5 / 15
(5)5年後
しおりを挟む五年が過ぎ、私は十四歳になった。
おませな子供だった私は、やっと年齢的にもほとんど大人になった。
でも、レース編みの技術はゆっくりとしか上達しなかった。
これは、私が不器用だからという理由だけではない。
私の住む商都ローヴィルのあたりは刺繍の方が身近で、レースは遠くから取り寄せる高級品。助言を求めたいと思っても、レース編みの先生をしてくれる人はいない。
唯一の先生であるジョシュア様は、騎士として忙しく厳しいお勤めに追われているから、時々休暇に合わせてきてくれるだけ。
その間にどれだけ熱心に習っても、技術の向上はたかが知れている。
切羽詰まった私は、お父様におねだりをしてレース編みの先生を呼び寄せてもらった。
来てくれた先生は、ジョシュア様の遠縁にあたる女の人だった。
フライム先生は三十歳くらいの未亡人で、ジョシュア様と同じプラチナブロンドのきれいな人で、笑うとふわりと色っぽくなる大人の女性だ。
優しいフライム先生に丁寧に根気強く教えてもらったおかげで、本の栞にしかならないものから、実用できるリボンにまで成長することができた。
でも、すっかり上達したと密かに自惚れかけていたのに、休暇でやってきたジョシュア様は相変わらず魔法のように素晴らしいレース編みの達人で、私なんかとは次元が違った。
普通のものより大きく作られている特別製の糸巻きを無数に使い、大きな手ですいすいと動かしていく。
細い針を刺す手つきは正確で、一緒にレース編みをしている私が横で悲鳴をあげたり愚痴を言ったりしていても、手元の動きを乱さない。
レース編みと苦闘する私を見て笑いながら、作業はどんどん進んでいく。
指先にも目がついているのかと本気で疑いたくなった。
「……きっとジョシュア様は特別な人なんだわ」
「そう言ってもらえて光栄だけど、残念ながら特別な人間ではないな。郷里のレース編みをするご婦人方は皆こんなものだよ」
「じゃあ、ジョシュア様も本当は女性なのね!」
「それは面白い新説だな。それでいくと、リィナちゃんは男の子だね」
言い返せなくなって私が黙り込むと、ジョシュア様にまた笑われてしまった。
いつもこうだ。
ジョシュア様は私が何を言っても、面白がる。
昔は笑顔が見られると嬉しかったけれど、最近はそれが悔しいし腹立たしい。何か言い返したくて、私は少しむくれた。
「でもやっぱりおかしいわよ。どうしてジョシュア様はそんなにお上手なの?」
「どうしてって……練習したからだろうね」
「……そんなに練習したの?」
「うん、まあね。僕には一歳上の姉がいるんだけどね。とにかくとても不器用なんだよ。うちは貴族とは名ばかりに近くなった貧乏貴族だから、女たちのレース編みは貴重な産業になっているんだけど……」
「そうでしょうね。北方のレースって、どこの産地のものもとても高価ですもの」
「ありがたいことにね。だから女たちは子供の頃から編み方を仕込まれるんだけど、その姉は、リィナちゃんと比較にならないくらい不器用な上に、気が短くてね。監督ならできると言い始めて、姉の代わりに僕がレースを作らされた結果がこれだよ」
カタカタと糸巻きを動かしながら、ジョシュア様は苦笑している。
いつ見ても鮮やかな手つきだ。
私には兄弟はいないけれど、押し付けられたからといって、こんなに上手になるものなのだろうか。
首を傾げ、でもそれより気になっていることを聞いてみた。
「……それで、今は誰のためのレースを作っているの?」
「妹だよ」
「この間結婚したっていう妹様?」
「いや、その子じゃなくて、その下の、もうすぐ婚約する妹だ。結婚式までにはもっと大きなウェディングドレス用のものを作ってあげたいんだけど、最近は忙しいから難しいかもしれないな」
ため息をつくジョシュア様は、確かに私の家に来た時はとても疲れているようだった。
今は顔色が良くなっているけれど、騎士としてのお仕事は激務に次ぐ激務らしい。
ジョシュア様は、王国軍の騎士の中でも、特に花形と言われる街道警備がお仕事と聞いてる。
でも花形と言われるのは、もっとも人目に付きやすい華やかな騎士で、全員が身だしなみに気を使う若い騎士ばかりだからだ。
でもそれは、若い人でなければ体力的に厳しいため、という理由があるらしい。
ジョシュア様は今はまだ二十四歳だ。でも、もっと歳をとったら絶対に無理だろうな、と笑いながらこぼしていたのを聞いたことがある。
お父様も、ジョシュア様はそのうち騎士をお辞めになるかもしれないと、独り言のようにつぶやいていた。
16
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です
有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。
ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。
高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。
モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。
高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。
「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」
「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」
そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。
――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。
この作品は他サイトにも掲載しています。
【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない
紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。
完結済み。全19話。
毎日00:00に更新します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる