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第58話:誰もいない図書室で、延滞したはずの貸出カードが戻っていた

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午後四時半。
放課後の図書室には、もう生徒の姿はない。
当番の三年生、野上律は、カウンターで返却カードを整理していた。

ふと、棚のすみに目をやる。
いつのまにか、そこに一冊の古びた文庫が戻っていた。

(あれ……? これは確か、貸出記録では“延滞中”のままのはず……)

『霧の街』と題されたその小説。
背表紙は擦れていて、作者名もかろうじて読める程度。
何より気になったのは――

“この本には、名前を書かないでください”と手書きされた注意書き。

(こんなのあったっけ?)

何気なく本を開くと、最初のページの貸出カードには、確かに「貸出中」のままの記録が残っていた。
最後に借りたのは、二年前の卒業生。名前は「三浦日向」。

律はその名に覚えがあった。
とても静かな生徒で、本が好きで、毎日のように図書室に来ていた。

でも、その年の冬――三浦日向は突然、姿を消した。
事故か、事件か。詳細は伏せられたまま、葬儀の知らせだけが掲示板に貼られた。

(それが、いま戻ってきた?)

誰が? いつ? どうやって?
図書室の鍵は、律が最終の管理者であり、今日は自分以外入っていないはずだった。

貸出カードをめくると、そこには最新の記録として――

**“返却:三浦ヒナタ 6月22日”**の文字が、震えるような筆跡で書かれていた。

(今日じゃないか……!?)

書架の隅を見た。
薄暗い棚の影に、誰かの制服のすそが、すっと引っ込んだように見えた。

(まさか……そんな)

「三浦……さん?」

思わず名前を呼んでしまった。

その瞬間、どこかの席で椅子がギシリと鳴る。
振り返っても、誰もいない。

だが、机の一つの上に、彼女がいつも使っていたブックカバーが丁寧に畳まれて置かれていた。

それは、青い布に白い鳥の刺繍がある特注品で、彼女のお気に入りだった。

――証明はできない。
けれど、確かに、三浦日向は“あの本”を返しに来たのだ。

翌日。
『霧の街』の本は、また書架のどこにも見当たらなくなった。

貸出カードには、今度はこう記されていた。

“また借りに来ます”

筆跡は、昨日の返却記録と同じだった。

――そして、それ以降、その図書室では“誰もいない時間に”誰かが本を読んでいる気配が、日常になっていった。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第58話『誰もいない図書室で、延滞したはずの貸出カードが戻っていた』をお読みいただきありがとうございました。

図書室は、静寂と記憶の積層です。
誰かがそこにいたという事実も、本の中にだけ残されます。

あなたの通っていた図書室にも、まだ誰かがページをめくっているかもしれません。

次回は『第59話:深夜のチャイム、それはもう使われていない“旧校舎の鐘”だった』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
一冊の本を返すという行為が、“存在の証明”であるなら――
その手が、もうこの世のものでなかったとしても。

この話が少しでも胸に残ったなら、
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