16 / 102
第16話:最後の席に座っていた子
しおりを挟む教室の最後列、窓際の席。
そこは、どこの学校でも「特等席」と呼ばれることがある。
景色が見える。背後に気配がない。
それゆえに、忘れられがちな空間でもある。
この話は、ある中学校で起きた出来事だ。
その学校には、ある奇妙な噂があった。
「2年2組の最後列、いちばん奥の席には、“誰かがいる”」
転校してきたばかりの女子生徒、佐伯咲(さえき・さき)は、まさにその席をあてがわれた。
最初の数日は、特に違和感はなかった。
けれど、ある日、クラスメイトの一人が彼女にそっと声をかけた。
「……その席、夜になると動くよ」
「動く?」
「椅子が勝手に引かれてる。誰も座ってないのに、机がずれてるの。たまに……声もする」
咲は笑って流した。
だが、気にするなというほうが無理だった。
その日の放課後、彼女は意識的に自分の席を確認した。
机の脚の位置を黒板の線に合わせ、ノートの角もぴったり揃えた。
翌朝。
机は、明らかに“斜めにずれていた”。
椅子も、少しだけ後ろに引かれていた。
誰かが“座っていた”としか思えないずれ方だった。
それが日常になっていった。
咲は毎日、自分の席の位置を記録するようになった。
誰にも言わず、小さなメモ帳に書き留めていった。
ある日、机の上に、知らないプリントが置かれていた。
誰かが落としたのかと思った。
だが、そのプリントの右上には、はっきりと名前が書かれていた。
「佐伯 詩(さえき・うた)」
彼女は驚いた。
自分と同じ名字。けれど、名は“咲”ではなく、“詩”。
聞いたこともない名前だった。
教師に確認しても、「そんな名前の生徒はいない」という。
それから数日後、咲は夢を見た。
教室。
自分の席に、もう一人の自分が座っていた。
顔は見えなかった。
だが、その子はゆっくりとこちらを振り向き、こう言った。
「返して」
翌朝、机の上にはもう一枚、紙が置かれていた。
「あなたの席じゃない」
「私がここにいた」
「覚えてるでしょ」
咲は震えた。
ある記憶が、蘇ってきた。
幼い頃、彼女はこの街に住んでいた。
そのときの名は、“詩”。
だが、幼少期に両親が離婚し、名字も名前も変わった。
当時通っていたのが、まさにこの学校だった。
2年2組の、最後列の、窓際の席――
そこは、かつて“詩”としての自分が、毎日座っていた席だった。
咲は叫びたくなった。
なぜ今になって、こんな風に“自分自身”が戻ってくるのか。
その日の夜、咲は学校に忍び込んだ。
確かめたかった。
あの席に、“詩”はいるのか。
懐中電灯を手に、静まり返った校舎を歩く。
2年2組の扉を開けると――そこには、誰かがいた。
椅子に座る、制服の少女。
顔は見えなかった。
いや、顔が“こちらを向いていなかった”だけだ。
咲は言った。
「詩……?」
少女が、ゆっくりと立ち上がる。
ぎ……っと、椅子の脚が床を引っかいた音が響いた。
そして、少女は振り返った。
それは――顔のない自分だった。
髪型も、制服も、体の線もすべて同じ。
だが、顔だけが、のっぺりと平らな肌で覆われていた。
その“詩”は、口のない顔で、はっきりと声を発した。
「あなたが忘れたから、私が消えた」
「だからここは、私の席」
咲が気づくと、教室は朝になっていた。
教師に見つかり、大ごとにはならなかったが、
彼女はそれ以降、自分の名前を“詩”に戻した。
戸籍上は“咲”のままだったが、彼女は自らを“詩”と名乗るようになった。
不思議なことに、それからは机がずれることも、声が聞こえることもなくなった。
だが、教室の最後列の机の裏には、今も小さく書き込まれている。
鉛筆の細い文字で。
「ここにいるよ」
「わたしがわたしであるために」
――あなたが最後に座った“あの席”は、
本当に自分のものだったと、言い切れますか?
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第16話『最後の席に座っていた子』をお読みいただき、ありがとうございました。
本作では、「アイデンティティの断絶」「名のない自分が取り残される恐怖」を描きました。
何気ない教室の席が、かつての“自分”を留める場所だったとしたら――その不在は、どこへ向かうのでしょうか。
次回は『第17話:裏の道、裏の人』を予定しています。
通い慣れた通学路。その“裏道”にだけ、毎日立っている“裏の人”の話です。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
この話が、あなたのどこかに“置き忘れてきた誰か”を思い出させたなら、
どうか「いいね」や「フォロー」で記録を残してください。
百の話が語られたとき、その“空席”が、埋まるかもしれません。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる