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第53話:エレベーターに映った、降りてこなかった同乗者

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三月末の引っ越しシーズン。
会社の転勤で、新築マンションに入居した木村俊一は、
高層階の静けさと眺望に満足していた。

その日、彼は仕事からの帰りが遅くなり、
夜十一時を回ってエントランスの自動ドアを抜けた。

タワーマンションのロビーは無人で、静まり返っていた。
彼はひとり、いつものようにエレベーターのボタンを押した。

「ピン」と軽やかな音が鳴り、
扉が開くと、誰もいないエレベーターが現れた。

だが、床には濡れた靴の跡がついていた。
片方だけ。左足だけの泥濘まじりの跡。

木村は少し不快に思いながらも、気にせず乗り込んだ。

居住階である23階のボタンを押し、扉が閉まる。

上昇する箱の中、ふとミラーに目を向けると――
自分の肩の後ろに、“もう一人”の人影が映っていた。

肩まで髪のある、黒い影。
顔までは映らない。
だが確かに、自分の真後ろに“誰か”が立っていた。

慌てて振り向くと、誰もいない。

ミラーを見る。――いる。
振り返る。――いない。

恐怖に凍りつき、木村は黙って23階まで耐えた。

やがてエレベーターが停止する。
「チン」と鳴って、扉が開く。

彼は震える足で部屋へ向かい、扉を開けた。

――すると、背後でもうひとつの足音が降りた音が聞こえた。

「……え?」

後ろを振り返ったが、誰もいない。
エレベーターの扉は、もう閉まりかけていた。

彼は無言のまま部屋に入り、チェーンをかけ、鍵を何度も確認した。

夜中。
リビングの天井から、水滴が“ポタ、ポタ”と落ちる音がした。

寝室の照明を点け、天井を見上げる。
シミなどない。
ただ――冷たい空気の中、部屋の隅に濡れた足跡が続いていた。

左足だけ。
まるで、自分と一緒に“降りてきた誰か”がそこにいるように。

次の朝、彼は管理会社に連絡した。

だが、エレベーターの監視カメラには、
木村ひとりしか映っていなかったという。

「ですが……ひとつだけ妙なことがありまして」
管理会社の担当者が言った。

「その夜、別の階でも“降りてないのに開いた”記録があるんです。
18階と……13階。
どちらも、誰もボタンを押していないはずでした」

エレベーターは、夜の間に――
“誰か”を迎えに降りていったのかもしれない。

それは、決してログには残らない乗客たち。
ミラーにだけ映る、“戻ってきた者たち”。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第53話『エレベーターに映った、降りてこなかった同乗者』をお読みいただきありがとうございました。

人はひとりで乗っていると信じ込んでいても、
本当は“誰か”がそっとついてきているのかもしれません。

とくに、ミラーのある空間では。

次回は『第54話:三番ホームのベンチに、絶対に座ってはいけない理由』を予定しています。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
無人のはずの空間に、ふと感じる気配。
鏡に映る誰か、気づかれないまま降りてきた影。

この物語が、あなたの背中にそっと触れたなら――
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