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第22話:白いリボンをつけた女の子
しおりを挟む駅のホームで、“彼女”を見た。
夕方五時を少し過ぎた時間、通勤帰りの人々にまぎれて、
ひとりだけ、違和感のある少女が立っていた。
小学校低学年くらいの小柄な体、古びたワンピース、
そして――白く大きなリボンを頭につけていた。
彼女は、まっすぐに線路を見ていた。
誰にも話しかけず、ただ静かに。
不思議に思い、私はつい目を離せずにいた。
だが、誰もその子に気づいていない様子だった。
すれ違う大人たちはまるで、そこに何もないかのように振る舞っている。
私はそのとき、奇妙な感覚を覚えた。
目が合ったのだ。
彼女の視線が、私をまっすぐに捉えていた。
黒目がちの瞳。微笑んでいるような唇。
けれど、その笑みは冷たいガラスのようだった。
やがて電車が入ってくるアナウンスが鳴り、ホームに風が走った。
その瞬間、彼女が動いた。
線路の方へ、一歩、また一歩と足を進めていく。
誰も止めない。誰も気づいていない。
私はとっさに「危ない!」と叫び、駆け寄ろうとした。
だが、目の前には誰もいなかった。
そこにはただ、ざらついたホームの床と、落ち葉が一枚だけ。
風が吹いていた。
そして、白いリボンが、私の足元に落ちていた。
それを拾ったとき、頭の奥で“声”がした。
「ありがとう。やっと見つけてくれたんだね」
それからだった。
夜道を歩くと、後ろから小さな足音がついてくるようになった。
ひとりで寝ていると、枕元に冷たい空気が漂うようになった。
テレビをつけると、砂嵐の中に白いリボンの女の子が映っていた。
けれど、振り返っても、誰もいない。
ある日、ついに声がした。
「ねえ、返してよ」
耳元で囁く、か細い声。
私は反射的に、押し入れの奥にしまっていた“リボン”を手に取った。
それは、ほんの少し濡れていた。
何かの液体が、布を染めていた。
私はそれを、駅に持っていくことにした。
あの日のホームへ――彼女のいた場所へ。
夕暮れの時間。
人の波の中で、私は再び彼女を見つけた。
同じワンピース。同じ髪型。
ただ、リボンだけがなかった。
私はそっと、彼女の目の前にリボンを差し出した。
「これ、君の?」
そのとき、彼女が笑った。
――ほんとうに、嬉しそうに。
だが、その“笑み”の奥にあるものは、悲しみだった。
そして、彼女は静かに消えた。
まるで、はじめから存在していなかったかのように。
それ以来、夜の足音も、囁き声も、すべて消えた。
ただ、最後に残ったのは――
白いリボンの端に刺繍された、薄い文字。
「佐伯 みのり」
「六歳」
「平成六年十一月三日 行方不明」
警察の資料に、彼女の名前はあった。
捜索願は、もうずっと前に打ち切られていた。
私の見た少女は、もうこの世にはいない。
けれど、“見つけてもらえること”を、ずっと待っていたのだ。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第22話『白いリボンをつけた女の子』をお読みいただき、ありがとうございました。
駅という日常の中で、ふと見えた“異質”。
見えてしまったことで引き込まれる、静かな霊との邂逅を描きました。
今回の物語は、“忘れられた存在が求めるまなざし”をテーマにしています。
次回は『第23話:灯りを消さないで』を予定しています。
「夜の明かりを守ること」にまつわる、不在の影と、灯火の記憶の話です。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
忘れられた存在たちは、誰かに“見つけて”ほしいと願っています。
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