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第69話:夜の図書室でページをめくる“誰かの指”

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放課後の校舎は、夕暮れの影に包まれ、廊下の端からひとつ、またひとつと明かりが消えていく。
図書委員の藤森晃はその日、返却本の整理のためにひとり図書室に残っていた。

古い木製の書棚に囲まれた静寂な空間。
ページをめくる音さえ響くほどの静けさの中、彼は黙々と作業をこなしていた。

閉館時間のチャイムが鳴る直前、藤森は気づいた。
奥の閲覧席――閉じたはずの机の上の本が、いつの間にか“開いている”。

タイトルは《失われた時間の書》。
図書室でも滅多に借りられない、歴史文献のような分厚いハードカバー。

「誰かが読みかけたのか……?」

そう思いながら近づいたときだった。

パサッ――。

目の前で、誰もいないのに本のページが一枚、自然にめくれた。

藤森は立ち止まった。風もない。窓も閉まっている。
それでも――ページは再び、誰かの手によってそっとめくられるように、静かに動いた。

ぞくりと背筋を走る冷気。
彼は本能的に、閲覧席の椅子の向こう側に目を向けた。

そこには、“人が本を読んでいる時の”手の跡が、机のほこりにくっきりと残っていた。
まるで誰かが頬杖をつきながら、しばらく本に没頭していたかのように。

だが、それだけではない。
ページをめくった直後、紙の端に指紋が浮かんだのだ。

それは湿った、赤黒い痕だった。

驚いて藤森は後ずさる。だが、そこでもうひとつの異常に気づいた。

さっきまで読んでいたページに――“現在の時刻”が書かれている。

「二〇時四三分――ページをめくる音と、呼吸音。読んでいるのは一人ではない」

時計を見ると、まさに今がその時刻だった。

彼は慌てて本を閉じ、書架に戻そうとするが、どうしても棚の隙間が見つからない。
まるで、その本は“返却”されることを拒んでいるようだった。

その瞬間、背後の書架から、どさりと本が落ちた。

見れば、それもまた《失われた時間の書》――同じ本だった。

いくつもの同一の本が、いつの間にか棚のあちこちに並んでいる。
そして、どの本の最終ページにもこう記されていた。

「読者の記憶は記録された。次に記されるのは――“あなたの消失時刻”。」

藤森は叫び声をあげて図書室を飛び出した。

それ以来、彼は本が読めなくなった。
教科書もノートも――見るたびに、文字が変形し、“読まれている”感覚に襲われるからだ。

図書室のその席は、今も開かれたままだという。
閉館間際、本棚の陰からふと誰かの影が見えることがある。
その“読者”は、いつも誰かと対話しているように――目の前の本と、誰かの記憶に語りかけているのだ。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第69話『夜の図書室でページをめくる“誰かの指”』をお読みいただき、ありがとうございました。

読むことは知識を得ることですが、時に“読まれる”側になる危険もあります。
それがもし、書物ではなく“あなたの記憶”だったとしたら……。

次回は『第70話:無音の放送室から響く“校歌のない旋律”』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――
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