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1章
4話「王都の目、辺境を測る」
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ゼラード・シュミットは、終始笑みを浮かべたまま私を見つめていた。だがその目は冷たい。目の前の人間を“実験体”としてしか見ていない者の目だ。
「さて、早速ですが評価試験に入りましょうか。無論、拒否することもできますが……その場合、王都にお戻りいただく手続きとなります」
「脅しのつもり? それとも、嫌がらせ?」
「どちらでもありません。あくまで公式の“査定”です。何しろ、貴女のような“異質な魔術”の保持者が、王国軍の戦力として適格か否かを見極めるのが私の役目ですから」
私は肩をすくめ、ため息をついた。
「いいわ。受けて立つ。……だけど、後悔しないで」
ゼラードはにっこりと笑う。
「恐れ入ります」
午後、砦の訓練場は臨時封鎖され、視察官立ち合いの“魔術制御試験”が実施された。
集まった兵士たちは、私を恐れるような、あるいは興味深そうな目で見つめている。
「制御試験では三種の術式を披露していただきます。魔力圧縮、対象指定、範囲干渉。順にどうぞ」
ゼラードは、まるで誰かに授業をしているかのように淡々と告げる。
「……最初は、魔力圧縮ね」
私は深呼吸し、手をかざした。小規模な圧縮で十分。それ以上やると、場が壊れる。
「《封式・双重結界》」
空間が微かに揺れ、中心部に青白い光球が出現する。内包された魔力は、通常の術士では制御できないほど密度が高い。
兵士たちがざわめいた。だが私は、すぐに術式を解除する。
「次。対象指定」
ゼラードが頷くと、訓練用の木人形が出された。複雑に組まれた強化結界が施されている、模擬戦用の標準型だ。
私は杖も詠唱も使わずに指を鳴らした。
「《穿ちの理式、第十二式》」
瞬間、木人形の胸部にだけ小さな穴が開き、そこから内部の魔力核が無力化される。木人形は、音もなく崩れ落ちた。
「……」
ゼラードは無言で、魔導板に記録を取っている。
「最後。範囲干渉」
「指定エリアはこの標的区域。半径二十メートル以内で“魔力の流れ”を固定してみてください」
ゼラードの口調がわずかに鋭くなる。これが本命か。
私は足元の土を指先でなぞり、古代語を一語、紡いだ。
「《律動封陣・セフィラ・ラグナレウム》」
静かに、魔力が地面を走り、広がる。魔素の流れが、ぴたりと静止したように見えた刹那、訓練場全体が無音に包まれた。
風も止み、空気の粒子すら固まったかのような錯覚。
五秒後――私は術式を解除する。
「……完了。範囲内、完全制御」
兵士の一人が息を飲んだ音が聞こえた。
ゼラードも、さすがに目を細めてこちらを見ていた。
「……素晴らしい。まさか、“セフィラ”の初動制御がここまで安定しているとは」
「そちらが求めたのは“制御の可否”。なら、それで十分でしょう?」
「ええ。文句のつけようがありません」
ゼラードは書類を閉じ、立ち上がった。
「査定は以上です。――現段階で貴女の力に“暴走の兆候”は見られません。正式な報告書にもそう記します」
私はほっとした。だが、気を緩めるには早い。
ゼラードの声が一段低くなる。
「ただし、あくまで現段階です。貴女の存在は、王都にとって依然“不確定要素”。これからも継続的な観察が必要です」
「つまり、監視は続けるってことね」
「察しが良くて助かります」
ゼラードは最後にこちらを一瞥し、そしてカイラスの方に向き直った。
「貴官の責任のもと、ノクティア嬢の行動を制限しない範囲で見守る。それが“今のところ”王都の意向です」
「……了解した」
カイラスの返事は短い。
ゼラードが去っていく背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
(ここまでは……切り抜けた。けれど)
私は空を見上げる。
王都は、私を“許して”などいない。
――ただ、“使えるかどうか”を見ているだけ。
そう思っただけで、背筋が凍るような寒気が走った。
