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第23話『審問の壇、薬師リーナと処方の矜持』
しおりを挟む王都ルヴェリアの中央司法塔――
その最上階に設けられた「術式倫理会議の壇」は、眩暈がするほど高い場所にあった。
外を見下ろせば、王都の全景が手に取るように見渡せる。
その広大さに、かつて辺境の少女だった頃のリーナならば気圧されていたかもしれない。
だが今は違った。
彼女は王宮から派遣された案内人に連れられ、静かに歩を進める。
その後ろ姿に揺れるのは、深い青緋の調薬外套――
庶民の薬師でありながら、いまや“名の処方者”として王家にも一目置かれる彼女の象徴だった。
けれどこの場に集まった者たちは、
その象徴を“評価”するために呼ばれたのではない。
“断罪”するために呼んだのだ。
◆ ◆ ◆
円形の審問壇には、王家の高官、五大公爵家の代理人、王都神殿の聖職者、魔法院の長老たち――
合計二十五名の“監察員”が並んでいた。
壇の中央には小さな演台が据えられ、そこがリーナの立つ場所だった。
「辺境薬師、リーナ・ルミナス。
本会議は貴女の“調薬ならびに精神処方活動”が、王国律に照らして正当かどうかを審査する場です」
そう告げたのは審問長を務めるラダム公爵だった。
白髪に威厳ある顔立ち、しかしその目には底冷えするような計算高さがあった。
「……心得ております」
リーナは僅かに頭を下げた。
審問は淡々とした口調で進む。
「まず確認する。
貴女はこれまでに、庶民三百十六名、貴族八十二名、王宮関係者十二名に対し、
“名の調律処方”を行った記録がある。間違いないか?」
「間違いありません。
ただし、いずれも依頼に基づくものであり、強制や詐術は一切ありません」
公爵は目を細める。
「“依頼”と称するが、貴女の処方には“名と精神を直接繋ぐ効能”があると報告を受けている。
これは場合によっては、依頼者の意思を過度に誘導する危険がある――
そうは思わないのか?」
「名とは心を支える礎です。
礎を一度失いかけた者に、再び名前を届ける。
それが私の処方です。
意思を誘導するのではなく、選び直させるための手助けです」
ラダムは唇の端をわずかに歪めた。
「美しい理屈だ。
だが、選び直した先で、別の名を拒んだ者はいなかったのか?」
「……いました」
場に小さなどよめきが走る。
「ですが、その方には別の処方――
“名を持たぬままでいる選択”を与えました。
名が枷であるなら、外すのも薬師の務めです」
ラダムはしばらく黙し、傍らの書記官に何事かを指示した。
数秒後、壇の向こう側から数人の従者が入ってきた。
中央に連れてこられたのは――
王都で顔なじみの孤児院の少年、ティアスだった。
「これは……」
リーナの胸が冷たくなる。
ラダムは芝居がかった溜息をつく。
「この少年は貴女の処方によって、一度“家族の名”を取り戻した。
だが、処方後に養家から追い出され、また庵へ戻ろうとしたというな?」
リーナはティアスを見つめた。
その瞳は怯えながらも、彼女を求めていた。
「――私が処方を誤ったのではありません。
彼に名を与えた家族が、名を受け止めきれなかったのです。
家族とは、一方的に呼ぶだけではなく、互いに呼び合うものですから」
「言い訳だな」
ラダムが冷たく切り捨てる。
「庶民は名を持つには浅薄だと、私は思っている。
処方などという人為で心に偽りの名を植えつければ、いずれまた壊れる」
「それを決めるのは……名を求めるその人自身です!」
リーナの声が、壇の上に高く響いた。
「私がしているのは、名を強制することではない。
誰かに“あなたは誰ですか?”と問われたとき、
自分の口で答えられるようにするための処方です!」
彼女の声には、王都の風すら揺れるような力があった。
◆ ◆ ◆
しばらく沈黙が続いた。
それを破ったのは、意外にも神殿側の長老だった。
「……リーナ殿。
貴女の処方は、確かに名を再生させる奇跡だ。
だが一方で、我々聖職者にとって名とは“神の領域”に最も近いもの。
貴女の処方は、それを侵犯しているのではないか?」
リーナはゆっくりと視線を向けた。
「神は、人の心に名を刻むものです。
けれど私たちはその名を、自分で名乗り、呼び合って確かめる。
それが“生きる”ということでしょう?」
長老は目を細め、小さく頷く。
「……その通りだ。
だからこそ、神殿は貴女の行いを完全に否定はしない」
ラダム公爵が苛立たしげに顔をそむける。
「まさか神殿までが……。
――では魔法院はどうだ?」
魔法院の長老は、細い眼鏡越しにリーナを見た。
「我々は理を司る。
理から見れば、貴女の処方は確かに新しい“術式”だ。
だが術は常に制御の範囲に置かれねばならない。
処方書と調薬記録を全て魔法院に提出するならば――
我々は貴女の術を保護しよう」
リーナは静かに微笑んだ。
「それは保護ではなく、支配です。
私は、薬師です。
人の心に寄り添うための処方を、机上の式に閉じ込める気はありません」
壇上に冷たい風が吹き抜けた。
ラダムが立ち上がり、両手を広げる。
「ならば、この場で決を採ろう!
辺境薬師リーナ・ルミナス、その処方は国法に照らし合わせ――
果たして許されるのか否か!」
◆ ◆ ◆
やがて票が集まった。
魔法院の長老は反対。
ラダム公爵と貴族院の数名も反対。
だが――神殿側、王妃側の使節、庶民議会代表は賛成に回った。
結果は――
「十二対十三。
僅差ではあるが……リーナ・ルミナス殿の処方は、
この場において違法ではないと認める」
壇上の静寂が破れ、わずかな安堵が広がった。
リーナは小さく息を吐く。
「……ありがとうございます」
しかしラダムは目を細め、低く呟いた。
「だが薬師よ。
これは終わりではない。
いずれ、その処方が大きすぎる波を生む。
そのとき、貴女は再びこの壇に立つだろう」
リーナはその目を真っ直ぐに見返した。
「いいえ。
そのときは――壇などなくても、私は人の名を守る薬を作ります」
その言葉に、微かなざわめきが広がった。
薬師の矜持は、冷たい王都の審問の壇の上で、確かに生きていた。
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