8 / 26
Ep.2-3
しおりを挟む
長い階段をのぼり、王宮のホールに入った瞬間、ヴィヴィアンはいっせいに冷たい視線を浴びた。
両側に向かい合うように並んでいる美女たち。5人の側妃たちだ。
「第一側妃 オルラン侯爵家のデリカでございます」
「第二側妃 シシハ侯爵家ミアでございます」
「第三側妃 マカデル伯爵家アーシャでございます」
「第四側妃 ノデル伯爵家ユリアでございます」
「第五側妃 ロン男爵家スーザンでございます」
波が引くように次々と挨拶を述べる側妃たちの目に、歓迎の色はいっさいない。
侍従や侍女たちもどこかつんとしていて、正妃となるはずのヴィヴィアンを敬う気持ちも、情けをかける気持ちも、全くなかった。
まるで氷の城だわ。
実家から召使いを連れてくることも許されなかったヴィヴィアンにとって、冷たく孤独な戦いが始まっていた。
「ゴールダー家の持参金はいくらだ」
ビロードの玉座に堂々と座しているジェハスが初老のケルー宰相に問うた。
「1兆リルでございます」
「ふん。もっと搾り取ればよかったな」
1兆リルといえば、国家予算の1年分に相当するほどの額であるが、ジェハスはこともなげに言いのけた。
「軍事費の補填に使え。残りは、バカな農民どもが起こしているデモの沈静化と、周辺国への賄賂に使え」
「仰せのとおりに」
ケルー宰相が深々と首を垂れた。
ジェハス王陛下の目的は明白だ。
ヴィヴィアンは王妃であってもお飾りであり、ゴールダー家の財産を手に入れるための駒に過ぎなかったのだ。
軍事パレードのような盛大な結婚式の後、敵地に一人で乗り込んだような心細さを抱えたまま、ヴィヴィアンは初夜を迎えなければならなかった。
寝室で幾重もの薄いレースに囲われた豪華なベッドに、侍女たちに肌を磨かれたヴィヴィアンが横たわって待っていた。
まもなく、浅黒い肌に薄着のジェハスが入室してきた。
しかし、彼はベッドを見下ろしたまま、中に入ろうとしない。
「魔女らしい血のように赤い髪だな」
「……ッ」
レース越しに聞こえるジェハスの威圧感のある声に、ヴィヴィアンは圧倒され返答もできなかった。
「やる気が失せた。帰る」
そう言い捨てると、ジェハスはきびすを返し、早々と部屋を出ていった。
ひどい侮辱だった。
「あの魔女、初夜でとんだ失態をしたそうよ」
ヴィヴィアンのせいではないのに、悪意のある噂は王宮中を瞬く間にかけめぐった。
側妃たちは心の中どころか、表立ってヴィヴィアンを嘲笑した。
廊下を歩けば、あちこちからくすくす笑い声が聞こえてきた。初夜を全うしない限り、王妃として正式に認められないのも同然だった。
どうしてこんな扱いを受けなければならないの?
耐え難かった。
悔し涙が頬を伝った。
こんな孤独な氷の城で、私はいつまで耐えられるの?
だが、側妃の中で、ヴィヴィアンを笑わないものがいた。
第五側妃スーザンである。16歳のスーザンは側妃の中で一番若いものの、王国一の美貌と称され、男爵家でありながら特別に召し上げられたのだった。
ヴィヴァン王妃様、お気の毒に……
祖国に帰りたいでしょうに。
肩身が狭そうに廊下を歩くヴィヴィアンをスーザンは暗い目で密かに見送っていた。
私も本当は帰りたい。
こんな王宮から逃げて、グラント様と一緒になりたい──!
