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1章
5話「告げられた影と、近づく不穏」
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査定が終わったその夜、砦の空はいつになく静かだった。
けれど、私の心の中には妙なざわつきが残っていた。
ゼラード・シュミット――王都術士団の視察官。
彼の言葉は礼儀を保っていたが、明らかに“評価”ではなく“処理の可否”を見ていた。
私の存在が、王都にとって依然「危険」であると、明言されたようなものだ。
(結局、あの人たちは“力の理由”じゃなく、“都合の良さ”しか見ない)
私が制御していようが、誰かを救おうが。
力が“王都にとって有益”でなければ、いずれ――
「切り捨てるつもりなのよね」
呟いた声が石壁に吸い込まれる。私の部屋は、簡素で冷たいが、もう慣れていた。
ふと、扉の向こうに人の気配を感じた。
ノックの音と共に、低く落ち着いた声が響く。
「起きてるか、ノクティア」
「カイラス様……」
部屋に入ってきたカイラスは、手に小さな封筒を持っていた。
その表には、王都からの密命書を意味する印章が刻まれていた。
「……査定報告が正式に届いた。“暴走の兆候は現時点で認められず、引き続き観察下に置く”とのことだ」
「ええ、予想通りですね」
私が苦笑すると、彼は眉をわずかに寄せた。
「ゼラードは帰還したが、近くに“監視者”を残していった。名目は護衛付き連絡官だが、実質は見張りだ」
私は小さく頷いた。つまり、砦の中にも“王都の目”が据えられたということ。
「私の存在が王都にとってどれだけ“面倒”か、ようやく実感してきましたか?」
「面倒かもしれんが、必要だ。……ここにとっても、俺にとってもな」
その言葉に、私は一瞬、視線を逸らしてしまった。
冷たく澄んだその瞳から、わずかな熱を感じた気がして。
「……少しだけ、眠れそうです」
「そうか。なら、もう一つ伝えておく」
カイラスは手にしていた封筒を私に差し出す。
「三日後、この砦の北にある“第七観測所”の調査命令が出ている。魔力異常の兆候があるらしい。お前を同行させるよう、王都から指示が出た」
「……私を?」
「“現地調査に適任”だそうだ。皮肉な話だがな。お前の力を“試す場”として、使われる気満々だ」
「……ええ。なら、受けて立ちます」
手渡された命令書の封を切ると、そこには簡潔な命令文と共に、“調査対象:魔導遺跡の異常活性”という文字があった。
(魔導遺跡……?)
そこから微かに感じ取れるのは、いやな気配だった。
魔物ではない、もっと深く、古い何か。
私は目を閉じて、一度、深く息を吐いた。
「三日後、ですか」
「ああ。だが、その前に――」
カイラスはそこで一瞬、言葉を切る。
そして、真っ直ぐに私を見た。
「今のうちに聞いておく。……お前が使っているあの“セフィラの魔術”は、いったい何だ?」
私は口を閉じたまま、彼を見返した。
やはり、この時が来たか。
けれど、それを語るということは――私の血と、家と、祖父の死の理由まで、触れなければならない。
(この人には……話しても、いいのかもしれない)
私は小さく頷いた。
「……セフィラ・ラグナレウムは、私の家系に代々伝わる、古代魔術の一系統です。記録にも残されていない“言語構築式魔導”……」
「言語、構築?」
「はい。魔力を流すのではなく、“世界の法則そのもの”に干渉する魔法。だから、通常の魔力量とは無関係で、魔力計にも反応しない」
カイラスが腕を組む。その眉間には、考え込むような深い皺が寄っていた。
「そんな力を持っていた者が……なぜ、“無能”と呼ばれ続けていた?」
「単純よ。“理解できないもの”は、存在しないものとして扱う。それが王都という場所」
私は苦く笑った。
それでも、もう戻るつもりなど毛頭ない。
「……だが、セフィラの力には“副作用”があります」
「副作用?」
「術者の精神に負荷がかかるんです。長時間使えば、自我が擦り切れていく。だから、制御が必要。使えば使うほど、自分が壊れていく」
カイラスは黙ったまま、目を伏せた。
「……危うい力だな」
「ええ。でも、制御してこそ意味がある。私は、それを証明したいんです」
その時だった。
砦の外――北門の警鐘が、突如として打ち鳴らされた。
「魔力反応、北部林地より急接近! 未確認の魔導構成、強大です!」
外からの叫びが、静かな夜を裂いた。
私は立ち上がる。すでに体は動いていた。
「――また、“試される”のね」
だが、今回はただの試練ではない。
私の“中の何か”が、警告を発していた。
あれは違う。あれは、普通の敵じゃない。
私の魔力と――深く共鳴している。
「まさか……“セフィラ由来”の存在?」
私は杖を手に取った。
