【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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3章

21話「静寂の中の違和感」

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 辺境グランツ砦に、春の柔らかな朝日が射し込んでいた。
 長い戦いを経てようやく訪れた平和。
 ――だが、その空気の奥底に、どこか拭えないざわめきを、俺は感じていた。

 (……本当に、何もかも終わったのか?)

 カイラス・ヴァルドレン。
 砦の騎士団長として、俺は今や“英雄”と呼ばれている。
 王都の貴族も、兵士たちも、ノクティアでさえも、俺に全幅の信頼を寄せてくれている。
 けれど、その重さが、ふとした瞬間に胸を圧迫する。

 (平和な時こそ、俺の出番は減る。でも――守るべきものが多すぎて、むしろ怖い)

 今日も砦の見回りから一日が始まる。
 朝の食堂。
 「カイラス団長、おはようございます!」
 「おはよう、今日も一日よろしくな」
 挨拶を交わす兵士たち。
 普段と変わらない、穏やかな光景。

 その中で、ひとりの新人兵が控えめに手を挙げた。

 「団長……昨日預かった書簡、確かこのロッカーに入れておいたはずなんですが……」

 「どれ、俺が見る」

 ロッカーを覗き込む。
 確かに彼が言う通り、そこには何も入っていなかった。
 (いや、昨日――確かに自分の目で、ここに手紙が入るのを見ていたはずだ)

 「まあ、いいさ。後でまた探してみる。あまり気にするな」
 俺は微笑んで新人を励ました。

 (些細なこと、だよな。誰にでも間違いはある)

* * *

 食堂を出ると、砦の中庭で子どもたちが鬼ごっこをしていた。
 俺を見ると、ぱっと手を振る。

 「カイラスさま、おはよー!」
 「はは、おはよう。怪我するなよ」

 子どもたちの元気な声は、なぜだか不思議と心を和ませる。
 見守る母親たちも、俺に笑顔で頭を下げてくる。

 ――こうして“守られている日常”を見るたび、俺は自分の役目の重さを痛感した。

 (ノクティアも、今はああして平穏に朝食をとってるはずだ)

 思えば、戦乱のさなかは「守らなきゃ」と必死だった。
 けれど今は、静けさの中で“本当に自分は役に立てているのか”“平和を守り切れるのか”という、
 新たな不安が胸に生まれていた。

* * *

 午前の見回りの途中、俺は砦の北門で妙な場面に出くわした。

 「……あれ?」

 城壁脇の小さな祠が、どう見ても昨日までなかった場所にある。
 隣に咲いているはずの青い花も、今日は白い花に変わっている。

 (気のせいか……? 砦の改装もしていないのに)

 門番に尋ねる。

 「おい、ここに祠が移されたのはいつだ?」

 門番はきょとんとした顔で、「最初からここでしたよ」と答える。
 (いや、絶対に昨日までは……)

 誰にも言えない違和感が胸をよぎる。

* * *

 午後、訓練場に顔を出すと、レオナートが兵士たちの指導をしていた。

 「団長、いかがでしょうか」
 レオナートがきちんと敬意を込めて俺に頭を下げる。

 「さすがだな。セレスタ仕込みは伊達じゃない」

 「ありがとうございます。でも、皆さんのおかげです」

 ふと、訓練場の片隅で、ひとりの若い兵士が寂しそうに拳を握っていた。

 「あいつ……名前は?」

 レオナートが怪訝な顔で名簿を確認する。

 「……団長、そのような兵士、登録されていませんが……」

 「え?」

 俺は愕然とした。さっきまで見えていた青年が、気づけば人混みに紛れて姿を消していた。

 (どうなってる? 幻覚か? いや、俺は酔ってもいないし……)

* * *

 気を取り直して砦の奥に向かうと、ノクティアが小さな魔導書を抱えて廊下を歩いていた。

 「カイラス、お疲れさまです」

 「……ああ、お前も仕事か?」

 ノクティアはふっと笑う。「ええ。でも、最近なんだか変な夢ばかり見るの。昔のこととか、知らない場所とか……」

 「それなら休んだほうがいい。平和になった今こそ、ちゃんと身体も休めてくれよ」

 ノクティアは少しだけ寂しそうな顔をしてから、柔らかく微笑む。

 「ありがとう。でも、きっと大丈夫。……カイラスがいると、やっぱり安心するもの」

 胸が少し熱くなる。
 (守らなきゃ、って思わせてくれる存在がいることが、どれだけ心強いか――)

 けれどその瞬間、廊下の先で“自分と同じ背格好の騎士”がふいに立っているのが見えた。

 「……誰だ?」

 声をかけようとすると、騎士はすっと影に消えてしまう。
 ノクティアも振り返ったが、そこにはもう誰もいなかった。

* * *

 夕方、食堂で一息ついていると、エイミーが駆け寄ってくる。

 「団長、今日の食事当番、名簿がまたひとつ空欄になってます!」

 「は? 朝は確かに全員記入されていたはずだろ」

 「でも、昼過ぎに一人分減ってて……他の兵士も『そんなやついなかった』って言うんです」

 (記憶違いか? それとも、本当に……)

 エイミーが続ける。「……なんだか、ちょっと怖いです。みんな気づいてないみたいだけど」

 「……心配するな。何か分かったら、必ず俺が守る」

 不安そうな彼女の肩を、そっと叩いてやる。

* * *

 その夜、カイラスは砦の塔に登り、星空を見上げた。

 (何もかも、ただの思い過ごしならいい。
 けど、俺の役目は“違和感”や“危機”に最初に気づくことでもある)

 幼い頃から、いつも誰かの背中を守るのが自分の使命だった。
 たとえ誰が信じてくれなくても、自分だけは「世界の綻び」に背を向けない――。

 (ノクティアや、みんなの平穏が壊されそうな時……俺は絶対に諦めない)

 その決意を胸に、カイラスは夜の砦を見渡し続ける。

 どこかで、何かが静かに“変わり始めている”予感を感じながら。
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