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第44話:落とし物を届けに来た“白い靴の子ども”

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深夜二時、仕事に煮詰まって外の空気を吸おうと、
アパートの階段に座ってタバコを吸っていたときのことだった。

パタン、と音がした。

顔を上げると、共有廊下の隅に、小さな影が立っていた。

白い靴を履いた、小さな子ども。

年の頃は六つか七つ。
だが、このアパートにはそんな年齢の子どもはいない。

顔は見えなかった。
廊下の電球が古くてチカチカと明滅し、ちょうどその子の顔だけが、
明かりの死角に入っていたのだ。

そして、その子は手に何かを持っていた。

小さな、黄色いハンカチだった。

それを、まるで差し出すようにこちらへ掲げて――

「おとしましたよ」

はっきりとした口調で、そう言った。

しかし俺は、そのハンカチに見覚えがない。
第一、ポケットにはタバコとライターしか入っていない。

「いや、それは俺のじゃないよ」

そう言うと、子どもは首を傾げ、ゆっくり歩み寄ってきた。

その足音が、異様に重く感じられたのは気のせいだったのか。

そして手渡されたハンカチを、何気なく受け取った瞬間――

手が、冷たい。

いや、それは“冷たい”というより、“濡れていた”。

思わず手を引っ込めた。

だが子どもの姿は、もうそこになかった。

驚いて辺りを見回したが、廊下にも階段にも、逃げていく足音すらない。

不気味に思いつつ、手に残ったハンカチを見ると、
それにはうっすらと文字が刺繍されていた。

「あいこ」

それは――かつてこのアパートの二階から転落して亡くなった女の子の名前だった。

数年前の事故。
母親が目を離した隙に、あいこちゃんは階段を踏み外して転げ落ち、
そのまま亡くなったという。

近所の人は「今でも階段の踊り場で、白い靴の音が聞こえることがある」と言う。

俺は、それ以来タバコを吸うときは、必ずハンカチを持って出るようになった。

そしてそれは、いつも濡れている。

誰かが、今も“届けようとしている”のだ。

――落とし物を。

――“思い出”という名の、小さな亡霊を。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第44話『落とし物を届けに来た“白い靴の子ども”』をお読みいただき、ありがとうございます。

「落とし物を拾ってくれる子」は、どこか優しい響きがありますが、
それが“もうこの世にいない存在”だったとしたら――
渡されたものが、本当に“自分のもの”かどうか、考えたくなるはずです。

次回は『第45話:鏡にだけ映る階段下の男』を予定しています。

―――――――――――――――――――――――

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