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Ep.2-13
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地下の暗く湿気に満ちた拷問部屋で、アレクが椅子に縛られぐったりしている。
体中が血で滲み、暴行の跡が痛々しい。
「魔女の味は格別だったぞ」
アレクを見下ろしながら、ジェハスが言う。
「ぐあああ!!!」
ガタガタと椅子を揺らし、怒りを爆発させるアレク。
さるぐつわをされ、しゃべることもできない。
「お前はここで人生を終えろ」
そう言い捨てゆうゆうと去っていくジェハスをアレクはただ見送るしかなかった。
ごめん──
ごめん、ヴィヴィアン!
僕が無力なばかりに──
アレクは悔し涙を流しながら、懺悔し続けた。
翌日、ジェハスはまたヴィヴィアンの寝室を訪れていた。
横たわるヴィヴィアンの髪を優しくなで、キスをする。
ヴィヴィアンは感情のない目で宙をみている。ジェハスと視線もあわせず、話しかけても返事もしなかったが、それでもジェハスはもうヴィヴィアンの虜になっていた。
一方、隣の部屋のクローゼットの中で息を潜める女がいた。
ヴィヴィアンだ。
昨日、とっさに身代わり人形の魔法をかけたのだ。
「魔法のおかげで助かったけど、腕輪に完全に魔力を吸い取られたら、術が解けてしまう」
魔力は刻一刻と弱まっており、身代わり人形が消えてしまうまで、時間がなかった。
さらに悪いことに、魔女の味を覚えたジェハスは、ヴィヴィアンの虜になっていた。
まだ廃妃のままだったが、ヴィヴィアンを王妃の間で暮らさせ、頻繁に会いにいった。
厳格なしきたりのあるバーネ王国では異例のことだったが、強権のジェハスに物申せる人物はいなかった。
デリカやミヤがご機嫌伺いにジェハスの元を訪ねても、ろくに会話もせずすぐに帰させ、「ヴィヴィアンを呼べ」と侍従に命令した。
「いったいどういうことですの!?」
「あんなに冷遇していたのに」
ジェハスの豹変ぶりに憤慨するも、ヴィヴィアンの美貌を目にしたふたりにはぐうの音も出なかった。
ある昼下がり、心配したアーシャがヴィヴィアンを見舞いに訪れた。
「ヴィヴィアン様!」
「アーシャ──!」
アーシャはヴィヴィアンを抱き止め、彼女をなぐさめた。
本来はこんなにもお美しかったのね。
ヴィヴィアンの素顔を初めて知ったアーシャも驚きを隠せなかった。
陛下が離さないのもうなずけるほどに……
「アーシャ、実はまだ貞操を守れているの。身代わりの魔法で、私そっくりの人形をジェハスは私だと思いこんでいるわ」
「そうなんですのね!ほっとしましたわ。魔力を封じる腕輪をつけられたと聞いて心配していましたの」
ヴィヴィアンはアーシャにあるお願いをした。
「スーザンとロン男爵に今の状況を知らせてくれる?何かいい知恵を授けてくれるかもしれない。アレクを助けて欲しいって」
「承知しました」
アーシャは囚われのヴィヴィアンをどうにかして助けたいと願った。
アーシャは実家から連れて来た口の固い侍従に密書を持たせ、スーザンの館に届けさせた。
密書を読んだスーザンとロン男爵は愕然とした。
恋人のアレクは拷問部屋に連行され、ヴィヴィアンはジェハスの愛妃にされているという。
「なんと残酷な。アレク殿は素晴らしい青年だったのに」
「ヴィヴィアン様を魔法が解けるまでの間にお助けしなければ……!」
かつて地獄から救ってくれた恩人が、今度はその地獄に落とされそうになっているなんて。
神はなぜ、こんな過酷な運命を次々と科すのか。
「お父様、おふたりを助ける方法はないでしょうか?」
「うむ」
まず、人質となっているアレクを脱獄させるため、秘密裏に計画を練ることになった。
ロン男爵は思案したあと、決意したように考えを伝えた。
「うっぷんが溜まっている農民たちに大規模なデモを起こしてもらおう。王立軍がデモの鎮静にやってくるはずだ。彼らがデモに気を取られている隙に、アレク殿を救出する。手伝ってくれるね?」
ロン男爵は同じテーブルに座っているグリーンの瞳の清廉な若者に同意を求めた。
「もちろんです」
応じたのは娘の恋人グラントだ。
辺境警備を任される軍事に秀でた家門、ウッド辺境伯家の令息である。
「農民たちの保護は任せてください。騎士たちに変装させて一緒にデモに参加させましょう。救出部隊を結成し、王都に侵入したら、まずアレク殿を救出します」
最愛の人をジェハスから救ってくれた恩人に今こそ恩返しをしようと、グラントは燃え立つような思いで作戦に参加した。
グラントは将来の一個師団長を期待される優秀な騎士だ。剣術に優れ、清くて実直なグラントは部下の騎士たちに大いに慕われていた。
相思相愛で皆に祝福されていたグラントとスーザンがジェハスによって無理やり婚約破棄させられた時には、反乱が起こるのではないかというほど、騎士たちはいきりたった。
「命令をきかないのなら、ウッド辺境伯家の領地に大砲を撃ちこむ」
そうジェハスに恐喝され、領民を守る責務を負うウッド辺境伯家は涙をのんで婚約破棄を受け入れた。
スーザンを連れて駆け落ちすればよかったのだろうか。
側妃でありながらスーザンがジェハスの愛妃となったという噂を聞き、いつもは快活なグラントが肩を落とし泣く姿は、騎士たちの同情をさそった。
そういういきさつから、ウッド辺境伯家ならびに騎士たちのジェハスへの恨みは相当深いものがあった。
「いつかジェハスを転覆させてやる」
誰もがそう思っていた。
体中が血で滲み、暴行の跡が痛々しい。
「魔女の味は格別だったぞ」
アレクを見下ろしながら、ジェハスが言う。
「ぐあああ!!!」
ガタガタと椅子を揺らし、怒りを爆発させるアレク。
さるぐつわをされ、しゃべることもできない。
「お前はここで人生を終えろ」
そう言い捨てゆうゆうと去っていくジェハスをアレクはただ見送るしかなかった。
ごめん──
ごめん、ヴィヴィアン!
