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第三章
第35話 『原石』
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行きではヴァンパイダーの鳴き声が耳障りだったが、今やそれは耳鳴りに変わっている。まだ他に
冒険者がいるのか、たまに歓呼の声が聞こえる。
上り坂と疲労が重なり、身体に一層負担が掛かっている。代わり映えのない茶色の景色は、この鉱山に入ってからずっと見てきたから、当然厭きていた。ただ、戻るにつれて整備されていく坑道とヴァンパイダーに遭わないことは幸いだった。
そういえば親玉は倒したけど、他の場所のヴァンパイダーはどうなっているのだろうか。やっぱり親が倒されて逃げ惑っているんだろうか。それともそんなこと知らずにまだ戦っているのだろうか。まぁいずれにせよ声を聞く限り、他の冒険者は無事に出られるだろう。
「お前、いくつ魔法を使えるんだ?」
「え?えぇっと…」
突然リンネから質問された。初めて会った時には私に何の関心も示さなかったのに。珍しい。思わず狼狽えるような反応をしてしまった。
「…いや、悪い。なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
と、思ったらその質問を取りやめてしまった。何か気になることでもあったのだろうか。
「全部、全部使えるよ」
そう言うと、リンネは急に歩を止めて、目を丸くしてこちらを見てきた。ただ、その眼差しは次第に真剣な様相に変わっていった。
「それ、今後他言するなよ」
「えぇ?でもリンネも訊いたじゃん」
「だから、悪かったって。けど絶対に言うな」
「…どうして?」
「その能力を利用してやろうって奴も世の中にはいるって話だ。お前の今後のためだ」
「…わかったけど、じゃあどうして訊いたの?」
「…気になったからだ」
その返答を最後に、リンネは目を逸らしてまた歩き出した。一瞬の間はなんだったんだろう。都合の悪い質問でもないし、リンネが何か意図を以て私に聞いたわけでもなさそうだし…。
それきり会話をすることはなかった。私はどうして彼女がそんなことを訊いたのか、ずっと考えていたが、その答えはいつまでたっても得られなかった。
長い坑道も遂に終わりを迎え、橙色に染まった外の世界に辿り着いた。鉱山の中に入ったとき、日は頭上にあったはずなのに、いつの間にか西の地平線に半分まで隠れている。
そのままリンネについていくと、彼女はギルドステップの元へと向かっていった。そしてスタッフの前でヴァンパイダーの脚を捨てた。
「奥地でヴァンパイダーの親のようなものを倒した。暫く突然奴らが増えるってことも無くなると思う」
それを聞いたスタッフは脚を隅々まで調べ、長さや太さ、硬直具合などを確かめていった。何をやってるのかは分からないけど、私も同じようなことをするべきなのかとリンネの方を見たら、顎で合図をしてきた。それを受けて、私もアイテムバッグからヴァンパイダーの脚を取り出して、地面に置いた。
「…ご報告ありがとうございます。お二人の名前は?」
「リンネ」
「レインです」
「ありがとうございます。サンプルとしてこちらをお預かり致しますが、お二方以外にこちらの品をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
「私ら以外にそれと戦っている奴はいなかった。先に戦っていた奴がいるから話は別だが、道中他の奴らとも鉢合わせなかったな」
「畏まりました。一度調査の方に回しますので、後日ヴェレンギルドの受付にてお越しください」
「レインさん!」
ギルドスタッフとの話を終えるやいなや声をかけられた。駆け足で私の元に来たのはジェイシー、その後ろからゆっくりと歩いてくるのはポールである。
「無事でよかったです…」
ジェイシーは安心しきった顔をしていた。冒険者という身分なら危険とは常に隣り合わせだが、彼女はいつも以上に慌ただしかったように見える。
「何かあったの?」
すると後ろから歩いてきたポールから返事が来た。ジェイシーとは違い、そこまで慌てている様子はない。
「大きな問題ではないんだけどな、うちのアンナがヴァンパイダーの毒にやられちゃってさ」
「え!?大丈夫なの?」
「今はもう大丈夫だ。そこの小屋で一旦安静にしている」
ポールは背後にある高床式の建物を指を差した。その扉へ入っていく冒険者やギルドスタッフの姿が見える。
「ただデニスに依るとな、五日ぐらいは安静にしている方がいいっていう話でな」
「そっか。…ってあれ、デニスは?」
「アンナの面倒を見てる。あれでも一介の治癒師だからな」
「それで、私たちよりも帰りが遅いから、レインさん達のことが心配になって…」
「大丈夫。見ての通り、なんともないよ」
私は両手を大きく広げ、特に何事も問題ないことを示した。
実際は私もリンネも少し身体に損傷を負っているが、それを態々言って心配させる必要はない。それにその傷だって、今は多少違和感は拭えないものの痛みはないし、リンネに関しては何事もなかったように歩いていた。
「あれ、リンネ?」
気づけばリンネは私の隣から居なくなって、鉄柵の付近で荷物を下ろして、テントを組み立て始めていた。こんなすぐにいなくなること、ある?
