百の話を語り終えたなら

コテット

文字の大きさ
65 / 102

第64話:美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる

しおりを挟む
その日、美術部の一年・夏井琴乃は、先輩に頼まれて美術準備室の鍵を受け取った。
使われなくなった古い画材を整理するためだった。

準備室の空気は、カビと古紙のにおいが混ざり合い、まるで時間が沈殿しているようだった。
棚に積もった埃を払いながら、琴乃は大きな木製の引き出しをひとつ、慎重に開けた。

すると、中には――

薄く色あせたティッシュペーパーが、何十枚も折り重なるように入っていた。

ただのごみかとも思えたが、すべてのティッシュには、共通点があった。

中央に、にじんだ涙のような痕があるのだ。

しかもそれが、すべて少しずつ違う形をしていた。

乾いた水跡のようなもの、インクのような色の混じったもの、時には指のあとすら残っているものもあった。

ぞっとしながらも、琴乃はふと、引き出しの奥にさらに小さな箱があるのに気づいた。
白い陶器のような蓋付きの箱。蓋には筆記体でこう書かれていた。

「Lacrimae:涙たちへ」

開けてみると、中には一枚の紙と、折り畳まれた古びた美術部日誌が収められていた。

日誌の最終ページには、たった一言。

「私はこの部屋で、たくさん泣いた。でも、それは描けない涙だった」

そして、手紙にはこう続いていた。

「作品にできなかった感情を、私はここに収めました。
どうか、忘れずに――この涙たちにも、場所を与えてください」

その名前の主は、十年以上前に卒業したある部員のもので、美術の教員でさえ知らなかった人物だった。
だが、図書室の資料によれば――

その年、美術部は文化祭に出展していなかった。理由は「該当作品なし」と記録されていた。

琴乃は、涙のしみがついたティッシュをそっと箱に戻し、日誌の上に置いた。

そして、文化祭の展示で“空の額縁”をひとつ出品した。
その額縁の下には、簡素なカードが添えられていた。

「この絵は、誰にも見せられなかった感情のために――」

その展示は、誰よりも長く、誰よりも多くの人が足を止めたという。

不思議なことに、その文化祭の夜、準備室に再び誰かが入った痕跡があった。

引き出しの中に――一枚だけ、新しいティッシュが追加されていた。

それには、乾ききった“涙の跡”が、くっきりと残っていたという。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第64話『美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる』をお読みいただき、ありがとうございました。

表に出せない感情も、形にはならなくても、どこかに確かに存在しています。
それを記憶として封じ込める場所が、たとえ引き出しの奥であっても――
誰かが見つけてくれるのを、待っているのかもしれません。

次回は『第65話:旧校舎の黒板に、毎朝“誰かの欠席理由”が書かれている』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
もしあなたが、描ききれなかった感情を抱えていたら。
それはきっと、誰かの“物語”になる一歩かもしれません。

いいねとフォローで、忘れられた涙の続きを一緒に辿っていただければ幸いです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。 2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...