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第23話:灯りを消さないで

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それは、真冬の夜のことだった。

祖母の家に泊まりに行った。山間の寒村にある、築百年を超える古民家。
灯油ストーブの匂いと、雪の匂いが混ざったような、どこか懐かしい空気。

「この部屋で寝なさいね」と祖母が案内してくれたのは、二階の一番奥の部屋だった。
障子越しに月明かりがぼんやりと揺れ、照明の代わりに豆電球がひとつ、天井からぶら下がっていた。

その豆電球だけが、この部屋の灯りだった。

祖母は言った。

「夜になっても、その灯りは消しちゃだめよ。絶対に」

どうして?と聞いたが、祖母はふふと笑って、

「そういうことになってるの」

とだけ答えた。

私は半信半疑で布団に入った。
天井の豆電球が、ゆらゆらと頼りなさげに揺れている。

眠りに落ちる寸前、障子の向こうで、**ギシッ……ギシッ……**と、ゆっくり廊下を歩く音がした。
祖母かと思って呼びかけようとしたが、なぜか声が出なかった。

灯りの下に影が落ちた。

それは人の形ではなかった。
腰を曲げ、異様に長い腕をした影が、障子の向こうを這うように移動していた。

豆電球の明かりが、部屋の隅で脈打つように揺れている。

私は声も出せず、動けなかった。

そのとき、電球が――ふっと、明滅した。

その瞬間、“何か”がこちらを振り向いた気配があった。
障子の向こうから、無数の爪音が響いた。

ガリガリ、ガリガリ。

誰かが、いや、“それ”が、爪で障子を裂こうとしている。

私はとっさに、豆電球に手を伸ばした。
スイッチなどない。強く、強く願った。

消えるな。消えないでくれ。
灯りを、消さないでくれ。

そして――電球は、消えなかった。

そのとたん、音は止んだ。
気配が、すうっと引いていった。

朝になって、祖母に話すと、祖母は神妙な顔で頷いた。

「あの家にはね、“闇の番”がいるのよ」

「夜になると、灯りの消えた部屋を探して、そこに“戻ろう”とするの」

「昔、この家の誰かが“それ”を封じたの。だから、灯りを絶やしちゃいけないの」

私は改めて、天井の豆電球を見上げた。
その電球の根元には、古びたお札のようなものが巻かれていた。

以来、あの部屋の灯りは、誰も触れないまま今も灯り続けている。

私はもう、祖母の家には泊まらない。

けれど、ときどき――眠る前、ふと思い出す。

もしあの夜、灯りが消えていたら。
今の私は、この世界にいなかったかもしれない。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第23話『灯りを消さないで』をお読みいただきありがとうございました。

今回は「光と闇の境界」「忘れ去られた封印」をテーマに、
一灯の豆電球が守る“日常の境界”を描いてみました。

日常の中に潜む“それ”は、あなたが気を抜いた瞬間を、いつも狙っているのかもしれません。

次回は『第24話:階段の下、止まる足音』を予定しています。

―――――――――――――――――――――――

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