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第81話:夏の終わり、机の中の封筒

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それは、残暑がやけに厳しかった八月の終わりのことだった。
教室の隅では扇風機が、頼りなさげに軋む音をたてて回っていた。
窓の外からは蝉の鳴き声。だけど、生徒たちの間では“もうすぐ終わる季節”という焦りが漂っていた。

二学期初日のことだった。
机の中に、誰のものでもない白い封筒が入っていた。

差出人もなく、宛名もなく。
けれど、中を開けたある生徒は、真っ青な顔で封を戻し、そして二度と登校しなかった。



「……これ、あんたのじゃないの?」

担任の先生が回収しようとしたその封筒は、毎日どこかの机の中に移動していた。
先生が職員室に持ち帰っても、次の日には別の生徒の机に入っている。

封を開けた生徒たちは、誰もが同じ反応を示す。
手の震えを止められず、目を伏せ、しばらく誰とも話さなくなる。

ただ、ひとりだけ。
あの日、転校してきたばかりの少女が、こう言った。

「……あの封筒、“思い出すためのもの”だよ」

彼女が語ったのは、夏休みに起こった、ひとつの事故だった。

この学校では、十年前の夏。
“ある生徒”が校舎内で事故に遭い、命を落とした。
だが、それを知っている生徒も教師も、誰一人いなかった。
記録にも、記憶にも、その名は残っていない。

「でも、確かに、いたの」

封筒の中に入っていたのは――クラス写真だった。
今のクラスのメンバーが写っている写真。
けれど、中央にひとり、“誰なのかわからない顔”が写っていた。

その顔は、見るたびに変わる。
開けた人にとって、一番“記憶に残っていない顔”に変わるのだ。

だから、生徒たちはみな口を閉ざす。
「こんな子、知らない」
「写りこんだだけだろ」
「合成写真だよ」

だが、転校生の少女は、ある名前を言った。

「……コシミズ・ミオ」

聞いた瞬間、クラスの全員が手を止めた。
一斉に彼女を見て――そして、誰もがその名前に心当たりがある気がした。

ただ、どんな顔だったか、何があったのかが思い出せない。

彼女の席は、教室のどこだったのか?
彼女は、誰と仲が良かったのか?
――誰も答えられなかった。

だが、封筒の写真には、たしかに“彼女らしい少女”が写っている。
その手には、白い封筒が握られていた。

その日以来、封筒は誰の机にも現れなくなった。

代わりに、教室の壁に貼られた掲示板のすみ。
その一角に、小さな写真がいつの間にか貼られていた。

『三年一組 夏の記録』
その中央に、笑っている少女が写っている。

名札も、名前も、そこにはない。
けれど、彼女はきっと――もう一度、誰かに思い出されたかったのだろう。

そしてそれは、ようやく果たされたのかもしれない。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第81話『夏の終わり、机の中の封筒』をお読みいただきありがとうございました。

人の記憶は不確かで、都合よく忘れてしまうこともあります。
ですが、忘れられたくなかった“誰か”がいたとして――
それでもなお、記憶の扉を叩いてくることもあるのです。

次回は『第82話:下駄箱の“合わない靴”』を予定しております。

―――――――――――――――――――――――

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それは、“何か”を思い出してほしいという、誰かの願いかもしれません。

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