百の話を語り終えたなら

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第9話:雨の中を歩くもの

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あれは、梅雨の終わり頃のことだった。
夜遅く、仕事終わりに帰宅していた私は、いつも通る裏道を歩いていた。

狭くて古びた住宅街の細道。街灯は少なく、雨のせいで視界も悪い。
傘を差していても、靴の中は水が染みていた。
誰もいない。音もない。ただ、雨音だけが耳を塞いでいた。

だがそのとき、ふと気づいた。

もう一つ、別の音が混じっていた。

水を踏みしめるような音。
靴がアスファルトに吸いつくような、ねちっ……ねちっ……という音。

すぐ背後だ。
誰かが、私の真後ろを歩いている。

慌てて振り返るが、そこには誰もいなかった。
いや、いたかもしれない。だが、雨粒と街灯の影に紛れて、見えなかっただけかもしれない。

私は足早に歩き出した。
だが、あの音もまた、追いかけてきた。

ねちっ、ねちっ、ねちっ……
靴音にしては妙だ。
重く、引きずるような……それでいて、ぴったりと間隔が揃っている。

角を曲がる。足を止める。

音も止む。

私はもう一度、振り返った。
やはり、誰もいない。

それでも、強い視線のようなものを感じていた。
背後からではない。今度は、上――空から。

雨雲に覆われた夜空の、その向こうから、
何かがこちらを“見下ろしている”ような気がした。

私は走った。
細道を抜け、大通りまで出ると、安堵の息が漏れた。

そこには灯りがあった。車の音、人の気配。
「日常」が戻ってきた。

けれど、家に帰って玄関に入ったとき。
傘を閉じようとすると――何かが違和感を放っていた。

傘の先端、石突きの部分に、
人の髪の毛が、一本、絡まっていた。

長く、黒く、水を滴らせていた。

翌朝、私は傘を捨てた。
だがそれ以来、雨の日には必ず、あの音がついてくる。

ねちっ、ねちっ、ねちっ……

そして、一週間ほど前から、
その音が、私より一歩前を歩くようになった。

見えない“それ”が、私の行き先を先回りしている。

あれは一体、何なのか。
なぜ、追いかけてくるのか。

いや、もしかすると――

私は、あの夜の裏道で、すでに“後ろ側”になってしまったのかもしれない。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第9話『雨の中を歩くもの』をお読みいただき、ありがとうございます。

本作では、雨という日常的な要素の中に潜む“不自然な足音”を恐怖の核に据えました。
“振り返ってもいない”“誰もいないのに気配だけがある”という静かな恐怖が、
読者の記憶にじわじわと染み込むことを意識しています。

次回は『第10話:かくれんぼは終わらない』を予定しています。
遊びの延長で始まった“かくれんぼ”が、終わることなく続いていたとしたら。

―――――――――――――――――――――――

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百の話を語り終えたとき、その足音が誰のものだったか、明らかになるかもしれません。
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