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第77話:白線を越えたその日から

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彼女がそれを踏んだのは、何気ない通学の朝だった。

小雨の降る登校路。
アスファルトに白く引かれた通学用の安全ライン。
その内側を歩くのが、校則で定められていた。

「白線の外は、歩いちゃダメよ。危ないから」
昔から、そう言われてきた。
しかしその日、傘を直そうと足元に気を取られた拍子に、
彼女――南條綾音(なんじょうあやね)は左足だけ、白線の外に出してしまった。

たったそれだけのこと。
ほんの数秒だった。

でもその夜から、彼女の“世界”が少しずつ変わり始めた。



まず最初に気づいたのは、通学路の様子だった。

白線の向こう、いつもなら“ただの側溝と植え込み”があるだけの場所に――
何かが立っていた。

黒い服、細長い身体。
顔は見えない。だが、ずっとこちらを見ている気がする。

二日目、彼女は白線の上をなるべく歩かないようにした。
だが、その日から、夢の中にも“白線”が現れるようになった。

延々と続く一本の白い線。
足元には“こちら”と“そちら”を分ける境界。
誰かの囁く声が響く。

「……越えたからには、こちら側に来てもらう」

三日目の朝、綾音は気づいた。
通学路の風景が、微妙に違っている。
いつもの電柱が少し低くなり、カーブミラーの角度が違っていた。
通り過ぎる人々の顔が、どこか“ぬけ落ちたように”無表情だった。

「ねえ……ここ、どこなの?」

友人にそう訊ねると、友人は微笑んだ。
だがその目は、まばたきもせず、動いていなかった。

「あなた、もう白線の外でしょ?」

四日目、綾音の家の玄関の前にも、白線が引かれていた。

五日目、教室の自分の席だけ、床に白線で囲まれていた。

六日目、朝起きると部屋の中に、白線が幾重にも引かれていた。
ベッド、机、窓――すべてを囲むように。

そして七日目。
彼女が朝、玄関を出ようとすると――
玄関の床に書かれていた一文が、血のような赤で、こう告げていた。

「こちら側の人間に、なりました」

綾音はその日から、誰とも会話をしなくなった。
家族も、学校の誰も、彼女を見つけられなくなった。

だが毎朝、通学路の白線の向こう側には、
ひとりの女子生徒が立っているという。

傘も差さず、声も出さず、白線の向こうでじっとこちらを見ている。
誰も話しかけようとしない。
いや、話しかけた人が、次々と姿を消しているのだという。

――越えてはならない境界は、どこにでもある。
その線を踏んだとき、あなたの世界はもう、“そちら側”だ。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第77話『白線を越えたその日から』をお読みいただきありがとうございました。

日常の中にある“境界線”には、意味があります。
それは物理的な安全のためだけでなく、何かを“分けるため”のもの。
けれど、知らずに一歩を踏み越えたとき――
あなたが戻る場所は、もう元通りとは限りません。

次回は『第78話:返された図書カード』を予定しています。

―――――――――――――――――――――――

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今日、あなたが歩いた白線の向こう――
誰かが、じっと見ていませんでしたか?

引き続きの応援、いいねとフォロー、よろしくお願いいたします。
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