4 / 102
第4話:隣のベランダの手
しおりを挟む夏の終わり、蒸し返すような熱気が夜の町を包んでいた。
その夜、私はアパートの一室で、ひとりで過ごしていた。
築年数はそれなりだが、窓からは街路樹が見え、風通しも悪くない。二階の角部屋で、隣とはベランダが仕切り板一枚で隔てられている。
ふと目が覚めたのは、深夜二時過ぎだった。
喉が渇き、台所へと立った私は、何気なくベランダの方に目をやった。
月明かりが薄く射し込む窓。
そして、そのすぐ外――“隣のベランダ”との境目に、手が見えた。
白く細い、右手だった。
指は五本、静かにぶら下がっている。まるで、誰かがベランダの手すりに寄りかかっているように見えた。
……おかしい。
この時間に、隣人がこんなところで何をしている?
私はガラス越しにそっと覗いた。
だが、見えたのは手だけだった。
腕も、体も、影すらない。
仕切り板の上に、まるで“生えた”ように、白い手が一つ、置かれていた。
私は凍りついた。
何か言おうとしたが、声が出なかった。
その手が、ゆっくりと動いたのだ。
指が、少しずつ開いていく。
何かを掴もうとするように――いや、“こちらを指さしている”ようにも見えた。
その瞬間、私は背筋をゾワリと震わせて、思わず部屋の明かりを点けた。
光に満ちた部屋の中、窓の外は真っ暗になった。
あの手は、もういなかった。
だが翌朝、私は思い出した。
隣の部屋は、二週間ほど前に退去していたはずだ。
不動産会社の張り紙も、まだドアに貼られていたはずだ。
確かめに行った私は、隣室の前で立ち止まった。
ドアには「入居者募集中」と書かれた紙があり、郵便受けにはチラシが詰まっていた。
だが、私は決して覗かなかった。
ベランダを確認しようとは思わなかった。
なぜなら、私の部屋の窓ガラスには、内側から、手形が一つだけ――はっきりと残っていたからだ。
それは、白くて、指の長い、右手の跡だった。
洗っても消えない。
水をかけても、ガラス用洗剤をかけても、何も変わらなかった。
翌日の夜も、その手形は同じ位置に浮かんでいた。
あの手が“こちらを見ていた”のではなく、
私の部屋の中に、“入ろうとしていた”のだと気づいたのは、
数日後、仕事から戻ったとき。
窓の鍵が、開いていた。
私は一度も、それを開けた覚えがない。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第4話『隣のベランダの手』、ご覧いただきありがとうございます。
“あるはずのない場所にあるもの”という恐怖をテーマに、
一見ありがちなシチュエーションから、静かに忍び寄る恐怖を描きました。
現代の集合住宅に潜む違和感――それは、あなたの部屋にもあるかもしれません。
次回は『第5話:検索してはいけない言葉』を予定しています。
デジタル時代における“知らなければよかった”という感覚を描いてまいります。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
怖いと思っていただけたら、いいね・フォローでの応援をお願いします。
皆様の応援が、次の“語られるべき話”を呼び寄せます。
この百の話が終わるとき、何が起こるのか……ぜひ見届けてください。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる