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第19話:足の数を、数えないで
しおりを挟む山奥の小さな寺で一晩を明かす、という研修があった。
大学の民俗学ゼミが主催する実地調査で、参加者は私を含めて六名。
目的は、地元に伝わる“ある怪異伝承”の調査だった。
その寺には、ひとつの言い伝えがある。
「夜、廊下を歩く音が聞こえても、決して“足の数”を数えてはいけない」
その話を初日に聞かされたとき、誰もが半笑いだった。
「ありがちな話だな」「いかにもそれっぽい」と、教授すら苦笑していた。
だが、私はその夜、実際に“音”を聞いてしまった。
――コツ、コツ、コツ。
木の廊下を、何かが歩く音。
それは、まるで誰かがすぐ外を通り過ぎるように、間近に聞こえる。
私は布団の中で息をひそめた。
足音は、ゆっくり、慎重に、一歩ずつ迫ってくる。
誰かが深夜に廊下を歩いている――
そう思ってしまった瞬間、私は耳を澄まし、数えてしまったのだ。
足音の数を。
コツ、コツ。
ふつう、人間の足音は二拍ずつのリズムで鳴る。
だが、そこには三拍目があった。
コツ、コツ、コツ。
そして次は四つ、次は五つ――
足音は、リズムを持たずに増えていった。
私はぞっとした。
それは、人間の歩き方ではなかった。
まるで“何か”が地を這い、這いながら這い寄るような、
不規則な数の足音が、部屋の前を通り過ぎていくのだ。
次の瞬間、ふいに音が止まった。
静寂。
……だが、聞こえた。
扉の向こうに“息遣い”がある。
私は、眠ったふりをして目を閉じた。
そのとき、扉の下の隙間から、何かが覗いた。
いや、“何本も”の指が、ゆっくりと、畳に爪を立てるように――
数えなければ、まだ人間だったのかもしれない。
でも、私は数えてしまった。
五、六、七……十七……二十一本。
“それ”は、二十一本の足音を持っていた。
その夜以降、私の部屋の天井から、いつも“何かの音”がする。
歩く音ではない。
“這う音”だ。
廊下じゃない。
今はもう、私の真上だ。
私は思う。
あのとき数えなければ、“それ”は別の部屋へ行ったかもしれない。
けれど私は、数えてしまった。
だから“それ”は、数えた私に、憑いてしまったのだ。
――夜道を歩くとき、音がしたら、耳を澄ませてはいけない。
まして、数えてはいけない。
たとえ、足音がひとつずつ増えていったとしても。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第19話『足の数を、数えないで』をお読みいただき、ありがとうございました。
恐怖とは、“気づいてしまった”ときに形を持つものです。
数えなければただの足音でも、数えた瞬間、それは“存在”となってしまう。
本作では、「認識することで生まれる怪異」をモチーフに構成しました。
次回は『第20話:鏡の中で、誰が笑った?』を予定しています。
姿見の奥、反射の向こう側で“ズレた時間”に生きる存在たちの、静かな侵食の物語です。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
夜の静けさに、数えたくなる衝動が生まれたとき、
その“数”があなたを数え返すかもしれません。
そんな恐怖が心に残ったなら、
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