「あの、友達と何かありました?」
「え、何かって、何が?」
「いえ、その、友達の方が中から出てきたら、すぐにあちらに向かわれたので…」
「あぁ~…。何かってわけでもないけど、まぁ、いつもあんな感じ、なのかな」
一人で旅をしたりギルドに所属したりする人はそこまで珍しくない。現に私だってそうだ。でも、あそこまで他人との関わりを避けるというか、興味がないのは珍しい。
「でも、すごく優しいよ。今日も助けられちゃったし」
「レインさんが仰るなら、本当に優しいんですね」
誰かと戯れることなく、けれど、誰かを助けることに迷いがない彼女は、ギルドメンバーの鑑だと思った。流石に何も言わずに火の中に飛び込むのはやめてほしかったけど。
いやでも、もしリンネが前もって言ってたら、私は全力で拒否したんだろうな。何か別の案があるわけでもなく、ただ退却することを優先案として。あれが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、結果だけ見れば、良かったのかな。
「レインさんもそろそろテントを作ったほうがいいんじゃないか?小屋はもう寝る場所がないからな」
ポールに言われて周りを見渡すと、私たち以外は皆テントを張る準備をしているか、テントの外で調理をしている人たちばかりだった。後方にはギルドスタッフが篝火を点けていた。複数人が話し合っていて、入り口の見張りの順番を決めているのを小耳に挟んだ。
「うん。じゃあ、今日はお休み。アンナにお大事にって伝えておいてね」
「はい。おやすみなさい」
手を振って二人と別れ、テントを張れる場所を探した。…と言っても、一定数冒険者がここにいるわけで、取れる場所は限られていたんだけど。
そんなわけで空いている場所をきょろきょろと探しつつ、真っ直ぐにリンネのテントの隣へと向かった。
「隣にテント、張ってもいい?」
「…勝手にしろ」
ダメと言われそうな雰囲気は決してなかった。彼女はそれだけ言って黙々と作業を続けている。初めて会ったときは、近づき難い雰囲気を醸し出していた気がするのに、今は全然そんなことを感じない。態度は変わってないはずなのに。
私も早速テントを取り出して準備を始めた。これで二回目になるけれど、初めて立てたときよりもスムーズに事が進んでいる気がする。説明書はまだ手放せないけれど、どちらかというと今は確認の意味で読んでいた。勿論ハンマーもある。ちらとリンネのテントを見たら既に完成しており、中からごそごそと音が聞こえてきた。寝床の準備かな。
次第にいい匂いが立ちこめる。他のテントからの匂いからだと思い、お腹が音を立ててしまっていた。しかしよく見るとそれだけではなく、中央でギルドスタッフが大きな鍋を大きなレードルでかき混ぜていたのである。隣には底の深い皿を何十枚も持った人と、そこに列を成す冒険者たちがいた。余計にお腹が空いてしまった。
できる限り急いで、でも過剰に確認しながら組み立てていった。そして初めて自分の手だけで立てたテントを見て、数秒間満足感を愉しんだ。
既にお腹はペコペコである。中央に向かい皿を受け取り、鍋に並ぶ列の最後尾へと移った。この並んでいる間にも匂いは私の空腹を促進させている。これはカレーの匂いだ。
遂に私の番がきて、スタッフに皿を預けると、皿いっぱいにカレーが盛られていき、その上にナンが二枚乗せられた。
