学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

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28 枯れた井戸

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「大変です!!」

宰相が王の執務室に駆け込んできた。

「井戸が……王都中の井戸が枯れました。付近の郊外も全滅です」
「なんだと!?」

川も湖も干上がり、井戸から水が姿を消していた。

「緊急時に蓄えておいた貯水槽の水量では、王宮では三日しかもちません」
「各家庭の水瓶も地震で倒れたり、汚れたり、安心して飲める水は少ないようです」
「むむ」

眉間に皺を寄せ、陛下は命じた。

「王都民の命は何が何でも守らなければならん。水源に詳しい者を集めよ!」

水源というワードで陛下は思いついたように追加の命令を出した。

「そうだな……シャロン・ルピノも一緒に招集するように」
「はっ」




「はははは!あーっははは」

レッドグレイブ公は、なみなみと注がれたグラスの中の水をぐいっと飲み干した。
王都中の井戸が枯れたことは彼の耳にも入っていた。
それなのに、なぜかここの屋敷の井戸だけは水が枯れていなかった。

「オブライアン、もっと困れ困れ!はーっははは!」

無礼にも陛下の名前を呼び捨てにし、狂気じみた目のレッドグレイブ公はいつまでも笑っていた。

ソフィアも皆が困っているというのに昼間から浴槽にバラの花びらを浮かべ湯浴みを楽しんでいた。

「ああ、いい香りだこと。みんな羨ましがるでしょうね。ふふ」




王宮の一室で水確保のための緊急対策会議が開かれた。
井戸工事の担当官、農業の用水路を管理する担当官、河川の担当官などが集められた。

陛下の隣には体調が回復したルアージュも臨席している。
その中にぽつんと一人、メガネの令嬢がいる。
シャロンだ。

シャロンはルアージュの視線に気付き目を上げたが、すぐに下を向いた。

よかった。
ルアージュ様、元気になられて。

シャロン。
また君の顔を見れて嬉しいよ。

ふたりの心は、婚約破棄以来、いまだ交わることがなく、切なさでうずいたままだ。

ルアージュ様。
やっぱりあなたが好きです。

シャロンは心の中で堪えきれない想いをささやく。

シャロン。
愛している。
どうしようもないくらいに。

ルアージュも想いは同じだ。
引き離されても、引力のようにたまらなく惹かれあってしまうのだ。


「早馬の知らせでは山間の村では水がまだ出るらしいのですが、遠い王都まで運ぶには、時間と水量が到底足りないかと」

農業の用水路の担当官が口を開いた。

「隣国から運ぶと言うのは?」

ルアージュが問う。

「近隣諸国はもう2ヶ月ひでり続きで、水不足が続いています。我が国に水を分ける余裕はないかもしれません」
「新しく井戸を掘ると言うのは?」
「水が枯れていない山に近い場所でできないことはありませんが、かなり時間がかかってしまいます」

良い案が出ず、一同は渋い顔をしている。

「この王国で一つだけ枯れない井戸があります。レッドグレイブ公の屋敷の井戸です」

井戸工事の役人の言葉に、みなが騒然とした。

「レッドグレイブ公だけ?」
「なぜだ」

役人は苦々しそうに説明を続けた。

「かつて、あの屋敷のあった場所には、王立公園がありました。
王国は天変地異があっても枯れない井戸を広く国民のために解放していたのです。

ところが、三代前の王の時代、レッドグレイブ公爵家から一代限りの王が排出された時、あの土地が急遽、接収され、レッドグレイブ公爵家に払い下げられました。

おそらく、何が起ころうと、レッドグレイブ公爵の一族だけは生き残るためにでしょう」

役人は、レッドグレイブ公をよく思っていなかったので、皮肉を交えてそう語った。
シャロンだけは一言も喋らず、ずっと考え込んでいた。



すぐに王命を出し、レッドグレイブ公に周辺人民に水を分けるよう促した。
ところが、レッドグレイブ公は、

「もうすぐ枯れそうなのだ。分けてやれなくて私も心苦しい限りだ」

と嘘を言うばかりで、一滴も水を外に譲らなかった。



 
「何とかならないものか……」

再び招集されたメンバーは、みな一様に頭を抱えた。

「井戸……井戸……」

シャロンの頭脳が猛回転を始めた。
これまで見てきた古代地図から最新地図まで、全ての情報が頭の中を駆け巡る。

何かあった気が。
何か。

目を閉じて両手で頭を押さえてるシャロンの脳裏に、一つだけぼやけた画像があった。

これ、いつ見た地図だっけ?

「えっと、えっと……」

シャロンが目に焼き付けた地図は、本来ならどれもはっきりと記憶できていた。
だが、一つだけぼやけた地図がある。

集中せずに、何となく見た地図か?
そういえば、前に誰かに──

ぼやけた画像が、徐々にピントを合わせていく。

地図を差し出す令息の手。
人懐こく笑うその顔。

「あっ──」

シャロンがばっと顔を上げた。

「ヨーク!!」

突然声を上げたシャロンに、みながびっくりした顔を向ける。

「ヨークがどうしたんだい、シャロン」
「もう一つだけ、枯れない井戸があるかもしれません!」



シャロンとルアージュたちはヨークの屋敷を訪れていた。

「シャロン、ルアージュ、どうしたんだい。そんなに慌てて」

ルアージュにはたくさんの護衛が付いているので、大勢で押しかけられてヨークは驚いている。

「君の家の井戸は?水はまだ出るのか?」

シャロンが真剣な顔でヨークに問いかける。
ヨークはみなの異様な注目を集めながらも、あっさりと答えた。

「ああ、水?出るよ。たくさん」
「うわああ。よかったああ」

一同が安堵のため息をもらす。
ヨークは事態が飲み込めず、きょろきょろしている。

「今、地震のせいで王都中の井戸が枯れてるんだ。川も、湖も全滅なんだ」
「ええっほんとに!?でもどうしてうちの井戸は無事なんだろ」
「確かに。ここも王都の中なのに」

ルアージュも疑問を口にした。

「この井戸は地下で太い水脈と繋がっているんだ。
王都のどの井戸ともちがう、もっと地下深くにある別の水脈に」
「だから今回の地震でも枯れなかったのか」

うなずいたシャロンは説明を続けた。

「君の家門アデン男爵家は、古くから地図の作成を担ってきた家門だよね?
土地を知り尽くしていたご先祖様は枯れない井戸を知っていたんだと思う。
そのことが、ヨークが図書館に持ってきてくれた古地図に記されてあったんだよ!」

シャロンの記憶にあるぼやけた地図がはっきりと像を結んだ時、いにしえの人々からのメッセージをシャロンは読み解いたのだ。

「ヨーク。君の家の井戸の水を分けてもらってもいいだろうか」

ルアージュがヨークにお願いをした。

「もちろんだよ!じゃんじゃん、持ってってよ!」

王都はシャロンの膨大な地図の知識とヨークの先祖によって救われたのだった。




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