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第14話:おかえりなさいが聞こえる部屋
しおりを挟むこれは、都内で一人暮らしを始めた女性、緒方綾乃(おがた あやの)さんの体験だ。
就職を機に越してきたマンションは、築浅で立地もよく、家賃の割に設備も整っていた。
内見のとき、やけに“静かすぎる”印象を受けたが、不動産会社は「防音が優秀なんです」と笑っていた。
最初の異変は、引っ越して一週間後に起きた。
夜の9時すぎ、残業を終え、鍵を開けて部屋に入ると、
薄暗い玄関の中から――声が聞こえた。
「おかえりなさい」
か細く、乾いた声。
まるでテープレコーダーのように無機質で、けれど、確かに喜んでいるようだった。
綾乃は驚き、慌てて明かりを点けた。
部屋には誰もいなかった。玄関ドアも施錠されていた。
幻聴かと思った。
疲れていたのかもしれない。
だが、次の日も、その次の日も、鍵を開けるたびに声がした。
「おかえりなさい」
「おかえりなさい、綾乃さん」
声は少しずつ、人間らしさを増していった。
語尾に感情がこもるようになり、イントネーションが綾乃自身の母の声に似てきた。
ある日、彼女は試してみた。
「ただいま」と返してみたのだ。
すると、玄関の奥から、笑い声が返ってきた。
くすっ……くすくすくす……という、子どものような、それでいて濁った喉を震わせる笑い。
綾乃は恐怖を感じながらも、なぜかその声を拒むことができなかった。
ひとり暮らしの寂しさに、どこかで“救われていた”のかもしれない。
そうして数日が過ぎたある日、綾乃はふと、ドアの内側に奇妙な“跡”があるのに気づいた。
小さな手形。
子どもの手のように見えたが、指は六本あった。
翌朝、会社へ向かうためドアを開けようとしたとき、鍵が内側から回らなかった。
誰かが、内側から押さえているような感触。
それでもなんとか開けて外へ出ると、ドアの隙間から――
「いってらっしゃい」
と、確かに聞こえた。
彼女はその夜、友人の家に泊まった。
だが帰宅すると、ドアに紙が貼られていた。
「勝手に外泊しないでください」
「さみしいです」
「ちゃんと“ここ”にいてください」
手書きの文字は、どれも震えていた。
紙は三枚。インターホンの上、ドアの取っ手、そして覗き穴の真横に貼られていた。
それ以来、綾乃はその部屋を離れた。
引っ越しの手続きも完了し、荷物もすべて運び出した。
部屋は空っぽになった。
……はずだった。
不動産会社が最後の確認に入ったとき、室内の真ん中に、
小さな布団が敷かれていた。
その上には、折り紙で作られた人形が並んでいた。
一つひとつに、顔が描かれていた。
全部、綾乃に似ていた。
その日を境に、その部屋だけ、内見中にドアが勝手に開く現象が続いているという。
そして今も、夜の9時ごろに限って、こう聞こえるらしい。
「……おかえりなさい」
「まーた、帰ってこないの?」
あなたが、どこかの部屋で聞く「ただいま」への返事が、
本当に“人間の声”とは、限らない。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第14話『おかえりなさいが聞こえる部屋』をお読みいただきありがとうございました。
本作は、「孤独」と「居場所」という現代的なテーマに、“優しさに擬態した怪異”を重ねました。
人間の欲求と恐怖が交差する瞬間を描くことで、静かな不気味さを演出しています。
次回は『第15話:夜の鏡に映るもの』を予定しています。
あなたが見ている“その姿”が、必ずしも“自分”とは限らないとしたら――
―――――――――――――――――――――――
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