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第88話:昇降口の鏡に映るのは

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その鏡は、古い校舎の昇降口にひとつだけ残されている。
腰ほどの高さに設置された、縁の欠けた、どこか歪んだ鏡。

かつては整容チェックのために設けられたものだったらしいが、
今では校則もゆるくなり、誰も気にしなくなった。
それでも、“最後に昇降口を出る生徒”は、なぜか一度、その鏡を見る。

そうしなければいけない気がして。



部活動を終えて、誰もいなくなった昇降口。
生徒の一人が靴を履き替え、ふと顔を上げると――

鏡の中の自分が、一瞬だけ別の表情をしたという。
まるで、悲しそうに微笑んだような。

「あれ?」と思った瞬間には、もう元通りだった。

次の日。彼の下駄箱に、誰のものでもない白い上履きが一足、揃えて置かれていた。

名前も、刺繍もない。だが、どこか懐かしいにおいがしたという。



別のある年、補習で遅くなった女子生徒が、夜の昇降口で鏡を見た。

鏡の中で、自分の後ろに“誰か”が立っていた。
見覚えのない制服。長い髪。表情のない顔。

慌てて振り向くと、そこには誰もいなかった。

だが、鏡の中には――まだ、立っていた。

怖くなった彼女は、鏡を布で覆った。
それ以来、その布は一度も外されていない。

けれど、深夜に警備員が通るとき、その布の下から、ぴったりと誰かの顔が貼りついているように見えるという。



誰もいなくなった夜、廊下の奥から昇降口のほうへ歩いていく影がある。
それは、在校生ではない。
職員でもない。
けれど、必ず一度鏡の前に立ち、じっと――自分が誰かを確認するように顔を近づける。

そして、その顔が“鏡に合わなければ”、静かに去っていく。
だが、もし一致してしまったら……。

次の日の朝。
その名札は、すでに昇降口の壁に掛けられている。

かつて、在籍していた誰かのものだった名札が――誰にも説明できない形で。

鏡に映るのは「今の自分」ではない。
そこに映るのは、「誰かの“見たかった自分”」なのだ。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第88話『昇降口の鏡に映るのは』をお読みいただきありがとうございます。

日々通り過ぎる場所ほど、記憶の層が重なりやすいもの。
鏡は“今”を映すだけでなく、“誰かの記憶”も映すのかもしれません。

次回は『第89話:音の鳴らないチャイム』。
止まったはずの鐘が、誰かのためにだけ、鳴ります。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
帰りが遅くなったとき、昇降口の鏡を見ましたか?
そのとき、あなたの後ろには――誰が、いましたか?

続きを読みたい方は、**「いいね」と「フォロー」**をよろしくお願いいたします。
語り部は、まだ声を潜めて待っています。
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