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第64話:美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる
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その日、美術部の一年・夏井琴乃は、先輩に頼まれて美術準備室の鍵を受け取った。
使われなくなった古い画材を整理するためだった。
準備室の空気は、カビと古紙のにおいが混ざり合い、まるで時間が沈殿しているようだった。
棚に積もった埃を払いながら、琴乃は大きな木製の引き出しをひとつ、慎重に開けた。
すると、中には――
薄く色あせたティッシュペーパーが、何十枚も折り重なるように入っていた。
ただのごみかとも思えたが、すべてのティッシュには、共通点があった。
中央に、にじんだ涙のような痕があるのだ。
しかもそれが、すべて少しずつ違う形をしていた。
乾いた水跡のようなもの、インクのような色の混じったもの、時には指のあとすら残っているものもあった。
ぞっとしながらも、琴乃はふと、引き出しの奥にさらに小さな箱があるのに気づいた。
白い陶器のような蓋付きの箱。蓋には筆記体でこう書かれていた。
「Lacrimae:涙たちへ」
開けてみると、中には一枚の紙と、折り畳まれた古びた美術部日誌が収められていた。
日誌の最終ページには、たった一言。
「私はこの部屋で、たくさん泣いた。でも、それは描けない涙だった」
そして、手紙にはこう続いていた。
「作品にできなかった感情を、私はここに収めました。
どうか、忘れずに――この涙たちにも、場所を与えてください」
その名前の主は、十年以上前に卒業したある部員のもので、美術の教員でさえ知らなかった人物だった。
だが、図書室の資料によれば――
その年、美術部は文化祭に出展していなかった。理由は「該当作品なし」と記録されていた。
琴乃は、涙のしみがついたティッシュをそっと箱に戻し、日誌の上に置いた。
そして、文化祭の展示で“空の額縁”をひとつ出品した。
その額縁の下には、簡素なカードが添えられていた。
「この絵は、誰にも見せられなかった感情のために――」
その展示は、誰よりも長く、誰よりも多くの人が足を止めたという。
不思議なことに、その文化祭の夜、準備室に再び誰かが入った痕跡があった。
引き出しの中に――一枚だけ、新しいティッシュが追加されていた。
それには、乾ききった“涙の跡”が、くっきりと残っていたという。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第64話『美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる』をお読みいただき、ありがとうございました。
表に出せない感情も、形にはならなくても、どこかに確かに存在しています。
それを記憶として封じ込める場所が、たとえ引き出しの奥であっても――
誰かが見つけてくれるのを、待っているのかもしれません。
次回は『第65話:旧校舎の黒板に、毎朝“誰かの欠席理由”が書かれている』を予定しております。
―――――――――――――――――――――――
いいね・フォローのお願い
もしあなたが、描ききれなかった感情を抱えていたら。
それはきっと、誰かの“物語”になる一歩かもしれません。
いいねとフォローで、忘れられた涙の続きを一緒に辿っていただければ幸いです。
使われなくなった古い画材を整理するためだった。
準備室の空気は、カビと古紙のにおいが混ざり合い、まるで時間が沈殿しているようだった。
棚に積もった埃を払いながら、琴乃は大きな木製の引き出しをひとつ、慎重に開けた。
すると、中には――
薄く色あせたティッシュペーパーが、何十枚も折り重なるように入っていた。
ただのごみかとも思えたが、すべてのティッシュには、共通点があった。
中央に、にじんだ涙のような痕があるのだ。
しかもそれが、すべて少しずつ違う形をしていた。
乾いた水跡のようなもの、インクのような色の混じったもの、時には指のあとすら残っているものもあった。
ぞっとしながらも、琴乃はふと、引き出しの奥にさらに小さな箱があるのに気づいた。
白い陶器のような蓋付きの箱。蓋には筆記体でこう書かれていた。
「Lacrimae:涙たちへ」
開けてみると、中には一枚の紙と、折り畳まれた古びた美術部日誌が収められていた。
日誌の最終ページには、たった一言。
「私はこの部屋で、たくさん泣いた。でも、それは描けない涙だった」
そして、手紙にはこう続いていた。
「作品にできなかった感情を、私はここに収めました。
どうか、忘れずに――この涙たちにも、場所を与えてください」
その名前の主は、十年以上前に卒業したある部員のもので、美術の教員でさえ知らなかった人物だった。
だが、図書室の資料によれば――
その年、美術部は文化祭に出展していなかった。理由は「該当作品なし」と記録されていた。
琴乃は、涙のしみがついたティッシュをそっと箱に戻し、日誌の上に置いた。
そして、文化祭の展示で“空の額縁”をひとつ出品した。
その額縁の下には、簡素なカードが添えられていた。
「この絵は、誰にも見せられなかった感情のために――」
その展示は、誰よりも長く、誰よりも多くの人が足を止めたという。
不思議なことに、その文化祭の夜、準備室に再び誰かが入った痕跡があった。
引き出しの中に――一枚だけ、新しいティッシュが追加されていた。
それには、乾ききった“涙の跡”が、くっきりと残っていたという。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第64話『美術準備室の引き出しから、“乾いた涙”が出てくる』をお読みいただき、ありがとうございました。
表に出せない感情も、形にはならなくても、どこかに確かに存在しています。
それを記憶として封じ込める場所が、たとえ引き出しの奥であっても――
誰かが見つけてくれるのを、待っているのかもしれません。
次回は『第65話:旧校舎の黒板に、毎朝“誰かの欠席理由”が書かれている』を予定しております。
―――――――――――――――――――――――
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