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第92話:雨が降る階段
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その階段は、校舎の南棟と旧校舎をつなぐ渡り廊下の下にあった。
昼間は誰も使わず、地面も乾いている。
けれど、夕方近くになると、階段の中腹だけが濡れていることに気づく。
晴れているのに、水の跡。
コンクリートが暗く染み、ぽつり、ぽつりと足音のような水滴が刻まれていた。
生徒たちは、そこを「雨の階段」と呼んでいた。
◆
放課後の清掃当番だった男子生徒・澤村は、その階段をバケツを持って通りかかった。
静かな廊下の奥で、水音が響いた。
「ぽちゃん……ぽちゃん……」
不思議に思って見下ろすと、誰もいないはずの階段に、濡れた足跡がひとつ、またひとつ。
階段の下から、まるで誰かがゆっくりと昇ってくるように、足跡が一段ずつ増えていく。
だがそこに、人影はなかった。
彼は声をかけようと口を開いたが、喉の奥から出た音は、まるで雨音のようだった。
「……しずく、かえして……」
◆
次の日、澤村は学校を休んだ。
誰も理由を知らなかった。
だが、階段の中腹には、新しい水跡が残っていた。
そこから下は乾いたまま。
上も濡れていない。
ただ、中ほどの五段分だけが、まるで“しずく”を踏みしめるように濡れていた。
それ以来、放課後にその階段を通る者はいなくなった。
ただひとり、掃除用具を片づけに来た用務員の女性がこう言った。
「階段の途中に……傘をさした子どもが、立っていたのよ。顔は見えなかったけど、たしかに、雨の音がしてたわ」
◆
校内のどこを調べても、その場所だけは雨が降る。
いつも五段だけ。
同じ高さで、同じ湿り方で。
そして、時折――そこに“誰かが立っている”という報告が上がる。
けれど、その“誰か”は名簿にいない。
学籍にも記録がない。
傘を差した、濡れた足の子ども。
ぽつりぽつりと音を立てて、昇ることも、降りることもないまま――
そこに、ずっと立っている。
降らない雨の中で、帰る場所を探して。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第92話『雨が降る階段』をお読みいただきありがとうございました。
人は濡れていなくても、なぜか“雨の記憶”を持つことがあります。
誰の涙か、誰の願いか。階段の音は、今夜も静かに降り続けています。
次回は『第93話:音楽室、最後の鐘』。
誰も弾いていないピアノから、夜な夜な“音階のない旋律”が聞こえてくるという話です。
―――――――――――――――――――――――
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あなたの足元にも、水の音はしていませんか?
見上げた空が晴れていても、そこには“見えない雨”が降っているかもしれません。
続きをお楽しみいただける方は、ぜひいいねとフォローをお願いいたします。
語りは、いよいよ残り八話です。
昼間は誰も使わず、地面も乾いている。
けれど、夕方近くになると、階段の中腹だけが濡れていることに気づく。
晴れているのに、水の跡。
コンクリートが暗く染み、ぽつり、ぽつりと足音のような水滴が刻まれていた。
生徒たちは、そこを「雨の階段」と呼んでいた。
◆
放課後の清掃当番だった男子生徒・澤村は、その階段をバケツを持って通りかかった。
静かな廊下の奥で、水音が響いた。
「ぽちゃん……ぽちゃん……」
不思議に思って見下ろすと、誰もいないはずの階段に、濡れた足跡がひとつ、またひとつ。
階段の下から、まるで誰かがゆっくりと昇ってくるように、足跡が一段ずつ増えていく。
だがそこに、人影はなかった。
彼は声をかけようと口を開いたが、喉の奥から出た音は、まるで雨音のようだった。
「……しずく、かえして……」
◆
次の日、澤村は学校を休んだ。
誰も理由を知らなかった。
だが、階段の中腹には、新しい水跡が残っていた。
そこから下は乾いたまま。
上も濡れていない。
ただ、中ほどの五段分だけが、まるで“しずく”を踏みしめるように濡れていた。
それ以来、放課後にその階段を通る者はいなくなった。
ただひとり、掃除用具を片づけに来た用務員の女性がこう言った。
「階段の途中に……傘をさした子どもが、立っていたのよ。顔は見えなかったけど、たしかに、雨の音がしてたわ」
◆
校内のどこを調べても、その場所だけは雨が降る。
いつも五段だけ。
同じ高さで、同じ湿り方で。
そして、時折――そこに“誰かが立っている”という報告が上がる。
けれど、その“誰か”は名簿にいない。
学籍にも記録がない。
傘を差した、濡れた足の子ども。
ぽつりぽつりと音を立てて、昇ることも、降りることもないまま――
そこに、ずっと立っている。
降らない雨の中で、帰る場所を探して。
―――――――――――――――――――――――
あとがき
第92話『雨が降る階段』をお読みいただきありがとうございました。
人は濡れていなくても、なぜか“雨の記憶”を持つことがあります。
誰の涙か、誰の願いか。階段の音は、今夜も静かに降り続けています。
次回は『第93話:音楽室、最後の鐘』。
誰も弾いていないピアノから、夜な夜な“音階のない旋律”が聞こえてくるという話です。
―――――――――――――――――――――――
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