これはもう、王都の目を欺くための試技ではない。
あの森に潜んでいるものは、私の力の“起源”に、繋がっている。
そして、砦の存亡だけでなく――
私自身の過去が、いま、牙を剥こうとしている。
けれど、私の心の中には妙なざわつきが残っていた。
ゼラード・シュミット――王都術士団の視察官。
彼の言葉は礼儀を保っていたが、明らかに“評価”ではなく“処理の可否”を見ていた。
私の存在が、王都にとって依然「危険」であると、明言されたようなものだ。
(結局、あの人たちは“力の理由”じゃなく、“都合の良さ”しか見ない)
私が制御していようが、誰かを救おうが。
力が“王都にとって有益”でなければ、いずれ――
「切り捨てるつもりなのよね」
呟いた声が石壁に吸い込まれる。私の部屋は、簡素で冷たいが、もう慣れていた。
ふと、扉の向こうに人の気配を感じた。
ノックの音と共に、低く落ち着いた声が響く。
「起きてるか、ノクティア」
「カイラス様……」
部屋に入ってきたカイラスは、手に小さな封筒を持っていた。
その表には、王都からの密命書を意味する印章が刻まれていた。
「……査定報告が正式に届いた。“暴走の兆候は現時点で認められず、引き続き観察下に置く”とのことだ」
「ええ、予想通りですね」
私が苦笑すると、彼は眉をわずかに寄せた。
「ゼラードは帰還したが、近くに“監視者”を残していった。名目は護衛付き連絡官だが、実質は見張りだ」
私は小さく頷いた。つまり、砦の中にも“王都の目”が据えられたということ。
「私の存在が王都にとってどれだけ“面倒”か、ようやく実感してきましたか?」
「面倒かもしれんが、必要だ。……ここにとっても、俺にとってもな」
その言葉に、私は一瞬、視線を逸らしてしまった。
冷たく澄んだその瞳から、わずかな熱を感じた気がして。
「……少しだけ、眠れそうです」
「そうか。なら、もう一つ伝えておく」
カイラスは手にしていた封筒を私に差し出す。
「三日後、この砦の北にある“第七観測所”の調査命令が出ている。魔力異常の兆候があるらしい。お前を同行させるよう、王都から指示が出た」
「……私を?」
「“現地調査に適任”だそうだ。皮肉な話だがな。お前の力を“試す場”として、使われる気満々だ」
「……ええ。なら、受けて立ちます」
手渡された命令書の封を切ると、そこには簡潔な命令文と共に、“調査対象:魔導遺跡の異常活性”という文字があった。
(魔導遺跡……?)
そこから微かに感じ取れるのは、いやな気配だった。
魔物ではない、もっと深く、古い何か。
私は目を閉じて、一度、深く息を吐いた。
「三日後、ですか」
「ああ。だが、その前に――」
カイラスはそこで一瞬、言葉を切る。
そして、真っ直ぐに私を見た。
「今のうちに聞いておく。……お前が使っているあの“セフィラの魔術”は、いったい何だ?」
私は口を閉じたまま、彼を見返した。
やはり、この時が来たか。
けれど、それを語るということは――私の血と、家と、祖父の死の理由まで、触れなければならない。
(この人には……話しても、いいのかもしれない)
私は小さく頷いた。
「……セフィラ・ラグナレウムは、私の家系に代々伝わる、古代魔術の一系統です。記録にも残されていない“言語構築式魔導”……」
「言語、構築?」
「はい。魔力を流すのではなく、“世界の法則そのもの”に干渉する魔法。だから、通常の魔力量とは無関係で、魔力計にも反応しない」
カイラスが腕を組む。その眉間には、考え込むような深い皺が寄っていた。
「そんな力を持っていた者が……なぜ、“無能”と呼ばれ続けていた?」
「単純よ。“理解できないもの”は、存在しないものとして扱う。それが王都という場所」
私は苦く笑った。
それでも、もう戻るつもりなど毛頭ない。
「……だが、セフィラの力には“副作用”があります」
「副作用?」
「術者の精神に負荷がかかるんです。長時間使えば、自我が擦り切れていく。だから、制御が必要。使えば使うほど、自分が壊れていく」
カイラスは黙ったまま、目を伏せた。
「……危うい力だな」
「ええ。でも、制御してこそ意味がある。私は、それを証明したいんです」
その時だった。
砦の外――北門の警鐘が、突如として打ち鳴らされた。
「魔力反応、北部林地より急接近! 未確認の魔導構成、強大です!」
外からの叫びが、静かな夜を裂いた。
私は立ち上がる。すでに体は動いていた。
「――また、“試される”のね」
だが、今回はただの試練ではない。
私の“中の何か”が、警告を発していた。
あれは違う。あれは、普通の敵じゃない。
私の魔力と――深く共鳴している。
「まさか……“セフィラ由来”の存在?」
私は杖を手に取った。
これはもう、王都の目を欺くための試技ではない。
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