僕が無力なばかりに──
アレクは悔し涙を流しながら、懺悔し続けた。
翌日、ジェハスはまたヴィヴィアンの寝室を訪れていた。
横たわるヴィヴィアンの髪を優しくなで、キスをする。
ヴィヴィアンは感情のない目で宙をみている。ジェハスと視線もあわせず、話しかけても返事もしなかったが、それでもジェハスはもうヴィヴィアンの虜になっていた。
一方、隣の部屋のクローゼットの中で息を潜める女がいた。
ヴィヴィアンだ。
昨日、とっさに身代わり人形の魔法をかけたのだ。
「魔法のおかげで助かったけど、腕輪に完全に魔力を吸い取られたら、術が解けてしまう」
魔力は刻一刻と弱まっており、身代わり人形が消えてしまうまで、時間がなかった。
さらに悪いことに、魔女の味を覚えたジェハスは、ヴィヴィアンの虜になっていた。
まだ廃妃のままだったが、ヴィヴィアンを王妃の間で暮らさせ、頻繁に会いにいった。
厳格なしきたりのあるバーネ王国では異例のことだったが、強権のジェハスに物申せる人物はいなかった。
デリカやミヤがご機嫌伺いにジェハスの元を訪ねても、ろくに会話もせずすぐに帰させ、「ヴィヴィアンを呼べ」と侍従に命令した。
「いったいどういうことですの!?」
「あんなに冷遇していたのに」
ジェハスの豹変ぶりに憤慨するも、ヴィヴィアンの美貌を目にしたふたりにはぐうの音も出なかった。
ある昼下がり、心配したアーシャがヴィヴィアンを見舞いに訪れた。
「ヴィヴィアン様!」
「アーシャ──!」
アーシャはヴィヴィアンを抱き止め、彼女をなぐさめた。
本来はこんなにもお美しかったのね。
ヴィヴィアンの素顔を初めて知ったアーシャも驚きを隠せなかった。
陛下が離さないのもうなずけるほどに……
「アーシャ、実はまだ貞操を守れているの。身代わりの魔法で、私そっくりの人形をジェハスは私だと思いこんでいるわ」
「そうなんですのね!ほっとしましたわ。魔力を封じる腕輪をつけられたと聞いて心配していましたの」
ヴィヴィアンはアーシャにあるお願いをした。
「スーザンとロン男爵に今の状況を知らせてくれる?何かいい知恵を授けてくれるかもしれない。アレクを助けて欲しいって」
「承知しました」
アーシャは囚われのヴィヴィアンをどうにかして助けたいと願った。
アーシャは実家から連れて来た口の固い侍従に密書を持たせ、スーザンの館に届けさせた。
密書を読んだスーザンとロン男爵は愕然とした。
恋人のアレクは拷問部屋に連行され、ヴィヴィアンはジェハスの愛妃にされているという。
「なんと残酷な。アレク殿は素晴らしい青年だったのに」
「ヴィヴィアン様を魔法が解けるまでの間にお助けしなければ……!」
かつて地獄から救ってくれた恩人が、今度はその地獄に落とされそうになっているなんて。
神はなぜ、こんな過酷な運命を次々と科すのか。
「お父様、おふたりを助ける方法はないでしょうか?」
「うむ」
まず、人質となっているアレクを脱獄させるため、秘密裏に計画を練ることになった。
ロン男爵は思案したあと、決意したように考えを伝えた。
「うっぷんが溜まっている農民たちに大規模なデモを起こしてもらおう。王立軍がデモの鎮静にやってくるはずだ。彼らがデモに気を取られている隙に、アレク殿を救出する。手伝ってくれるね?」
ロン男爵は同じテーブルに座っているグリーンの瞳の清廉な若者に同意を求めた。
「もちろんです」
応じたのは娘の恋人グラントだ。
辺境警備を任される軍事に秀でた家門、ウッド辺境伯家の令息である。
「農民たちの保護は任せてください。騎士たちに変装させて一緒にデモに参加させましょう。救出部隊を結成し、王都に侵入したら、まずアレク殿を救出します」
最愛の人をジェハスから救ってくれた恩人に今こそ恩返しをしようと、グラントは燃え立つような思いで作戦に参加した。
グラントは将来の一個師団長を期待される優秀な騎士だ。剣術に優れ、清くて実直なグラントは部下の騎士たちに大いに慕われていた。
相思相愛で皆に祝福されていたグラントとスーザンがジェハスによって無理やり婚約破棄させられた時には、反乱が起こるのではないかというほど、騎士たちはいきりたった。
「命令をきかないのなら、ウッド辺境伯家の領地に大砲を撃ちこむ」
そうジェハスに恐喝され、領民を守る責務を負うウッド辺境伯家は涙をのんで婚約破棄を受け入れた。
スーザンを連れて駆け落ちすればよかったのだろうか。
側妃でありながらスーザンがジェハスの愛妃となったという噂を聞き、いつもは快活なグラントが肩を落とし泣く姿は、騎士たちの同情をさそった。
そういういきさつから、ウッド辺境伯家ならびに騎士たちのジェハスへの恨みは相当深いものがあった。
「いつかジェハスを転覆させてやる」
誰もがそう思っていた。
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