百の話を語り終えたなら

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第93話:音楽室、最後の鐘

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旧校舎の三階、一番奥にある音楽室。
昼間は使われておらず、棚には古い楽譜が眠り、グランドピアノには布が掛けられている。

生徒たちは、そこを“鳴らない部屋”と呼んだ。
なぜなら、どの鍵盤を押しても音が出ない。
整備されていないせいか、それとも――何かが封じられているのか。

だが、それは昼間の話だ。



放課後六時を過ぎると、鍵のかかった音楽室の中から、かすかな旋律が聞こえてくる。

誰が弾いているのかはわからない。
だが、音には“階名”がない。

ドでも、ミでも、ラでもない。
ただ、指先が鍵盤に触れた“感触”だけが、音として空気を震わせていた。

まるで、弾いている本人にしか聞こえない旋律。

ある日、吹奏楽部の少女・綾音が、一人で旧校舎に譜面を取りに行った。

その時、彼女は“音のない音”に引き寄せられ、音楽室の扉の前に立った。

ノブに触れた瞬間――中からピアノの音が止んだ。

彼女は思わずノックした。
三度目で扉が、軋むようにゆっくりと開いた。

誰もいない。
だが、ピアノの布は外され、鍵盤はまだ温かかった。

その上には、一枚の五線譜が置かれていた。

何も書かれていない、真っ白な五線譜。
けれど彼女には、“旋律”がそこに見えた。

そして、その譜面の左上に、小さな文字が書かれていた。

「第93話:音楽室、最後の鐘」



その日以降、綾音は誰にも見えない指導者のもとで、音楽室に通い続けた。

鍵はいつも開いていた。
ピアノの鍵盤も、夜だけはよく響いた。

彼女の演奏は、日を追うごとに“人間離れした”ものになっていった。

誰にも弾けない速度で、誰も知らない曲を、彼女は弾いた。

だが、彼女は次第に声を失い、やがて姿も見えなくなった。

それでも、夜の音楽室からはピアノの音が聞こえる。

階名のない旋律。
そして、ときおり混じる、鐘の音。

それは、何かの“終わり”を告げるようだった。

――ある夜、最後の鐘が三度、鳴った。

翌朝、音楽室には誰もいなかった。

ただ、グランドピアノの蓋が閉じられ、譜面台に一冊の楽譜が残されていた。

その表紙にはこう書かれていた。

「百の話を語り終えたなら 余白の楽譜」

――これは、誰が書いた曲なのか。

それとも、まだ語られていない“次の話”のための楽譜なのか。

誰にも、わからない。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第93話『音楽室、最後の鐘』をお読みいただきありがとうございました。

旋律のない音楽は、音ではなく“記憶”そのものなのかもしれません。
誰にも聞こえない曲が、静かに誰かを呼び寄せるように。

次回は『第94話:抜け落ちたページの告白』。
図書室のある本から、一ページだけが消えている――その理由を知った者は、誰にも話せなくなるという話です。

―――――――――――――――――――――――

いいね・フォローのお願い
耳を澄ませば、あなたの周囲にも聞こえない旋律があるかもしれません。
静かな夜ほど、それは確かに鳴っているのです。

続きをご覧になりたい方は、ぜひいいねとフォローをよろしくお願いします。
語りも、いよいよあと七話。最後の“鐘”が鳴る前に、どうぞ。







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