ありがとう、とお礼を言って自分のテントへと戻り、皿の中を観察する間もなく食べ始めた。美味しい。具材は玉葱に人参、茄子に牛肉が入っていた。ラインナップはどちらかというとライスカレーよりだけど、美味しいから特に文句はない。
食べ終わって、手を軽く合わせてご馳走様と告げると、急に眠気が襲い掛かってきた。今日はずっと動いていたから仕方ない。うとうととしながら皿を中央広場に返して、すぐにテントの中に入った。ときどき酒を入れた大人たちの騒がしい声が聞こえたが、それも気にならないほどに、すぐに眠ってしまった。
朝になった。テントだからか外の音がいつもよりはっきりと聞こえる。煩いような騒音ではなく、談笑のような会話が聞こえる。ほんの少し賑やかな朝である。
私も身体を起こしてテントから外に出た。目の前に立ちはだかるパルドニア山脈のせいで景色はそこまで良くないが、微風と適度な気温で清々しい気分だ。
周りを見ても、既に起きている冒険者たちがトレーニングをしていたり、テントを片付けていたりしていた。
一人、立方体の大きな木箱の前で炭鉱夫と話しているのがいた。リンネだ。箱の中に手を突っ込んでは何かを手に取り、舐めるように色んな角度からそれを見ている。そしてその度に炭鉱夫と言葉少なに会話をしていた。
何の話をしているんだろうと思って、近づいて声をかけた。
「リンネ?何してるの?」
私の声に反応して、リンネと炭鉱夫の二人が私に目を向けた。彼女は相変わらず仮面を被ったように表情を変えない。
「あぁ、お嬢さんも鉱石が欲しいかえ?いいぞ、いいぞ、いくらでも持ってってけさまえ」
一方で炭鉱夫の方は嬉々として私を手招きした。恰幅がいい筋肉質なおじさんである。炭鉱夫だからか、リンネに比べて肌色が黒い。そして訛りが強い。
「え?いや、別に…」
「なぁに、遠慮せんでもいいだ。ギルドの人たちがいんければおらぁはずっと働かんずじまいんだから」
炭鉱夫は、ほれほれ、と言って箱の中にある鉱石を私に見せてくる。よく見るとリンネも似たようなものを手に持っていた。彼女も貰っていたようだ。
「それなら、じゃあ…」
箱の中を覗くと、土がついていたりくすんでいる原石が沢山あった。緑のものもあれば青いものもある。
その中でも一際目立つものがあった。いや、どちらかというと目立たないのか?分からないけれど、とにかくそれは真っ黒で、でも他の黒い石とは違って、光沢さえ無かった。吸い込まれそうなほどに黒い。
【名称】インフェルノマテリアル
【成分】インフェルノマテリアル
【属性】闇
【破損】0%
【効果】-
インフェルノマテリアル…聞いたことがないものだ。少なくとも学院の図書館ではこんな名前のものは無い。他にある、ルビーとかトパーズとかは図鑑とかに載っていたけれど…。
「この、黒いのは?」
「これか?これはな、偶にとれるんだが、石炭でもねぇし、黒曜石でもねぇ、よくわからん石んだ。持ってっていくやっちゃ大体いんふぇーのまてりあ?って呼んじゃっちゃな」
「へぇ…」
説明を受けつつ、一度手にとってみた。触り心地は他の鉱石と大差ない。でも、掲げて太陽に当ててみても、光の反射は全く見えない。不思議な石だ。
「だども加工も難しいし、用途もねぇもんで、売ることはねぇだ。持ってっていくんは大体研究者か愛好家だな」
詰まる所、未知の石って感じなのかな?確かに、分析スキルを以てもコレが何なのか全く分からない。
ただ、属性が闇であるところに、私は魅せられていた。
