if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと

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第十一話

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大坂夏の陣。
柳生部隊の猛攻撃に豊臣秀頼本隊が崩れ始めていた。
達人の域にある彩女や薄田兼相ですら、その剣技の前に圧倒されていた。

「秀頼! 逃げろ!」

必死に戦う彩女であったが、柳生の前では無力であった。
彼女は一の太刀を使えると言えど、暗殺に特化させた剣技にアレンジしており真っ向からの斬り合いには向いていない。

「くそっ!」

二、三の剣士は斬ることができても、あっさりと斬られてしまい、すでに背中からは血が流れている。
しかし、背後を何度も斬られているもの卓越した防御能力により致命傷は免れている。
そして、薄田兼相も限界が近い。

もはや、秀頼を守り切れる人間はいないのである。


「もはや、これまでか……」


彩女は目を瞑り、死を覚悟して思った。


ーー秀頼、ありがとうな。久しぶりに生きた心地がしたよ。



しかし、次の瞬間。

鬼の形相で剣士たちを次々に斬り伏せていく身体の大きい男がいた。


力はあるが、それに依存してはいない……その剣は繊細そのもので起動は美を体現している。
百戦錬磨である柳生の剣士たちですら、その速さを目で追うことができない。
彼らは血管を斬られる際に感じる熱さ……それと共に冥府に誘われる。
柳生の剣士たちは生まれて始めて恐怖を感じる。

秀頼と対峙することは死を意味するのだ。

やがて、剣士たちは斬撃に目が慣れ始めるがその軌道の美しさにある者は龍を描き、ある者は虎を脳内に描く。
柳生の剣士たちは皆、秀頼が奏でる幻術にも似た剣の前に虜となっていく。
そして、柳生宗矩が弟子たちを押し退けてやってきた。

「素晴らしい……斯様な剣技見たことがない。手合わせを願いたい」

秀頼は頷き、構えた。
宗矩もそれに呼応するかのように構える。

二人は互いの力量を察知して涙を流した。

「なぜ……斬り合わねばならぬ? 私は嫌だ。其方とはもっと違う……互いに高め合うことが可能であったはずなのに」

「同感にございます……秀頼様……今、貴方様が狂おしいほどに愛しい。しかし、それは命のやり取りをしているからこそ、尚一層輝くというもの。さぁ、始めましょう」

言葉がない会話。
二人は"せん"の読み合いを通し、互いの人生を語り合った。

ーーあの日、触れることを許されなかった外の世界……自由な光の世界……今、ここにある

陽の光の白が秀頼を覆う。

ーー神々しい。

宗矩は幸せを感じた。

ーー神や仏がいるとすれば、今、一番近い場所にいる

秀頼が神仏というわけではない。
ましてや、人外に近い剣技は魅せているが、また彼はまた違う存在。

ーー奴に斬られるわけではない。神に斬られるのだ。


そして、

彼は気づかないうちに斬られていた。
痛みは感じない。

首元から大量の血が流れている。
おそらく数分後には亡き者となるのだろう。

ーー最後に……秀頼に伝えなければ……

宗矩は口を震わせながら言う。

「早く出会っておれば……貴方様ともっと話したかった、話すべきことがあったはずだ。なぜだ……」

無となる……自然に帰り、物質の一つとなる幸せ。凪のような静かな心境。

「後悔しなさるな……この刹那、我らは永遠よりも長い会話を……いたしました。幸せでした」

宗矩は微笑みを浮かべたまま、魂が自然と一体化していった。
弟子の一人が宗矩を背負って他の弟子たちを引き連れて、撤退する。

「襲うな! 襲えば斬る。宗矩殿を無事に帰すのだ」

秀頼の言葉に全員が直立不動となり、宗矩を見守った。
礼儀など知らないであろう農兵たちですら、その荘厳さに神や仏の存在を感じて涙していた。


「秀頼様は神仏が遣わせたお方」


誰もがそう感じている。


秀頼は友を殺めてしまったことに罪の意識を感じる。
しかし、戻ってきた守久は言う。


「若、お気を確かに……戦はまだ終わっておりませぬ。宗矩殿のためにも勝たねばなりませぬぞ」

「しかし……」

「何を言うか! 若!」

感情が外に溢れ、涙が止まらない秀頼を守久は怒鳴った。

「宗矩殿が何のために若と闘ったか!? 武士でありましたら、理解せねばなりません! あのお方の気持ちを踏み躙るのであれば、ここで貴方様を斬り、私も腹を斬ります」

「爺、すまなかった……」

「ここに戻る前に藤堂高虎を斬りました。素晴らしい武人でございました。何のために命を散らしたか? お考えください!」

秀頼は涙を拭く。

「であったな……」

「ご安心ください。爺はいつ何時も若の味方でございますよ」

そして、互いに頷く。

「柳生勢が去れば、家康殿の本陣へ突っ込むぞ! 邪魔する者は鬼であろうと、斬れ! 今、神仏は我らと共にある! 必ずや勝つぞ!」


秀頼の号令に士気が上がり、天に突くほどの声が聞こえてくる。

それを聞いた家康。
彼は思う。


ーー豊臣秀頼……彼奴の中にある神仏に近い何かを呼び覚ましてしまったようだ。

この世界線での彼とは戦ってはいけない存在だったのだ。

豊臣秀吉が持っていた天から与えられた運、そして、覇者としての存在感、カリスマ。
それを前にした兵士たちを彼は将棋の駒のように完璧に動いた……動かしていた。
しかし、そんな彼も最後は天から見放され、醜悪な一面を覗かせたが、秀頼にその部分がない。


そして、自分が築いてきたものを一瞬にして壊されていく。

ーー負けた。


初めて感じた限界。
井伊直政も本多忠勝もいない。
"今"自身を支える家臣はいない。

「藤堂高虎殿、戦死!」

さらに、また一人いなくなる。

「ワシは何のために戦っていたのだ?」


家康の精神もまた音を立てて崩れていくのであった。

続く。


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