あなたの破滅のはじまり

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祖母の時代に交わされた婚姻契約がある。

私はそれにのっとり、侯爵家に嫁いできた。だが、夫のミカエル・フォン・ワグナーは男爵令嬢を愛人にし、今まで私のことを見向きもしなかった。

でもいいのです。
だって、婚姻契約は今日までなのですから。明日になれば、契約条件は全て白紙に戻り、私は清々しくひとり身になれるのです。

明日が待ち遠しいですわ。




「おい、マルグリッタ！飯の用意はまだか」

いつものように傍若無人のミカエルが私に命令する。家事は侯爵夫人である私の仕事ではないのだけど。

昨日までなら仕方なく従っていた私はミカエルから顔を背け、こう答えた。

「いたしません」
「何だと！」

ミカエルは普段は大人しい私が逆らったことに逆上し、声を荒げた。

「ダフネのパーティドレスの準備はできてるんだろうな？」
「知りません」

あなたの愛人のお世話もお終いなのですよ。

「この役立たずが！離縁するぞ！！」と、ミカエルが拳を振り上げた時、執事が転ぶように駆け込んできた。

「大変です、ミカエル様ああ！」
「何だ騒がしい！出来の悪い妻をしつけている時に」

執事は蒼白になって叫んだ。

「昨日をもってゴールダー家との婚姻契約が終了してしまいました！！」

ミカエルは、それが何だ、という顔をしている。

「ミカエル様！日頃から私がマルグリッタ様を大事にするよう口辛く言ってきた意味をお分かりでなかったんですか！？契約を更新してもらえなかったんですよ！！」
「何をそんなに怒っている？契約がどうとか、大した事ではないだろう？」

執事の勢いにミカエルは迷惑そうに答えた。執事は信じられないという顔でミカエルを見つめ返す。

「ご存知…なかったのですか？ゴールダー家との契約が、いかに大事であることを…」
「ああ、知らん。読めと言われた書類は眠くなるからほとんど読んでいない。もういい、俺はダフネと出かける」

面倒になってきたミカエルは、執事に背を向けた。

執事は失意のあまり崩れ落ちた。彼がそうなるのも無理はない。私はミカエルが去った方を眺めながら、執事を気の毒に思った。

ゴールダー家と交わした契約。それがなければ、この家は滅びるしかないのだから。