でも、それでも私は負けるつもりはない。
“無能”と蔑まれた日々を、ただの過去にするために。
私はこの辺境で、自分の居場所を、力を――生き方を手に入れる。
「さて、早速ですが評価試験に入りましょうか。無論、拒否することもできますが……その場合、王都にお戻りいただく手続きとなります」
「脅しのつもり? それとも、嫌がらせ?」
「どちらでもありません。あくまで公式の“査定”です。何しろ、貴女のような“異質な魔術”の保持者が、王国軍の戦力として適格か否かを見極めるのが私の役目ですから」
私は肩をすくめ、ため息をついた。
「いいわ。受けて立つ。……だけど、後悔しないで」
ゼラードはにっこりと笑う。
「恐れ入ります」
午後、砦の訓練場は臨時封鎖され、視察官立ち合いの“魔術制御試験”が実施された。
集まった兵士たちは、私を恐れるような、あるいは興味深そうな目で見つめている。
「制御試験では三種の術式を披露していただきます。魔力圧縮、対象指定、範囲干渉。順にどうぞ」
ゼラードは、まるで誰かに授業をしているかのように淡々と告げる。
「……最初は、魔力圧縮ね」
私は深呼吸し、手をかざした。小規模な圧縮で十分。それ以上やると、場が壊れる。
「《封式・双重結界》」
空間が微かに揺れ、中心部に青白い光球が出現する。内包された魔力は、通常の術士では制御できないほど密度が高い。
兵士たちがざわめいた。だが私は、すぐに術式を解除する。
「次。対象指定」
ゼラードが頷くと、訓練用の木人形が出された。複雑に組まれた強化結界が施されている、模擬戦用の標準型だ。
私は杖も詠唱も使わずに指を鳴らした。
「《穿ちの理式、第十二式》」
瞬間、木人形の胸部にだけ小さな穴が開き、そこから内部の魔力核が無力化される。木人形は、音もなく崩れ落ちた。
「……」
ゼラードは無言で、魔導板に記録を取っている。
「最後。範囲干渉」
「指定エリアはこの標的区域。半径二十メートル以内で“魔力の流れ”を固定してみてください」
ゼラードの口調がわずかに鋭くなる。これが本命か。
私は足元の土を指先でなぞり、古代語を一語、紡いだ。
「《律動封陣・セフィラ・ラグナレウム》」
静かに、魔力が地面を走り、広がる。魔素の流れが、ぴたりと静止したように見えた刹那、訓練場全体が無音に包まれた。
風も止み、空気の粒子すら固まったかのような錯覚。
五秒後――私は術式を解除する。
「……完了。範囲内、完全制御」
兵士の一人が息を飲んだ音が聞こえた。
ゼラードも、さすがに目を細めてこちらを見ていた。
「……素晴らしい。まさか、“セフィラ”の初動制御がここまで安定しているとは」
「そちらが求めたのは“制御の可否”。なら、それで十分でしょう?」
「ええ。文句のつけようがありません」
ゼラードは書類を閉じ、立ち上がった。
「査定は以上です。――現段階で貴女の力に“暴走の兆候”は見られません。正式な報告書にもそう記します」
私はほっとした。だが、気を緩めるには早い。
ゼラードの声が一段低くなる。
「ただし、あくまで現段階です。貴女の存在は、王都にとって依然“不確定要素”。これからも継続的な観察が必要です」
「つまり、監視は続けるってことね」
「察しが良くて助かります」
ゼラードは最後にこちらを一瞥し、そしてカイラスの方に向き直った。
「貴官の責任のもと、ノクティア嬢の行動を制限しない範囲で見守る。それが“今のところ”王都の意向です」
「……了解した」
カイラスの返事は短い。
ゼラードが去っていく背中を見送りながら、私は深く息を吐いた。
(ここまでは……切り抜けた。けれど)
私は空を見上げる。
王都は、私を“許して”などいない。
――ただ、“使えるかどうか”を見ているだけ。
そう思っただけで、背筋が凍るような寒気が走った。
でも、それでも私は負けるつもりはない。
“無能”と蔑まれた日々を、ただの過去にするために。
私はこの辺境で、自分の居場所を、力を――生き方を手に入れる。
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