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第73話:音楽室のカーテン裏に立つ“指揮者”

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午後、誰もいない音楽室。
鍵は閉まっており、授業は空き時間。
にもかかわらず、廊下を通ると――

「ワン、ツー、スリー、フォー」

はっきりと聞こえる、指揮のカウント。

しかもその声は、カーテンの向こうから響く。

この話を初めてしたのは、吹奏楽部に所属していた卒業生だった。

「練習後に片付けをしていたら、誰かがカーテンの陰にいるのに気づいたんです。影がね、床に落ちてた」

その影は、両手を広げた姿だったという。

まるで観客の前に立つ指揮者のように、両腕を広げ、静止していた。
ただ、それだけなら“誰かのいたずら”とも思えた。

だが、問題は次だ。

そのカーテン裏に誰もいないことを確認して以降、音楽室に奇妙な現象が相次いだ。

・誰もいないのにピアノの蓋が開く
・スコアの譜面に、見知らぬ“音符の群れ”が書き足されている
・吹奏楽の録音を聞くと、“本来いないはずの指揮の掛け声”が入っている

特に最後の現象は顕著で、顧問の教師が正式に調査を申し入れたほどだった。

録音の中にだけ残されている声――
「そこはもっとやわらかく」「止めて、次の準備を」「そう、それでいい」
それは、かつてこの学校に在籍していた、伝説の指揮者・北山陽司の声に酷似していたという。

北山は五年前、事故死している。
部員の引率中、交通事故で命を落とした。
吹奏楽部にとっては“神”とまで称された存在だった。

だが、その彼の死後、演奏は崩れた。

「まるで、導く人がいなくなったみたいだった」と、当時の生徒は語る。

その年の冬、ある生徒が部活後に録音した演奏を確認し、
“自分たちのものとは思えない美しい仕上がり”に驚いた。

そこには、練習中にはなかった一貫したテンポ、調和したブレス、そして静かな集中があった。

そして、その音源の最初に、こう記されていた。

「録音日時:未記録」
「演奏者:未登録」
「指揮:北山陽司」

音楽室のカーテン裏。
そこには今でも、彼が立っているのかもしれない。
手を掲げ、リズムを刻み、誰よりも真摯に、音と向き合っている。

たとえ、自身がもう音を発せなくても――
演奏を導く者として、その役割を捨てられずに。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第73話『音楽室のカーテン裏に立つ“指揮者”』をお読みいただき、ありがとうございました。

音楽という“形なきもの”は、想いと共に留まり続けます。
それを信じる者がいる限り、指揮棒は振られ続けるのかもしれません。

次回は『第74話:黒板の端に書かれた“消せない指文字”』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

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音が止まったはずの場所に、想いが残っている。
それが、怖いのか、美しいのか――読み手のあなたに委ねられています。

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