if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと

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第九話

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「梅雨が明けぬな」

家康が外の景色を見ながら呟いた。
この二ヶ月ほどで急激に老け込み、井伊直政や本多忠勝など、今は亡き名将たちの名前を呼ぶようになった。
そして、日に日に彼の元から人はいなくなり、今では警護にあたる伊達政宗と水野勝成のみである。
二人とも優秀な能力の持ち主であり家康自身も敗戦したとは言え、まだ最大権力者であることは間違いない。
それ故に諸大名は伊達と水野の領地は狙えない。

伊達政宗……彼は野心の塊と言われるが、そんなことはない。
彼は夏の陣では他の大名よりも兵士を動員し、自らも前線を指揮した。
正史でも、三代将軍である家光から祖父のような扱いを受けるほどの関係となっている。

「しっかりなされい! 忠勝殿も直政殿も、もうおりませぬ!」

政宗は家康を激励する。

しかし、


「さようか……」

と、家康は俯きながら言うのみである。

雨が優しい音を奏でながら降り始める。
彼はそれを見つめながら思い出す……敗戦。


大坂夏の陣。
家康側からはどう見えていたのだろう。

1615年5月
激しく競り合う徳川と豊臣。

緊迫した戦の最中ではあるが、戦国時代・最後の戦となるであろう夏の陣を物見に近いかたちでやってきた黒田長政と細川忠興。

もはや、豊臣家の敗北は誰の目から見ても明らかであり、その二人からは豊臣秀頼助命の願いを家康は受けている。

その様子を見ていた立花宗茂や片桐且元は呆れたように鼻でため息をする。

ーー形式的なものであろう。

本気で思っていないことは明白である。

長政と忠興、二人とも豊臣恩顧であり、家康は義理を重んじるタイプ。
あっさり秀頼を見捨てたとあれば、心象が悪い。

ーー猿芝居か……


且元は呆れた。

それは当たっていた。
家康が断ると、二人はすぐに諦め笑顔で過去の戦自慢を開始する。

しかし、宗茂の顔が見る見る青ざめ始めていく。

ーー何かがおかしいぞ。

 
「どうなされた? 宗茂殿?」

且元が宗茂に尋ねた。

「おかしい……」

「何がだ?」

「もう昼前でござるぞ……なのに、大阪方の部隊が崩れたという報告がない。見たところ一進一退の状況ではないか……」

偶然、話を耳に入れた長政が笑いながら言う。

「何を言うか? 長期戦となれば兵士数や物資が多い我らが勝つのは明白。じっくりと待てばよい!」

しかし、五時間近く経っても何の報告もない。
長引けば長引くほど、秀頼出馬の可能性は高くなる。
そうなれば、また話は変わってくる。
そして、家康は退路を断つという名目で三日分の食料しか用意していない。

ーー早く終わらせねば、冬の陣以上の惨事となるぞ! 長政も忠興も鈍ったか?

ガチャガチャ

という甲冑が重なり合う音。
甲冑がボロボロになった兵士からやっと報告がくる。

家康はため息をつきながら

「何をやっておる? 遅いぞ。ようやく、真田の小倅や又兵衛の首を持ってきよったか?」


「……藤堂高虎隊、全滅! さらに高虎殿も討死! 他にも片倉小十郎殿、本多忠朝殿が討死! 此度の戦の損害、過去に例を見ないほどにございます!」

宗茂は声を震わせながら尋ねる。

「ひ、秀頼は出馬か……」

「……はい。しかも、それにより士気が上がり、亡くなった兵たちから武器を奪った民たちが我らに襲いかかり始めました」

大坂城に入れなかった民が粘る豊臣軍に勝機があると見出し、兵士を襲い始めたのだ。
それにより、各地でゲリラ攻撃が開始される。
長宗我部隊に敗走した藤堂高虎隊は民兵に兵士を削られた挙句、途中で木村重成隊と出会してしまい、名もなき民に討ち取られてしまう。

民たちの闘い方は異常そのもので棍棒のようなもので殴る、噛み付く……そして、亡骸から武器を奪う。

「これで侍大将や!」
「高く売れそうや!」

などと言う。

「これが誉高い武士の闘いか?」

作法などない闘い方に怖気付く兵士たち。

急遽、軍を立て直すべく黒田長政や細川忠興、立花宗茂は前線に立つが、すでに手遅れだ。

彼らの抵抗は火に油を注ぎ、屍の山を作り続けた。
そして、秀頼自身も前線にやって来て急遽参戦した宗矩ら柳生一族の者たちを鋭い斬撃で斬り伏せたと言う。

その太刀筋は塚原卜伝を彷彿とさせ、ますます秀頼は神格化されていった。

生命の危機を察した徳川秀忠は柳生一族が時間を稼ぐ間に京まで逃げ、上杉と合流。
そのまま上杉軍と共に駿府まで逃げたという。

夕方ごろになると、幕府軍はますます大混乱となり、

「片桐且元が裏切ったぞ!」
など、味方同士でも攻撃をし合う。

もはや、後藤又兵衛と真田幸村、明石全登は攻撃するまでもなかった。
農民たちのゲリラ攻撃と疑心暗鬼になった幕府軍の同士討ち。
それでも、大野治房が命令を無視して何度も幕府軍本陣を攻撃する。
西国無双と呼ばれた立花宗茂であるが、大野治房のような戦慣れしていない将相手に大苦戦を強いられた。

