11 / 15
(11)では、明後日に
しおりを挟む「ねえ、リィナちゃん。ウェディングドレスを見に行かない?」
ジョシュア様は手に持った内覧会の招待状をひらひら動かしながら、私を誘ってきた。
これはいつものこと。
六年前から続く、いつもの口実作りだ。
今年で二十歳になった私は、針を止めて顔を上げた。
膝の上には、明後日から始まるお祭り用のドレスがある。
特訓を重ねたレース編みはともかく、刺繍も裁縫もあまり得意ではないけれど、自分のドレスに仕上げのレースを縫い付けるくらいはできる。
今つけているのは、昨日ジョシュア様からもらったレースだった。
ジョシュア様は三十歳になるより早く騎士を辞め、今はお父様の隊商のお仕事を手伝っている。
そうなることを聞いたのは引退する一ヶ月前で、それまでこっそり泣いていた私はただ驚いてしまった。
でもそのおかげで、ジョシュア様は私の家にずっと滞在してくれている。頻繁に遠くへと出掛けてしばらく会えない日が続くけれど、また必ず戻ってきてくれた。
ここ一ヶ月ほども、ジョシュア様はしばらく南に行っていて、祭りの日が近付く中、ずっとお会いしていなかった。
ドレス用のレースを作ると言っていたけれど、そう言ってくれたのは一年近く前だ。
もしかしたら忘れているかもしれないし、覚えていてもずっと忙しかったから、完成が間に合わないかもしれない。
そう思ったから、私は祭り用のドレスに別のレースをつけていた。
でも昨日旅先から戻ってきたジョシュア様は、まるで貴族のご令嬢が身につけるような素晴らしいレースを持ってきてくれた。
ジョシュア様から選んでもらった淡いクリーム色の布地を引き立てるような、細やかな模様が浮かび上がったレースだ。
あまりにもきれいだったから、感激したお母様が知り合いに見せびらかしに持って行ってしまって、その日は戻ってこなかった。
レースは、今日の昼になってやっとお母様が返してくれた。
だから今、急いで付け替え作業をすすめているところだ。
なんとか今日中に仕上がりそうな祭り用のドレスから目を離し、私は首を傾げながらジョシュア様を見上げた。
「もしかして、明後日にある招待会? ウェディングドレスばかりを集めているって話の?」
「そう、それだよ。大通りに面した店だから、行き帰りに祭りの出し物も見ることができると思うよ」
「そうなのね。もちろんいいわよ。今度はどなたの婚礼用のレースの参考にするの? ジョシュア様のご親戚に、結婚の予定があるお嬢様っていらっしゃったかしら?」
私がジョシュア様の親戚のみなさんの顔を思い出していると、私の横に立っていたジョシュア様は変な顔をした。
言葉にも詰まったようで、私に問いかけてきたのはしばらく間が空いた後だった。
「……リィナちゃん。もしかして、結婚したい相手ができた?」
「え? 残念ながら、全くそんな人はいないままよ」
「そうか、だったらいいんだ。……僕は君にあげようと思っているから」
ジョシュア様は急にほっとした顔をした。
まさか、結婚の予定がない私にくれるつもりなのだろうかとまた首を傾げたけれど、すぐに思い当たった。
もしかしたら、製作にとても時間がかかるような大きくて凝った物を考えていて、それで急ぐ必要があるかどうかを確かめたかったのかもしれない。
昨日もらったレースもそうだけれど、ジョシュア様が作るレースは本当にきれいだ。
お店に出したら、きっとものすごい金額がつくだろう。
そんなことを考えながら、またドレスにレースを縫い付ける作業を再開しようと針を持つと、ジョシュア様はふわりと微笑んで私が座っている椅子の背に手をかけた。
「ジョシュア様?」
「昨日戻ってきたばかりだから、今日と明日は忙しくてリィナちゃんとゆっくりすごせないけれど、明後日はゆっくり時間が取れると思う。明後日を楽しみにしているよ」
「え? あ、ありがとうございます。……私も楽しみです」
珍しいことを言われてしまって、私は少し動揺した。
頬が熱くなったから、きっと赤くなっている。
それをごまかすために瞬きをしながら針を持っていない手でパタパタと顔を扇いでいると、ジョシュア様が少し身を屈めてきた。
「では、明後日に」
短く切り揃えている私の前髪が、唐突にかきあげられた。
指先が額に触れた。
びっくりして顔を上げると、すぐ近くにジョシュア様の甘く整ったお顔があった。
それと同時にジョシュア様がいつも使っている香りを強く感じて、私の体は強張った。
それを見てとったのか、ジョシュア様はまた微笑んで私の額にキスをした。
柔らかい唇はすぐに離れた。
でもほんの少しだけ癖のあるプラチナブロンドはまだ私の頬に当たっていて、思わず息を止めてしまう。
その髪も離れ、ジョシュア様の香りも離れた。
柔らかく私の頭を撫でて、ジョシュア様は大股で部屋を後にした。
騎士を引退して、お父様の隊商のお仕事をしてくれるようになって、あと何ヶ月かで一年になるけれど、ジョシュア様の歩き方は騎士だった頃と少しも変わらない。
豪快でしっかりした足音が聞こえなくなるまで、私は動くことができなかった。