「じゃあ、面白そうだし、これ貰おうかな」
「えぇ?他に銀だか白金だかもあるんに?」
「うん。これでおねがい」
大体こういうときに持っていくのは、武器や防具に加工できそうな鉱石なんだろう。剣とかなら切れ味が上がるだろうし、防具なら強度や耐久性が上がる。私の場合、杖を作ることができればその分壊れにくくなるはすだ。でも何時何処で加工できるか分からないものを持っててもしょうがない。第一私は最悪杖なんて必要無いわけだし。
それならお守りとして貰ったほうが、記念になる。偶にとれるって言ってるからそこまで珍しいものでもないとは思うけど、要は気の持ちようだ。
「お嬢さん、変ぁってるな。さっきのお嬢さんはアークメタルを持ってったったんに」
「え?さっき?」
炭鉱夫に言われて、初めてリンネがすでに自分のテントに戻っているのに気づいた。…というか、既にテントの片付けをしている。本当に自分に必要なことしかしないって感じだなぁ。
「おじさん、ありがとう!」
私はお礼を言い、自分のテントに向かった。後ろから、達者でな、という元気な声が聞こえた。
貰ったインフェルノマテリアルを空に翳してみた。真っ黒な見た目は太陽すら透かさない。本当に鉱石なのかさえ疑問に思うほどだった。
テントを片付けてマジックバッグに仕舞い込んでいると、鉄柵の出入り口でリンネが出ていくのが見えた。すぐに走って後を追いかけた。
「リンネ!待って!」
鉄柵の囲いの外に出てリンネに後ろから声を掛けたら、彼女は歩きつつ、横目にこちらのほうを見た。
「もう依頼は終わったんだ。今更私と行動する理由はないだろ」
「でも、それならどこへ行くのも私の好きでしょ?」
「…前から思ってたけど、お前、いつもああ言えばこう言うよな」
「ごめん、気に障った?」
「…別に。可笑しな奴だなって思っただけだ」
彼女は諦めたようなため息をついた。私も彼女の横に並んで歩いた。右側の太陽が完全に昇り切っていた。
冒険者がいるのか、たまに歓呼の声が聞こえる。
上り坂と疲労が重なり、身体に一層負担が掛かっている。代わり映えのない茶色の景色は、この鉱山に入ってからずっと見てきたから、当然厭きていた。ただ、戻るにつれて整備されていく坑道とヴァンパイダーに遭わないことは幸いだった。
そういえば親玉は倒したけど、他の場所のヴァンパイダーはどうなっているのだろうか。やっぱり親が倒されて逃げ惑っているんだろうか。それともそんなこと知らずにまだ戦っているのだろうか。まぁいずれにせよ声を聞く限り、他の冒険者は無事に出られるだろう。
「お前、いくつ魔法を使えるんだ?」
「え?えぇっと…」
突然リンネから質問された。初めて会った時には私に何の関心も示さなかったのに。珍しい。思わず狼狽えるような反応をしてしまった。
「…いや、悪い。なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
と、思ったらその質問を取りやめてしまった。何か気になることでもあったのだろうか。
「全部、全部使えるよ」
そう言うと、リンネは急に歩を止めて、目を丸くしてこちらを見てきた。ただ、その眼差しは次第に真剣な様相に変わっていった。
「それ、今後他言するなよ」
「えぇ?でもリンネも訊いたじゃん」
「だから、悪かったって。けど絶対に言うな」
「…どうして?」
「その能力を利用してやろうって奴も世の中にはいるって話だ。お前の今後のためだ」