ーーもはや、戦にならぬな。

徳川家康は放心状態で戦況を見つめる。

史実では追い詰められたとは言え、圧倒的に有利だった幕府軍。
しかし、今は敗北するしかない。
それも、一番負けてはいけない戦に……
家康は腹を斬る気力もなく、周囲の武将に促され、一度退却した。

兵糧や最新鋭の武器も大坂方に奪われ、夜通しで攻撃され、恩賞欲しさに民たちは軍団を形成し攻撃される。

諸大名たちは退散し、逃げるように自国に戻り、残ったのは伊達政宗と立花宗茂、水野勝成と井伊や榊原などの恩顧の大名のみ。

次の日、関ヶ原より早く勝敗は決した。
立花宗茂を殿軍として、早々に徳川家康は京に離脱。
井伊、榊原は全滅状況となり、必死で自国まで逃げ帰る。

「追うな。家康殿は父上を支えてくれた恩がある。講和により解決できるはずだ」

秀頼は祖父のような存在である徳川家康に情けをかけた。

そして、三方ヶ原以来の情けない敗走をした家康の精神は崩壊してしまい、今に至る。

「時が経つのは早いな。家康殿は心を病んでいると聞いたが、どうなのであろうか?」

秀頼は夏の匂いを嗅ぎながら馬を走らせた。

徳川家康からの誘い。

秀頼は嬉しかった。
確かに家康は自分を亡き者にしようとした存在。
だが、今は大切な家族の一人……祖父であり、家康なりに豊臣家を存続させようと努力してきたことにも彼は気づいており、どうにかして和解したいと考えている。
そして、何よりも豊臣秀頼は剣術砲術に長け、戦略眼もあり、戦の能力は確かにあるものの本心では人を殺すという行為を嫌っている。

ーー私のことで自害されては本末転倒。私は家康殿と共に生きるために闘ったのだ。

秀頼は笑みは浮かべているが、内心は家康を心配していた。
彩女は

今、秀頼は彩女、薄田兼相、豊臣家と徳川家の仲介となった片桐且元と共に二条城に向かっている。

「祖父上と会うのが楽しみだな!」

楽しそうにしている秀頼を窘めるように彩女が言う。

「秀頼。気をつけろ。家康の罠かもしれん」

「罠でも良い! そこで死ねばそれまでというもの」

いや、死んではならない。
豊臣家が勝ってしまったのだ。
大坂、大和、紀伊を治める一大勢力となり、今でも福島、島津や毛利などから協力の文が届くくらいである。
秀頼が亡くなれば権威のなくなった徳川家が残るのみ。
この状況で家康が亡くなれば戦が上手くはない秀忠しかいない。
これでは統制は取れず諸大名同士の争いが始まるだろう。
それくらいの考慮はできるだろうが、少しでも生き長らえたい徳川家がどう出るかわからない。
おそらく、今、京に攻め上がり徳川家康を降伏させるのが良いのだろうが、秀頼にその気はない。
彼は「豊臣家は既に権威は失墜しており、また戦国の世になる」と思っている。


ーーどうにか、徳川家康と和解せねばならない。


秀頼は強く思っていた。

彼はふと隣にいる彩女を見ると、何かに悩む深刻な表情をしている。

「どうした? 体調が悪いのか?」

秀頼は馬上で微笑みながら彼女に尋ねた。

「少し考えごとをな……秀頼……あの……いいか?」

「ああ、何でも言ってくれ」

彩女は雪の結晶のように白い肌を赤くさせて、躊躇いながら言う。

「私はどんなことがあろうとついて行くからな。お前が誰の血を継いでようが構わない」

側にいた兼相と且元の顔が引き攣る。

ーーこの女……おそらく、秀頼様の出自を知っている。天海から聞いたのか?

しかし、秀頼は笑顔で返す。

「誠にかわいいな……彩女は」

「ふ、ふざけるな! 私は本気で……も、もう知らん!」

彩女が拗ね、横を向き、秀頼は仕方ないなぁという感じで微笑む。
彼らの周囲がまた明るくなった。そこは雨が降り始めた京からはまだ遠く太陽が照らされ光に満ちていた。

続く
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