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第20話:鏡の中で、誰が笑った?
しおりを挟む鏡というのは、不思議な存在だ。
私たちの“姿”を映しながらも、決して同じ世界には属していない。
鏡の中の「私」は、鏡の外の「私」と同時に動き、同じ表情を浮かべ、そして、何も語らない。
けれど、あの日――その法則は、破られた。
大学二年の春、新しいアパートに引っ越した。
築三十年の古びた建物だったが、家賃の安さに惹かれて決めた物件だ。
問題は、備え付けの姿見だった。
寝室の壁に、床から天井まである鏡が固定されていた。
移動はできず、取り外しも不可。
管理会社に連絡しても、「内装備品なので撤去はできません」と取り合ってもらえなかった。
まあいいか、とそのまま生活を始めた。
だが、最初の夜、違和感に気づいた。
夜中、ふと目を覚ました時。
鏡の中の“自分”が、少しだけ顔を傾けていた。
私は、仰向けのまま、まったく動いていなかった。
なのに、鏡の中の“私”だけが、微かに首をかしげていたのだ。
一瞬の幻覚だと思った。
疲れていたのかもしれない。
だが、それは繰り返された。
二日目、三日目、四日目。
眠っているときに限って、“鏡の中”の自分が、違う動きを見せる。
ある夜、私はスマホで動画を撮ることにした。
寝ている間も録画が続くようにセットし、鏡を映すように配置した。
結果は、翌朝すぐに確認した。
……そこには、おかしなものが映っていた。
午前2時14分。
私の身体がぴくりとも動いていないその時――
鏡の中の“私”が、ゆっくりと起き上がった。
ゆっくり、静かに、布団から抜け出すように。
画面の中で、“私”は“私”を見下ろし、
しばらくその場に佇んでいた。
やがて、何かをつぶやくように、唇が動く。
その直後――
画面が真っ暗になった。
録画ファイルは破損していた。
だが、その直前までの映像は、間違いなく残っていた。
私は慌てて鏡を覆い、タオルケットをかけた。
しかし、それ以降、異変は“現実”に出始めた。
・鏡の前に立つと、後ろの影が一つ多い。
・歯を磨いていると、鏡の中の自分の手の動きがずれている。
・ドライヤーの風が、鏡の向こうにだけ“逆方向”に揺れている。
だんだん、恐ろしくなってきた。
だが、極めつけは――
その日の夜、またあの夢を見たときだった。
夢の中で、私は“鏡の中の部屋”にいた。
色が違う。空気が違う。重力が反対のような、不安定な感覚。
そこに、“もう一人の私”がいた。
いや、“もう一人”ではなかった。
“たくさん”いたのだ。
無数の私が、鏡の奥からこちらを見ていた。
誰もが同じ顔で、同じ服を着ていた。
だが、“目”が違っていた。
生きていない目。人間ではない何かの目。
こちらをじっと見据え、やがて、ひとりが前に出て言った。
「おまえが気づいたから、こっちに来れるようになった」
「“私”は交代する。おまえが中に入る番だ」
私は必死に後退した。
だが、周囲の“私たち”が一斉に笑った。
「もう、区別がつかないだろ?」
目が覚めると、部屋の鏡は割れていた。
鏡の向こうに、何かが立っていたような気がした。
そしてその影は、スッと姿を消した。
翌日、管理会社に連絡すると、
「姿見なんて備え付けた覚えはない」と言われた。
契約書を確認しても、“鏡”の記載はなかった。
最初から、そこになかったはずのものだったのだ。
けれど、私には確かに“あった”。
鏡が、あって。
あの“自分”と、目が合ってしまった。
それ以来、ふとした瞬間に、見知らぬ場所で鏡に映る自分が――
ほんの少し、笑っている。
私が笑っていないのに。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第20話『鏡の中で、誰が笑った?』をお読みいただき、ありがとうございました。
鏡は日常の中にある“異界”です。
あたりまえのように存在しながら、視線と意識のズレを許容する不可解な装置でもあります。
今回は、「鏡の中の自己」の侵食と、自己同一性の崩壊をモチーフに構成しました。
次回は『第21話:その子は、何を拾ってきたの?』を予定しています。
無垢な子どもが持ち帰った“見えない何か”が、家の中を変えていく物語です。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
もし、あなたの姿が“鏡の中”でふと笑っていたら――
それは本当に、あなたの意思ですか?
この話が心に残ったなら、
「いいね」や「フォロー」で、この百物語の“境界”を照らしてください。
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