「…わかったけど、じゃあどうして訊いたの?」
「…気になったからだ」
その返答を最後に、リンネは目を逸らしてまた歩き出した。一瞬の間はなんだったんだろう。都合の悪い質問でもないし、リンネが何か意図を以て私に聞いたわけでもなさそうだし…。
それきり会話をすることはなかった。私はどうして彼女がそんなことを訊いたのか、ずっと考えていたが、その答えはいつまでたっても得られなかった。
長い坑道も遂に終わりを迎え、橙色に染まった外の世界に辿り着いた。鉱山の中に入ったとき、日は頭上にあったはずなのに、いつの間にか西の地平線に半分まで隠れている。
そのままリンネについていくと、彼女はギルドステップの元へと向かっていった。そしてスタッフの前でヴァンパイダーの脚を捨てた。
「奥地でヴァンパイダーの親のようなものを倒した。暫く突然奴らが増えるってことも無くなると思う」
それを聞いたスタッフは脚を隅々まで調べ、長さや太さ、硬直具合などを確かめていった。何をやってるのかは分からないけど、私も同じようなことをするべきなのかとリンネの方を見たら、顎で合図をしてきた。それを受けて、私もアイテムバッグからヴァンパイダーの脚を取り出して、地面に置いた。
「…ご報告ありがとうございます。お二人の名前は?」
「リンネ」
「レインです」
「ありがとうございます。サンプルとしてこちらをお預かり致しますが、お二方以外にこちらの品をお持ちの方はいらっしゃいますか?」
「私ら以外にそれと戦っている奴はいなかった。先に戦っていた奴がいるから話は別だが、道中他の奴らとも鉢合わせなかったな」
「畏まりました。一度調査の方に回しますので、後日ヴェレンギルドの受付にてお越しください」
「レインさん!」
ギルドスタッフとの話を終えるやいなや声をかけられた。駆け足で私の元に来たのはジェイシー、その後ろからゆっくりと歩いてくるのはポールである。
「無事でよかったです…」
ジェイシーは安心しきった顔をしていた。冒険者という身分なら危険とは常に隣り合わせだが、彼女はいつも以上に慌ただしかったように見える。
「何かあったの?」
すると後ろから歩いてきたポールから返事が来た。ジェイシーとは違い、そこまで慌てている様子はない。
「大きな問題ではないんだけどな、うちのアンナがヴァンパイダーの毒にやられちゃってさ」
「え!?大丈夫なの?」
「今はもう大丈夫だ。そこの小屋で一旦安静にしている」
ポールは背後にある高床式の建物を指を差した。その扉へ入っていく冒険者やギルドスタッフの姿が見える。
「ただデニスに依るとな、五日ぐらいは安静にしている方がいいっていう話でな」
「そっか。…ってあれ、デニスは?」
「アンナの面倒を見てる。あれでも一介の治癒師だからな」
「それで、私たちよりも帰りが遅いから、レインさん達のことが心配になって…」
「大丈夫。見ての通り、なんともないよ」
私は両手を大きく広げ、特に何事も問題ないことを示した。
実際は私もリンネも少し身体に損傷を負っているが、それを態々言って心配させる必要はない。それにその傷だって、今は多少違和感は拭えないものの痛みはないし、リンネに関しては何事もなかったように歩いていた。
「あれ、リンネ?」
気づけばリンネは私の隣から居なくなって、鉄柵の付近で荷物を下ろして、テントを組み立て始めていた。こんなすぐにいなくなること、ある?
