悶々と考えても不安が払拭されることはない。だから目の前の事象を楽しむべきなんだと。
私の向かい側に座るのはリンネ。アルガード王国ヴェレン街で知り合い、ずいぶんと助けられた。彼女が馬車に同乗しているのはたまたまであるが、見知った顔があると安心してしまう。
そうはいっても馬車内で会話は一つもない。今もリンネは窓の外の景色をじっと眺め、一度も私と目線を合わせない。私自身から話しかけることがあまり無いように、リンネからも話しかけることが無い。ヴェレン街で度々行動を共にしていたが、私と彼女にとって、これが普通なのである。
段々と海が近づいていくにつれて、夕焼けの景色が濃くなっていく。どうやら一日でデルタ帝国に着くわけではないらしい。
進む方向に目をやると、幅のある河が見えた。そこのある箇所に、対岸まで続く大きな石橋があり、近くにはいくつかのドーム状の家屋と高い物見櫓が建っていた。関所である。今日はここで一晩過ごし、明日デルタ帝国の街に着く、といったところか。
冒険者よりも国の騎士のほうが多い。その騎士も二通りの姿があり、片方はアルガード王国の者たちだ。つまり、もう片方はデルタ帝国の騎士たちなのだろう。どちらも同じ国の騎士同士で話す姿が目立つ。
関所につき御者が騎士と話している最中、別の騎士が乗客車の前に来た。見た目からしてデルタ帝国の騎士である。そして私たちの顔をよく見てから扉をトントンと叩き、扉をゆっくりと開けた。そして、身分証明書を見せろ、と居丈高に言った。
好ましくない態度に対する不満は抑えつつ、身分証明書を見せた。すると特に可笑しい署名部分は無いはずなのに、突然鼻で嗤われた。
そういえば国の騎士に就いた人は、ギルドを見下す人が多いってアルガード学院のアレスが言ってたな…。今までそんな態度取られたこと殆どなかったから気にしたことなかったけど、なるほど、こういうことか。
舐めた態度をとる騎士は放り投げるように身分証明書を私に返し、そのまま去っていった。
この先もこんな感じなのかな、と考えていると、表情に出たのか、リンネがぼそっと呟いた。
「騎士なんてそんな大した事ないから安心しろ」
「え?あ、うん」
国に仕える騎士の実力は未知ではあるが、リンネが言うと説得力がある。彼女は見た目では計り知れない強さを持っていた。今の騎士と彼女が勝負しても、彼女のほうが勝つ想像がつく。
再び動き出した馬車は大橋を渡っていた。石造りの地面は度々小刻みにガタンと揺れが生じ、河の流れは馬車よりも穏やかである。ノスタルジックだ。生憎私に帰る場所なんてないけれど。
対岸に着くと馬車は再び動きを止め、御者が降りるように合図があった。どうやら今日はここで夜を迎えるようだ。私はリンネの後に続いて馬車から降りて、ドーム状の建物へと入っていった。
中はとても殺風景で、片側に物資が固まっている以外には、奥に食料品が売られているだけで、あとは寝床が用意されているだけの、本当に休息をとるだけの施設だった。行き交う人のうち、私たちのような冒険者の数は少なく、どちらかというと騎士のほうが多い。ここは本来騎士たちの休息所なのかもしれない。
リンネは一番奥の寝床を見つけ、そこに荷物を降ろした。偶然にも隣も空いていたので、私もそこを陣取ることにした。彼女は疲れていたのか、私に背を向けて体を横に倒した。
今日はずっと移動で座っている以外にやれることがなかったから、疲れてはいるけれど眠気はまだない。かといってさっきみたところここらはこの建物と物見櫓以外に真新しいものはなかったし…。
仕方ないのでデルタ帝国での目的を浚うことにした。一ヶ月以上前に書いたメモと日記帳を手にし、箇条書きに目的を洗い出した。
まず図書館とか博物館とかの、資料がたくさんある場所へ行く。転生に関するものが直接書かれた書物は恐らくないだろうが、宗教的な側面から似たような事象がないか調べたい。
次にデルタ帝国近辺の情報を集める。メモによるとデルタ帝国はアルガード王国は勿論、フォークナー帝国やトロンチ王国、アクア王朝などと多くの国と密接に関わっている。つまり世界の状況を体感できる可能性がある。それによって今後の旅の行く先を決めることもできるし、近寄らない方がいいところも把握することができる。
あとは…あぁ、替えの服もいくつか買っておくって話だったっけ。これは適当に探せばありそうだから、さっさと済ませてしまおう。
ざっくりとした計画としては、まず買い物を済ませ、デルタ帝国でギルドランクを一つあげて、地道に情報を集める、というのが吉か。貿易国であるデルタ帝国なら、主にお店の人から話を聞けば調査は難しくないだろう。現在のランクはEだから、Dになる頃には充分に調査できているはずだ。
ただ、アルガード王国では特別に学院内に入ることができたが、今回はそういった立場を取れないと予測できる。つまり、図書館のような施設があったとしても、入れない可能性のほうが高いことを念頭に置く必要がある。もしチャンスがあれば、ぐらいの心積もりでちょうどいいかもしれない。
改めて書き下してみると、そこまで難しくないように思える。ただ最終的には私自身のことを知るのが目的なわけで、それが果たせるかと言われれば難題とも感じる。
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