学園の華たちが婚約者を奪いに来る

nanahi

文字の大きさ
2 / 30

2 乱闘

しおりを挟む
「シャロン、人がいる場所でメガネは外さないように。絶対にだよ」

入学式の日。
1分だけ話す時間があった時、ルアージュ様が私に言った。

「それと、異性とは用事がある時以外はなるべく話さないように」
「……わかりました」

私は緊張で喉がつっかえながら、やっと返事を絞り出した。
なんせ相手は王子だ。
粗相があってはならない。

きっと私が綺麗じゃないから、強度の近視で丸メガネの私が恥ずかしくて、ルアージュ様はそんなこと言うのだな。
仕方ない。

それ以来、ルアージュ様とまともに話せたことがない。
いつも令嬢の壁に囲まれ、キラキラしている。

ルアージュ様もその方がいいのだ。
あの中に私よりずっと妃に相応しい令嬢がいるはずだ。

カリンが風邪で休んだ日、一人で裏庭で昼食をとっていた私に華たちがからんできた。

「今日はいつもの味方がいないのね。一回くらい何か言い返してみなさいよ」

何かにつけて絡んでくる男爵令嬢フィリーネ・クローダルだ。艶のある黒髪が自慢で、令息たちと恋の噂が絶えない。

「さみしいランチだこと」

私のサンドイッチを見て、ケチをつけるのは子爵令嬢イレーネ・ホルネス。
貿易を生業とし、王国内でも上位の資産家で一目置かれている。

「なぜ私を呼んだ?一人を取り囲んで話すのは趣味ではない」

女ながらに馬術や剣術に秀で、令息顔負けの腕を持っている伯爵令嬢セレスト・アルカイン。
他の令嬢と違って、意地悪はしてこないけど、私を見る目はいつも冷ややかだ。

「あまり学園内をうろつかないでくださる?令嬢の可憐さもないあなたを目の端にも入れたくないの」

侯爵令嬢リュシエンヌ・ヴァルストローム。
氷像のごとき美貌で令息を惑わし、氷の女王と呼ばれている。私のことを斬り込むように非難してくる。

「みなさま、今日はそれくらいになさって。そろそろルアージュ様が音楽の授業でヴァイオリンを演奏なさるわ」

一見、みなをたしなめているように見えるけど、この中でのラスボス、公爵令嬢ソフィア・エアン=レッドグレイヴだ。
王家とゆかりを持ち、王国最上位の公爵に名を連ねる由緒正しい家門は学園中の憧れだ。

「演奏を聴きに参りましょう」

きゃぴきゃぴと一向が去った後、私はひとつため息をついて、再びサンドイッチを口にほおばった。

こんなくだらない毎日、いつまで続くのか?
もう学園をやめたい。

だけど、ここで辞めたら王家にも実家にも迷惑がかかってしまう。
じっと耐えるしかないのだ。




教室に戻ろうと廊下を歩いていた時、私はある落とし物に気づいた。
三日月と王冠の刺繍が施されたハンカチだった。
これは王太子であるルアージュ様を示す印章だ。

どうしよう。
面倒なことになった。

私は迷った。

誰か他の人が拾ってくれたらいいのだが。

そう思ったけど、もう授業が始まる時間になっていて、誰も廊下を歩いていない。
王家の方の落とし物をそのままにしておくわけにもいかず、私は仕方なくそのハンカチを拾った。

ルアージュ様に渡さないと──

このままハンカチを持っているのは、正直、気が重かった。
面倒ごとはさっさと片付けるのが私の主義だ。
ルアージュ様は私が近づくのを嫌がるかもしれないけれど、私は早く渡してしまいたいと考えていた。

窓からルアージュ様がクラスメイトの令息たちと裏玄関のポーチにいるのが見えて、私は急いで下の階へ降りて行った。




ポーチのそばまで行くと、植樹の向こうにルアージュ様の背中が見えた。

どうしよう。
いつ話終わるかな。

ルアージュ様を囲む三人の令息に遠慮して、そわそわして待っている私の耳に、彼らの話声が飛び込んできた。

「ルアージュさあ、なんでシャロンを婚約者に選んだんだよ。もっと他にもいるだろ、相応しい令嬢がさ」
「そうだよな、例えばフィリーネとか?黒髪が妖艶だよな~」
「氷の女王リュシエンヌもいいぜ。なんたってあの美貌がたまらないよな」

やっぱり、候補に出てくるのは華たちの名前なんだな。
わかりきっていたことだ。

「ソフィアは本命なんじゃないのか?ルアージュの正妃候補だって昔から言われてたし」
「公爵家だもんな。家格も釣り合うし文句ないだろう?」

あーあ。
言いたい放題だな。
平民出の私がちっともふさわしくないのは、最初から承知している。

話が終わらないのでイライラして立ち去ろうとしたとき、ルアージュ様がようやく口を開いた。

「未来の王妃はただ僕の機嫌をとって微笑んでいるようではだめなんだ。国の欠点を正す知識と能力の持ち主でないと」

……ルアージュ様、私のこと、そんなふうに評価してくれていたのか?

意外だった。
私は少しだけ気持ちがあたたかくなった。

「ああ、それでシャロンを。勉強だけはできるもんな」
「偏差値では確かに最適かもね。顔面偏差値は学園最低だけどね」

──っ!

顔面偏差値……
偏差値だと……?

「あっ」

私はその言葉で最重要のことを思い出した。
ルアージュ様がまた口を開きかけたが、私は気づかれないまま、脱兎の如くその場から駆け去った。




「おい、お前──!」
「え?」

ルアージュ様は顔面偏差値と言ったクラスメイトに拳で殴りかかった。

「裏玄関で乱闘だって!」
「先に殴ったのはルアージュ様らしいわよ」
「嘘でしょ、あの温厚なルアージュ様が!?」

「シャロンのこと、何もわかってないくせに!彼女をけなすやつは許さない!!」

ルアージュ様は周囲が止めに入るまで、殴るのをやめなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不愛想な婚約者のメガネをこっそりかけたら

柳葉うら
恋愛
男爵令嬢のアダリーシアは、婚約者で伯爵家の令息のエディングと上手くいっていない。ある日、エディングに会いに行ったアダリーシアは、エディングが置いていったメガネを出来心でかけてみることに。そんなアダリーシアの姿を見たエディングは――。 「か・わ・い・い~っ!!」 これまでの態度から一変して、アダリーシアのギャップにメロメロになるのだった。 出来心でメガネをかけたヒロインのギャップに、本当は溺愛しているのに不器用であるがゆえにぶっきらぼうに接してしまったヒーローがノックアウトされるお話。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

夫で王子の彼には想い人がいるようですので、私は失礼します

四季
恋愛
十五の頃に特別な力を持っていると告げられた平凡な女性のロテ・フレールは、王子と結婚することとなったのだけれど……。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました

Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。 「彼から恋文をもらっていますの」。 二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに? 真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。 そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。

佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。 幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。 一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。 ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。

処理中です...