「あの、友達と何かありました?」
「え、何かって、何が?」
「いえ、その、友達の方が中から出てきたら、すぐにあちらに向かわれたので…」
「あぁ~…。何かってわけでもないけど、まぁ、いつもあんな感じ、なのかな」
一人で旅をしたりギルドに所属したりする人はそこまで珍しくない。現に私だってそうだ。でも、あそこまで他人との関わりを避けるというか、興味がないのは珍しい。
「でも、すごく優しいよ。今日も助けられちゃったし」
「レインさんが仰るなら、本当に優しいんですね」
誰かと戯れることなく、けれど、誰かを助けることに迷いがない彼女は、ギルドメンバーの鑑だと思った。流石に何も言わずに火の中に飛び込むのはやめてほしかったけど。
いやでも、もしリンネが前もって言ってたら、私は全力で拒否したんだろうな。何か別の案があるわけでもなく、ただ退却することを優先案として。あれが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、結果だけ見れば、良かったのかな。
「レインさんもそろそろテントを作ったほうがいいんじゃないか?小屋はもう寝る場所がないからな」
ポールに言われて周りを見渡すと、私たち以外は皆テントを張る準備をしているか、テントの外で調理をしている人たちばかりだった。後方にはギルドスタッフが篝火を点けていた。複数人が話し合っていて、入り口の見張りの順番を決めているのを小耳に挟んだ。
「うん。じゃあ、今日はお休み。アンナにお大事にって伝えておいてね」
「はい。おやすみなさい」
手を振って二人と別れ、テントを張れる場所を探した。…と言っても、一定数冒険者がここにいるわけで、取れる場所は限られていたんだけど。
そんなわけで空いている場所をきょろきょろと探しつつ、真っ直ぐにリンネのテントの隣へと向かった。
「隣にテント、張ってもいい?」
「…勝手にしろ」
ダメと言われそうな雰囲気は決してなかった。彼女はそれだけ言って黙々と作業を続けている。初めて会ったときは、近づき難い雰囲気を醸し出していた気がするのに、今は全然そんなことを感じない。態度は変わってないはずなのに。
私も早速テントを取り出して準備を始めた。これで二回目になるけれど、初めて立てたときよりもスムーズに事が進んでいる気がする。説明書はまだ手放せないけれど、どちらかというと今は確認の意味で読んでいた。勿論ハンマーもある。ちらとリンネのテントを見たら既に完成しており、中からごそごそと音が聞こえてきた。寝床の準備かな。
次第にいい匂いが立ちこめる。他のテントからの匂いからだと思い、お腹が音を立ててしまっていた。しかしよく見るとそれだけではなく、中央でギルドスタッフが大きな鍋を大きなレードルでかき混ぜていたのである。隣には底の深い皿を何十枚も持った人と、そこに列を成す冒険者たちがいた。余計にお腹が空いてしまった。
できる限り急いで、でも過剰に確認しながら組み立てていった。そして初めて自分の手だけで立てたテントを見て、数秒間満足感を愉しんだ。
既にお腹はペコペコである。中央に向かい皿を受け取り、鍋に並ぶ列の最後尾へと移った。この並んでいる間にも匂いは私の空腹を促進させている。これはカレーの匂いだ。
遂に私の番がきて、スタッフに皿を預けると、皿いっぱいにカレーが盛られていき、その上にナンが二枚乗せられた。
ありがとう、とお礼を言って自分のテントへと戻り、皿の中を観察する間もなく食べ始めた。美味しい。具材は玉葱に人参、茄子に牛肉が入っていた。ラインナップはどちらかというとライスカレーよりだけど、美味しいから特に文句はない。
食べ終わって、手を軽く合わせてご馳走様と告げると、急に眠気が襲い掛かってきた。今日はずっと動いていたから仕方ない。うとうととしながら皿を中央広場に返して、すぐにテントの中に入った。ときどき酒を入れた大人たちの騒がしい声が聞こえたが、それも気にならないほどに、すぐに眠ってしまった。
朝になった。テントだからか外の音がいつもよりはっきりと聞こえる。煩いような騒音ではなく、談笑のような会話が聞こえる。ほんの少し賑やかな朝である。
私も身体を起こしてテントから外に出た。目の前に立ちはだかるパルドニア山脈のせいで景色はそこまで良くないが、微風と適度な気温で清々しい気分だ。