20
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です
有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。
ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。
高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。
モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。
高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。
「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」
「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」
そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。
――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。
この作品は他サイトにも掲載しています。
【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜
水都 ミナト
恋愛
女神の祝福を受けた聖女が尊ばれるサミュリア王国で、癒しの力を失った『元』聖女のミラベル。
『現』聖女である実妹のトロメアをはじめとして、家族から冷遇されて生きてきた。
すっかり痩せ細り、空腹が常となったミラベルは、ある日とうとう国外追放されてしまう。
隣国で力尽き果て倒れた時、助けてくれたのは――フリルとハートがたくさんついたラブリーピンクなエプロンをつけた筋骨隆々の男性!?
そんな元強面騎士団長のアインスロッドは、魔物の呪い蝕まれ余命一年だという。残りの人生を大好きな可愛いものと甘いものに捧げるのだと言うアインスロッドに救われたミラベルは、彼の夢の手伝いをすることとなる。
認めとくれる人、温かい居場所を見つけたミラベルは、お腹も心も幸せに満ちていく。
そんなミラベルが飾り付けをしたお菓子を食べた常連客たちが、こぞってとあることを口にするようになる。
「『アインスロッド洋菓子店』のお菓子を食べるようになってから、すこぶる体調がいい」と。
一方その頃、ミラベルを追いやった実妹のトロメアからは、女神の力が失われつつあった。
◇全15話、5万字弱のお話です
◇他サイトにも掲載予定です
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
妖狐の嫁入り
山田あとり
恋愛
「――おまえを祓うなどできない。あきらめて、俺と生きてくれ」
稲荷神社の娘・遥香(はるか)は、妖狐の血をひくために狐憑きとさげすまれ、ひっそり生きてきた。
ある日、村八分となっている遥香を探して来たのは怨霊や魔物を祓う軍人・彰良(あきら)。
彼は陰陽師の名門・芳川家の男だった。
帝国陸軍で共に任務にあたることになった二人だったが、実は彰良にもある秘密が――。
自己評価は低いが芯に強さを秘める女が、理解者を得て才能を開花させる!
&
苦しみを抱え屈折した男が、真っ直ぐな優しさに触れ愛を知る!
明治中期風の横浜と帝都を駆ける、あやかし異能ロマンス譚です。
可愛い妖怪・豆腐小僧も戦うよ!
※この作品は、カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ
秋津冴
恋愛
彼は結婚するときこう言った。
「わしはお前を愛することはないだろう」
八十を越えた彼が最期を迎える。五番目の妻としてその死を見届けたイザベラは十六歳。二人はもともと、契約結婚だった。
左目のまぶたが蜂に刺されたように腫れあがった彼女は左右非対称で、美しい右側と比較して「美醜令嬢」と侮蔑され、聖女候補の優秀な双子の妹ジェシカと、常に比較されて虐げられる日々。
だがある時、女神がその身に降臨したはイザベラは、さまざまな奇跡を起こせるようになる。
けれども、妹の成功を願う優しい姉は、誰にもそのことを知らせないできた。
彼女の秘めた実力に気づいた北の辺境伯ブレイクは、経営が破綻した神殿の借金を肩代わりする条件として、イザベラを求め嫁ぐことに。
結界を巡る魔族との戦いや幾つもの試練をくぐり抜け、その身に宿した女神の力に導かれて、やがてイザベラは本当の自分を解放する。
その陰には、どんなことでも無言のうちに認めてくれる、老いた辺境伯の優しさに満ちた環境があった。
イザベラは亡き夫の前で、女神にとある願いを捧げる。
他の投稿サイトでも掲載しています。
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる