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第63話:昇降口の鏡、その向こうにだけ“季節が違う”

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その学校の昇降口には、背の高い姿見鏡がひとつある。
使い込まれて銀色がくすみ始めたその鏡は、ある年の卒業式に寄贈されたものだという。

誰が最初に気づいたのかは定かではない。
だが、**その鏡の中に映る景色だけ、“今と季節が違う”**という奇妙な噂が、代々の生徒のあいだで語り継がれている。

春の装いで立てば、鏡の中の自分はセーターを着ている。
秋にマフラーを巻けば、鏡の中では袖をまくった夏服のままだ。
そして、真冬に立てば――鏡の向こうの昇降口は、桜が舞っている。

ある生徒、二年の男子・佐原湊は、それを試した。

「何かの錯覚だろ」と笑いながら、携帯で動画を撮りながら鏡の前に立つ。
だが、その瞬間、彼は言葉を失った。

鏡の中に、自分の姿がなかった。

代わりにそこに映っていたのは、知らない女子生徒が、笑いながら上履きを履いている姿。
制服は旧式で、スカーフの色も今とは違う。
しかもその彼女は、カメラを向けた湊に気づいたように――
鏡の中から手を振ってきた。

動画には、湊が驚いた声と、白く霞んだ鏡だけが記録されていた。

それ以来、湊は放課後になると、鏡の前に立つようになった。
何度も、何度も。

やがて気づいた。
その少女は、毎日少しずつ違う制服で現れる。
前はリボン、次はセーラー、その次はブレザー。

「まるで……成長してるみたいだ」

ある日、湊はふと筆箱から紙を取り出し、鏡に向かってそれを掲げた。

「君は誰?」

鏡の中の少女は、はにかんだように笑って、シャープペンで自分の紙に書く――

「私は、卒業を忘れた子」

それを最後に、鏡の中の彼女は二度と現れなくなった。
湊がいくら待っても、今度は自分の姿しか映らなかった。

ただ、春のはじめ。
昇降口の鏡の前に、一枚の紙が落ちていた。

「ありがとう。これで、やっと外に出られる」

それ以降、鏡に季節の違いが映ることはなくなった。
が、代わりにどこからか花の香りがすると、誰かが言っていた。

それは、四月でもなければ、花が咲くはずのない季節の――
ごくわずか数日間の、不可解な予兆だったという。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第63話『昇降口の鏡、その向こうにだけ“季節が違う”』をお読みいただきありがとうございました。

時間に取り残されたままの誰か。
けれど、その想いを見つけてくれる誰かがいる限り、
鏡の奥の世界も、ようやく“次”へ進めるのかもしれません。

次回は『第64話:美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
鏡の中に、いつもと違う景色を見たことはありませんか?
それは、あなただけが“気づいてしまった”合図かもしれません。

そう思ったら、いいねとフォローで、語られるべき次の話を迎えに来てください。
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