周りを見ても、既に起きている冒険者たちがトレーニングをしていたり、テントを片付けていたりしていた。
一人、立方体の大きな木箱の前で炭鉱夫と話しているのがいた。リンネだ。箱の中に手を突っ込んでは何かを手に取り、舐めるように色んな角度からそれを見ている。そしてその度に炭鉱夫と言葉少なに会話をしていた。
何の話をしているんだろうと思って、近づいて声をかけた。
「リンネ?何してるの?」
私の声に反応して、リンネと炭鉱夫の二人が私に目を向けた。彼女は相変わらず仮面を被ったように表情を変えない。
「あぁ、お嬢さんも鉱石が欲しいかえ?いいぞ、いいぞ、いくらでも持ってってけさまえ」
一方で炭鉱夫の方は嬉々として私を手招きした。恰幅がいい筋肉質なおじさんである。炭鉱夫だからか、リンネに比べて肌色が黒い。そして訛りが強い。
「え?いや、別に…」
「なぁに、遠慮せんでもいいだ。ギルドの人たちがいんければおらぁはずっと働かんずじまいんだから」
炭鉱夫は、ほれほれ、と言って箱の中にある鉱石を私に見せてくる。よく見るとリンネも似たようなものを手に持っていた。彼女も貰っていたようだ。
「それなら、じゃあ…」
箱の中を覗くと、土がついていたりくすんでいる原石が沢山あった。緑のものもあれば青いものもある。
その中でも一際目立つものがあった。いや、どちらかというと目立たないのか?分からないけれど、とにかくそれは真っ黒で、でも他の黒い石とは違って、光沢さえ無かった。吸い込まれそうなほどに黒い。
【名称】インフェルノマテリアル
【成分】インフェルノマテリアル
【属性】闇
【破損】0%
【効果】-
インフェルノマテリアル…聞いたことがないものだ。少なくとも学院の図書館ではこんな名前のものは無い。他にある、ルビーとかトパーズとかは図鑑とかに載っていたけれど…。
「この、黒いのは?」
「これか?これはな、偶にとれるんだが、石炭でもねぇし、黒曜石でもねぇ、よくわからん石んだ。持ってっていくやっちゃ大体いんふぇーのまてりあ?って呼んじゃっちゃな」
「へぇ…」
説明を受けつつ、一度手にとってみた。触り心地は他の鉱石と大差ない。でも、掲げて太陽に当ててみても、光の反射は全く見えない。不思議な石だ。
「だども加工も難しいし、用途もねぇもんで、売ることはねぇだ。持ってっていくんは大体研究者か愛好家だな」
詰まる所、未知の石って感じなのかな?確かに、分析スキルを以てもコレが何なのか全く分からない。
ただ、属性が闇であるところに、私は魅せられていた。
「じゃあ、面白そうだし、これ貰おうかな」
「えぇ?他に銀だか白金だかもあるんに?」
「うん。これでおねがい」
大体こういうときに持っていくのは、武器や防具に加工できそうな鉱石なんだろう。剣とかなら切れ味が上がるだろうし、防具なら強度や耐久性が上がる。私の場合、杖を作ることができればその分壊れにくくなるはすだ。でも何時何処で加工できるか分からないものを持っててもしょうがない。第一私は最悪杖なんて必要無いわけだし。
それならお守りとして貰ったほうが、記念になる。偶にとれるって言ってるからそこまで珍しいものでもないとは思うけど、要は気の持ちようだ。
「お嬢さん、変ぁってるな。さっきのお嬢さんはアークメタルを持ってったったんに」
「え?さっき?」
炭鉱夫に言われて、初めてリンネがすでに自分のテントに戻っているのに気づいた。…というか、既にテントの片付けをしている。本当に自分に必要なことしかしないって感じだなぁ。
「おじさん、ありがとう!」
私はお礼を言い、自分のテントに向かった。後ろから、達者でな、という元気な声が聞こえた。
貰ったインフェルノマテリアルを空に翳してみた。真っ黒な見た目は太陽すら透かさない。本当に鉱石なのかさえ疑問に思うほどだった。
テントを片付けてマジックバッグに仕舞い込んでいると、鉄柵の出入り口でリンネが出ていくのが見えた。すぐに走って後を追いかけた。
「リンネ!待って!」
鉄柵の囲いの外に出てリンネに後ろから声を掛けたら、彼女は歩きつつ、横目にこちらのほうを見た。
「もう依頼は終わったんだ。今更私と行動する理由はないだろ」
「でも、それならどこへ行くのも私の好きでしょ?」
「…前から思ってたけど、お前、いつもああ言えばこう言うよな」
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