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Ep.2-3
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長い階段をのぼり、王宮のホールに入った瞬間、ヴィヴィアンはいっせいに冷たい視線を浴びた。
両側に向かい合うように並んでいる美女たち。5人の側妃たちだ。
「第一側妃 オルラン侯爵家のデリカでございます」
「第二側妃 シシハ侯爵家ミアでございます」
「第三側妃 マカデル伯爵家アーシャでございます」
「第四側妃 ノデル伯爵家ユリアでございます」
「第五側妃 ロン男爵家スーザンでございます」
波が引くように次々と挨拶を述べる側妃たちの目に、歓迎の色はいっさいない。
侍従や侍女たちもどこかつんとしていて、正妃となるはずのヴィヴィアンを敬う気持ちも、情けをかける気持ちも、全くなかった。
まるで氷の城だわ。
実家から召使いを連れてくることも許されなかったヴィヴィアンにとって、冷たく孤独な戦いが始まっていた。
「ゴールダー家の持参金はいくらだ」
ビロードの玉座に堂々と座しているジェハスが初老のケルー宰相に問うた。
「1兆リルでございます」
「ふん。もっと搾り取ればよかったな」
1兆リルといえば、国家予算の1年分に相当するほどの額であるが、ジェハスはこともなげに言いのけた。
「軍事費の補填に使え。残りは、バカな農民どもが起こしているデモの沈静化と、周辺国への賄賂に使え」
「仰せのとおりに」
ケルー宰相が深々と首を垂れた。
ジェハス王陛下の目的は明白だ。
ヴィヴィアンは王妃であってもお飾りであり、ゴールダー家の財産を手に入れるための駒に過ぎなかったのだ。
軍事パレードのような盛大な結婚式の後、敵地に一人で乗り込んだような心細さを抱えたまま、ヴィヴィアンは初夜を迎えなければならなかった。
寝室で幾重もの薄いレースに囲われた豪華なベッドに、侍女たちに肌を磨かれたヴィヴィアンが横たわって待っていた。
まもなく、浅黒い肌に薄着のジェハスが入室してきた。
しかし、彼はベッドを見下ろしたまま、中に入ろうとしない。
「魔女らしい血のように赤い髪だな」
「……ッ」
レース越しに聞こえるジェハスの威圧感のある声に、ヴィヴィアンは圧倒され返答もできなかった。
「やる気が失せた。帰る」
そう言い捨てると、ジェハスはきびすを返し、早々と部屋を出ていった。
ひどい侮辱だった。
「あの魔女、初夜でとんだ失態をしたそうよ」
ヴィヴィアンのせいではないのに、悪意のある噂は王宮中を瞬く間にかけめぐった。
側妃たちは心の中どころか、表立ってヴィヴィアンを嘲笑した。
廊下を歩けば、あちこちからくすくす笑い声が聞こえてきた。初夜を全うしない限り、王妃として正式に認められないのも同然だった。
どうしてこんな扱いを受けなければならないの?
耐え難かった。
悔し涙が頬を伝った。
こんな孤独な氷の城で、私はいつまで耐えられるの?
だが、側妃の中で、ヴィヴィアンを笑わないものがいた。
第五側妃スーザンである。16歳のスーザンは側妃の中で一番若いものの、王国一の美貌と称され、男爵家でありながら特別に召し上げられたのだった。
ヴィヴァン王妃様、お気の毒に……
祖国に帰りたいでしょうに。
肩身が狭そうに廊下を歩くヴィヴィアンをスーザンは暗い目で密かに見送っていた。
私も本当は帰りたい。
こんな王宮から逃げて、グラント様と一緒になりたい──!
スーザンには相思相愛の婚約者がいた。
だが、美貌を見そめたジェハスに無理やり引き裂かれたのだ。
彼女の存在が、ヴィヴィアンにとって、のちにバーネ王国を崩壊させる最初の蟻の一穴となる。
両側に向かい合うように並んでいる美女たち。5人の側妃たちだ。
「第一側妃 オルラン侯爵家のデリカでございます」
「第二側妃 シシハ侯爵家ミアでございます」
「第三側妃 マカデル伯爵家アーシャでございます」
「第四側妃 ノデル伯爵家ユリアでございます」
「第五側妃 ロン男爵家スーザンでございます」
波が引くように次々と挨拶を述べる側妃たちの目に、歓迎の色はいっさいない。
侍従や侍女たちもどこかつんとしていて、正妃となるはずのヴィヴィアンを敬う気持ちも、情けをかける気持ちも、全くなかった。
まるで氷の城だわ。
実家から召使いを連れてくることも許されなかったヴィヴィアンにとって、冷たく孤独な戦いが始まっていた。
「ゴールダー家の持参金はいくらだ」
ビロードの玉座に堂々と座しているジェハスが初老のケルー宰相に問うた。
「1兆リルでございます」
「ふん。もっと搾り取ればよかったな」
1兆リルといえば、国家予算の1年分に相当するほどの額であるが、ジェハスはこともなげに言いのけた。
「軍事費の補填に使え。残りは、バカな農民どもが起こしているデモの沈静化と、周辺国への賄賂に使え」
「仰せのとおりに」
ケルー宰相が深々と首を垂れた。
ジェハス王陛下の目的は明白だ。
ヴィヴィアンは王妃であってもお飾りであり、ゴールダー家の財産を手に入れるための駒に過ぎなかったのだ。
軍事パレードのような盛大な結婚式の後、敵地に一人で乗り込んだような心細さを抱えたまま、ヴィヴィアンは初夜を迎えなければならなかった。
寝室で幾重もの薄いレースに囲われた豪華なベッドに、侍女たちに肌を磨かれたヴィヴィアンが横たわって待っていた。
まもなく、浅黒い肌に薄着のジェハスが入室してきた。
しかし、彼はベッドを見下ろしたまま、中に入ろうとしない。
「魔女らしい血のように赤い髪だな」
「……ッ」
レース越しに聞こえるジェハスの威圧感のある声に、ヴィヴィアンは圧倒され返答もできなかった。
「やる気が失せた。帰る」
そう言い捨てると、ジェハスはきびすを返し、早々と部屋を出ていった。
ひどい侮辱だった。
「あの魔女、初夜でとんだ失態をしたそうよ」
ヴィヴィアンのせいではないのに、悪意のある噂は王宮中を瞬く間にかけめぐった。
側妃たちは心の中どころか、表立ってヴィヴィアンを嘲笑した。
廊下を歩けば、あちこちからくすくす笑い声が聞こえてきた。初夜を全うしない限り、王妃として正式に認められないのも同然だった。
どうしてこんな扱いを受けなければならないの?
耐え難かった。
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