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第76話:夕暮れの階段で、声を合わせてはいけない

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放課後、階段にひとり残って歌を口ずさんでいた生徒がいた。
校舎の東棟、五階と四階の間にある踊り場。
その場所は、校内でもとりわけ夕日がきれいに差し込む。

「いつも、誰もいないんです。夕日がきれいで、声もよく響くから、ちょっと歌ってただけで」

そう語ったのは、合唱部の新入生だった柏原詩帆。
彼女は、ある日の放課後、階段の途中で一人で歌を練習していたという。

ふと、自分の声に重なるようにして――もうひとつの声が聞こえた。

それはハモリでも、こだまでもなく、ぴったりとした重なり。

同じ音程、同じテンポ、同じ歌詞。
「まるで録音された自分の声が、すぐ隣で再生されているみたいだった」と彼女は言う。

初めは、誰かが後ろでふざけているのかと思った。
だが振り返っても、誰もいなかった。
階段の上も下も空っぽで、夕日だけが差していた。

それでも、彼女の声に合わせて“もうひとつの声”は歌い続けた。
止まれば、相手も止まる。
再開すれば、また同時に始まる。

……違和感に気づいたのは、歌詞の一節がズレた瞬間だった。

「私、“丘の上で風を待つ”って歌ったんですけど、相手の声は“丘の下で影を待つ”って言ってたんです」

まったく違う歌詞。けれど、同じ旋律で完璧に重なる。

その瞬間、彼女の足元で“階段の音”が鳴った。
誰もいないのに、すぐ後ろの一段が、ぎ、と軋んだという。

彼女は階段を駆け下り、職員室に駆け込んだ。
以来、彼女は決して夕暮れの階段で歌うことをやめた。

だが、それからというもの、合唱部の練習中、奇妙な現象が起きるようになった。

・録音すると、誰も歌っていないパートが入っている
・パート練習中、重ならないはずの声がどこかから聞こえる
・歌詞カードに“存在しない歌詞”が印刷されている(校章が微妙に崩れていたという)

そしてついに、ある日。
別の部員が「この間の録音、聴いてみたら変なんだよ」と言ってきた。

再生してみると、最後の部分にだけ“詩帆の声ではない”何かが割り込んできた。
それは囁き声だった。

「声を重ねてくれて、ありがとう。もう少しで、会えたのにね」

それ以降、その部員は退部した。
そして、詩帆はあの踊り場の前を通るたびに――
自分の声にそっくりな“別の何か”が、階段の上から呼びかけてくる感覚に襲われている。

「次は、あなたの歌に、私が重ねる番だから」

**“声を合わせてはいけない”**という噂は、静かに広がっていった。

階段の夕暮れに、響く歌声があるならば、
それは“あなたの声ではない”かもしれない。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第76話『夕暮れの階段で、声を合わせてはいけない』をお読みいただきありがとうございました。

“音”は消えても、“記憶された音”は場所に留まり、
ふとした瞬間に重なり合う。
その交錯が、恐怖を生むのか、あるいは忘れられぬ出会いなのか――
それは、歌い手次第なのかもしれません。

次回は『第77話:白線を越えたその日から』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

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