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第37話:名前のない墓の前で泣く女の子は、誰の記憶にもいない

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山のふもとにある、小さな寺。

町の人間でも滅多に足を運ばないその寺には、
ひっそりとした墓地が併設されている。

墓地といっても、大半の墓石は風雨に削られ、
誰のものともわからないほど文字が消えてしまっている。

ある夏の早朝、俺はその寺の墓掃除の手伝いに呼ばれた。
草を刈り、石を磨き、花を手向ける。
そんな作業の合間に、ふと気配を感じて顔を上げた。

ひときわ古びた、文字のない墓の前に、ひとりの少女が立っていた。

白いワンピース。
黒髪を肩口で切りそろえた、七、八歳くらいの子供。
足元には花束が置かれていた。

「おはよう」

声をかけたが、返事はなかった。
少女はただ、じっと墓石を見つめていた。

そのときは、近所の子か、檀家の孫だろうと思い、深く気にしなかった。

だが、その後も毎年――同じ日、同じ時刻に
その少女は、必ずその墓の前に現れた。

誰も名を知らず、誰も話したことがない。
写真も残らず、寺の住職も「見たことがない」と言う。

不思議に思った俺は、ある年、墓を掘り返して調査した記録を調べた。

あの墓には、誰の遺骨も納められていなかった。

それでも、墓はそこにある。
誰も建てた覚えがなく、由来も知らない。

それが「無縁仏」というものなのか――そう納得しかけたとき、
寺の蔵から、ある古い帳簿が見つかった。

そこに書かれていたのは、明治末期の記録。

「七歳女児・失踪・遺体不明・供養のため建立」
とだけ、墨で書かれていた。

名前の欄は空白のままだった。

それを見たとき、俺は悟った。
あの墓は、名もなく埋葬された少女のために建てられたもの。

そしてあの白い服の女の子は――
自分の墓に、毎年、花を手向けに来ていたのだ。

「名もない」ということは、
この世に“存在していなかった”とされるのと同義かもしれない。

でも、誰かが覚えている。
誰かが見ていた。
だから、その子は今も“そこ”に立っているのだ。

今も、誰にも知られないまま。

そして、次の夏も。
俺はきっと、あの墓の前で、
またあの子の姿を見ることになるだろう。

風の音と、草の揺れる音の中で、
泣きもせず、笑いもせず、ただ墓を見つめる少女を。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第37話『名前のない墓の前で泣く女の子は、誰の記憶にもいない』をお読みいただきありがとうございました。

人に忘れられるということは、
ときに“この世に存在しなかった”ことと同じくらい、重い意味を持ちます。

それでも、名もない者が、
誰かの記憶にふと立ち現れることがあるのです。

次回は『第38話:写真立ての中にだけ現れる“知らない家族”』を予定しています。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
もし家の近くに、文字のない墓があったら――
そこに咲く花に、少しだけ目を留めてみてください。

“知られざる誰か”にも、訪れる人がいるのだと信じて。

次の話をお待ちの方は、「いいね」と「フォロー」で応援いただけると嬉しいです。
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