辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

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第22話『名を背負う儀式、薬庵に吹く逆風』

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王都の中央区――庶民にも開かれた広場「大審議の壇」では、年に一度、貴族と庶民の代表を集めた式典が執り行われる。
それは、表向きには「連帯の証」とされていたが、実情は――貴族の名誉を庶民に分け与える、名ばかりの儀式に過ぎなかった。

 

だが今年は違った。
庶民の代表として“名を継ぐ者”が登壇する。しかも、その名は――リュシエン・グランディール。
その名の重みが、壇上の空気を変えていた。

 

一礼して壇に上がった少女、カイリは、辺境薬師リーナの処方によって記憶と想いを継ぎ、すでに“名を語る者”としての気配を纏っていた。

 

観衆はその姿にざわめき、貴族席の中には明らかに面白くない顔を見せる者もいる。
特に中央右手に座した壮年の男、ラヴァン公爵は、椅子の肘掛けを握り締めていた。

 

「……まさか、本当に名を継がせるとは。薬師め、越権だぞ」

 

彼のつぶやきに、隣の貴族が耳打ちする。

 

「庶民に“名”を継がせる処方など、王法にも前例はございません」

 

「であれば――廃させればよい」

 

その言葉は、ただの感情的反発ではない。
“辺境薬師”という存在そのものを排除し、再び貴族の支配に戻そうとする企図だった。

 

壇上でカイリは、ひとつ深呼吸をしたあと、はっきりとした声で言った。

 

「わたし、カイリ・ノースブロックは、
リュシエン・グランディールの名と願いを、
心に、魂に、継承します」

 

その宣言は、花火のように王都全域へと響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

一方そのころ。
王都の外れ、薬庵ではリーナが封書を開いていた。

 

それは――王政からの正式な通達だった。

 

『辺境薬師リーナ・ルミナス殿。
貴殿の近年の処方活動における制度的逸脱が認められた。
ついては、近日中に王都にて開催される“術式倫理会議”にて、
正規処方師の認定を再審査する』

 

「……来たわね。
想っていたより、随分早いお返事」

 

封書を持つ指先に力がこもる。
その背後から、助手の少年ノアが不安げに声をかけた。

 

「先生、それって……庵を閉めろって意味ですか?」

 

「まだ決まったわけじゃないけど。
でも――彼らの意図は明らかね。
“庶民に名を渡す”なんて、彼らからすれば冒涜でしょうし」

 

「僕は、リーナ先生の処方が正しいって思います。
だって……カイリさんの目、あんなに輝いてました。
あれが“間違い”なんて、おかしいですよ」

 

リーナは静かに微笑んだ。
その笑みに、疲労と決意が滲んでいた。

 

「……ありがとう。
でも、これからは“覚悟”が必要になるわ。
薬庵が王都に呼ばれたということは――
彼らは、名だけじゃなく、“処方そのもの”を管理したいのよ」

 

それはつまり、“心の自由”の管理だった。
リーナの処方は、薬効だけではなく、心と記憶に作用する。
それを彼らは恐れた。
そして――取り込みたいと考えている。

 

 

◆ ◆ ◆

 

数日後、リーナは王都へと向かう準備を整えていた。
旅装を整えた彼女の腰には、幾つもの薬瓶と処方書が括りつけられている。

 

庵の門に立ったカイリが、最後の見送りに来ていた。

 

「……あのときの香り、今でも胸に残ってます。
あれが“名を継ぐ”ってことなんだって、
わたし、少しずつ分かってきました」

 

リーナは彼女の髪に触れ、小さく頷いた。

 

「その気持ちを忘れずに。
わたしが王都に行くのは、“処方を護る”ため。
あなたたちが、名を持ち続けられるように――
心を名乗れる未来のために、ね」

 

カイリの目が潤んだ。

 

「先生、どうか、無事で……」

 

リーナは笑った。
それは、嵐を前にした薬師の、穏やかで揺るぎない微笑みだった。

 

「庶民薬師、リーナ・ルミナス。
わたしの処方は、名の重さに抗って咲くものよ。
誰にも、それは奪わせないわ」

 

馬車が動き出す。
王都への道――そこには、嵐と審判と、そして希望が待ち受けていた。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

あとがき
第22話、お読みいただきありがとうございます。
今回は、カイリの登壇によって“名を継ぐ処方”が公に知られ、
その影響が薬庵に及ぶ展開となりました。

リーナは王都に呼ばれ、“処方の倫理”そのものを問われる立場へ。
次回は、術式倫理会議と称された“公開査問”にて、
彼女の薬師としての信念が試される場面を描きます。

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