スーザンには相思相愛の婚約者がいた。
だが、美貌を見そめたジェハスに無理やり引き裂かれたのだ。
彼女の存在が、ヴィヴィアンにとって、のちにバーネ王国を崩壊させる最初の蟻の一穴となる。
両側に向かい合うように並んでいる美女たち。5人の側妃たちだ。
「第一側妃 オルラン侯爵家のデリカでございます」
「第二側妃 シシハ侯爵家ミアでございます」
「第三側妃 マカデル伯爵家アーシャでございます」
「第四側妃 ノデル伯爵家ユリアでございます」
「第五側妃 ロン男爵家スーザンでございます」
波が引くように次々と挨拶を述べる側妃たちの目に、歓迎の色はいっさいない。
侍従や侍女たちもどこかつんとしていて、正妃となるはずのヴィヴィアンを敬う気持ちも、情けをかける気持ちも、全くなかった。
まるで氷の城だわ。
実家から召使いを連れてくることも許されなかったヴィヴィアンにとって、冷たく孤独な戦いが始まっていた。
「ゴールダー家の持参金はいくらだ」
ビロードの玉座に堂々と座しているジェハスが初老のケルー宰相に問うた。
「1兆リルでございます」
「ふん。もっと搾り取ればよかったな」
1兆リルといえば、国家予算の1年分に相当するほどの額であるが、ジェハスはこともなげに言いのけた。
「軍事費の補填に使え。残りは、バカな農民どもが起こしているデモの沈静化と、周辺国への賄賂に使え」
「仰せのとおりに」
ケルー宰相が深々と首を垂れた。
ジェハス王陛下の目的は明白だ。
ヴィヴィアンは王妃であってもお飾りであり、ゴールダー家の財産を手に入れるための駒に過ぎなかったのだ。
軍事パレードのような盛大な結婚式の後、敵地に一人で乗り込んだような心細さを抱えたまま、ヴィヴィアンは初夜を迎えなければならなかった。
寝室で幾重もの薄いレースに囲われた豪華なベッドに、侍女たちに肌を磨かれたヴィヴィアンが横たわって待っていた。
まもなく、浅黒い肌に薄着のジェハスが入室してきた。
しかし、彼はベッドを見下ろしたまま、中に入ろうとしない。
「魔女らしい血のように赤い髪だな」
「……ッ」
レース越しに聞こえるジェハスの威圧感のある声に、ヴィヴィアンは圧倒され返答もできなかった。
「やる気が失せた。帰る」
そう言い捨てると、ジェハスはきびすを返し、早々と部屋を出ていった。
ひどい侮辱だった。
「あの魔女、初夜でとんだ失態をしたそうよ」
ヴィヴィアンのせいではないのに、悪意のある噂は王宮中を瞬く間にかけめぐった。
側妃たちは心の中どころか、表立ってヴィヴィアンを嘲笑した。
廊下を歩けば、あちこちからくすくす笑い声が聞こえてきた。初夜を全うしない限り、王妃として正式に認められないのも同然だった。
どうしてこんな扱いを受けなければならないの?
耐え難かった。
悔し涙が頬を伝った。
こんな孤独な氷の城で、私はいつまで耐えられるの?
だが、側妃の中で、ヴィヴィアンを笑わないものがいた。
第五側妃スーザンである。16歳のスーザンは側妃の中で一番若いものの、王国一の美貌と称され、男爵家でありながら特別に召し上げられたのだった。
ヴィヴァン王妃様、お気の毒に……
祖国に帰りたいでしょうに。
肩身が狭そうに廊下を歩くヴィヴィアンをスーザンは暗い目で密かに見送っていた。
私も本当は帰りたい。
こんな王宮から逃げて、グラント様と一緒になりたい──!
スーザンには相思相愛の婚約者がいた。
だが、美貌を見そめたジェハスに無理やり引き裂かれたのだ。
彼女の存在が、ヴィヴィアンにとって、のちにバーネ王国を崩壊させる最初の蟻の一穴となる。
395
あなたにおすすめの小説
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
忖度令嬢、忖度やめて最強になる
ハートリオ
恋愛
エクアは13才の伯爵令嬢。
5才年上の婚約者アーテル侯爵令息とは上手くいっていない。
週末のお茶会を頑張ろうとは思うもののアーテルの態度はいつも上の空。
そんなある週末、エクアは自分が裏切られていることを知り――
忖度ばかりして来たエクアは忖度をやめ、思いをぶちまける。
そんなエクアをキラキラした瞳で見る人がいた。
中世風異世界でのお話です。
2話ずつ投稿していきたいですが途切れたらネット環境まごついていると思ってください。
愚か者が自滅するのを、近くで見ていただけですから
越智屋ノマ
恋愛
宮中舞踏会の最中、侯爵令嬢ルクレツィアは王太子グレゴリオから一方的に婚約破棄を宣告される。新たな婚約者は、平民出身で才女と名高い女官ピア・スミス。
新たな時代の象徴を気取る王太子夫妻の華やかな振る舞いは、やがて国中の不満を集め、王家は静かに綻び始めていく。
一方、表舞台から退いたはずのルクレツィアは、親友である王女アリアンヌと再会する。――崩れゆく王家を前に、それぞれの役割を選び取った『親友』たちの結末は?
お望み通り、別れて差し上げます!
珊瑚
恋愛
「幼なじみと子供が出来たから別れてくれ。」
本当の理解者は幼なじみだったのだと婚約者のリオルから突然婚約破棄を突きつけられたフェリア。彼は自分の家からの支援が無くなれば困るに違いないと思っているようだが……?
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる