百の話を語り終えたなら

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第98話:百の声をもつ者

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その“存在”の名前を知る者はいない。

語る者がいれば、そこに生まれ、
聞く者がいれば、そこに宿る。
それは形を持たず、声だけで“現れる”。

“百の声をもつ者”とは、語られたすべての“怪異”を記録し、それを誰かに伝え続ける存在だと言われている。

そして今、誰かが「九十八話目」を話そうとしていた。



三嶋慧(みしまけい)は、百物語を集める大学サークルの一員だった。
この一年、各地の学校、病院、山中の村々を巡って“語り”を集めていた。

あと三話。
九十八話まで集まったとき、慧はふと気づく。

ノートに記録された話の“順番”が、ある日を境に入れ替わっているのだ。
自分が書いた順番ではない。
語られた土地や人物の関係性が、まるで“誰かが再編集”したように並び変わっていた。

最初は、他の部員が触ったのかと思った。
だが誰も、記録には触れていない。

その日から、慧は声を聞くようになった。

夜、家の壁の内側から響くささやき。
電車のアナウンスにまぎれる、知らない名前。
夢の中で、見知らぬ少女がこう言うのだ。

「ありがとう。もうすぐ全部、揃うから」



九十八話目の夜。

慧の部屋には誰もいないはずだった。

それなのに、壁の隅に“誰かの影”が立っていた。
その影は喋るわけでもなく、ただ静かに、慧の声を“繰り返して”いた。

まるでテープレコーダーのように、今まで慧が語ってきた九十七の怪談を、声色を変え、順番通りに、正確に――いや、“正確以上”に再現していた。

「……誰だ」

そう言った瞬間、影が答えた。

「あなた」

そして、こう続けた。

「百の声が揃えば、私は“かたち”を得る。
 その時、あなたは“口”になる。
 語る者の口となり、百の話を永遠に繰り返す存在になる」

慧は、自分がただの“収集者”ではなかったことに気づいた。

――自分自身が、百の話目になるのだと。



その夜を最後に、慧は失踪した。
ノートだけが机に残されていた。
最終ページには、こう書かれている。

「第99話:つづけ、わたしのかわりに」

語りは、まだ終わっていなかった。

―――――――――――――――――――――――

あとがき
第98話『百の声をもつ者』をお読みいただき、ありがとうございました。

語られることで“生きる”存在、声によって形を得るもの。
それはもしかすると、この連作を読んでくださっている“あなた”の中にも宿っているのかもしれません。

次回は『第99話:つづけ、わたしのかわりに』。
百話目に至る“前夜”を描きます。
いよいよ、終わりが近づいてまいりました。

―――――――――――――――――――――――

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誰かが話すかぎり、“その声”は続きます。
あなたが読んでくださるかぎり、物語は形を得ます。

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