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3章
27話「繋ぐ力、蘇る世界」
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目を開けた瞬間、全身が重い霧に包まれていた。
――ここは、どこだ?
カイラス・ヴァルドレンは深く息を吸い、霧の冷たさと、どこか温もりのある気配の両方を胸いっぱいに感じていた。先ほどまで、記憶の檻、試練の迷宮をさまよっていたはずだ。だが、今、彼の足元には見慣れた砦の石畳がうっすらと浮かんでいる。
だが――
辺境グランツ砦は、まるで色褪せた絵のようだった。廊下の壁も、空の青さも、遠くの塔も、白いもやの中でその形を失いかけている。音も、香りも、暖かさも、まるで世界そのものが“消えかけている”ようだった。
(……本当に、現実に戻れたのか?)
胸の中で、深い孤独と焦りが渦を巻く。
だが、同時に――確かな気配がある。
遠くから、微かに、呼びかける声。
『カイラス……聞こえる?』
「ノクティア……?」
その名を呼んだ瞬間、霧の向こうからひと筋の光が射した。歩み寄る白い影。その手には魔導書。長い髪が春風のように揺れている。
ノクティア・エルヴァーン――彼の大切な仲間、そして心の拠り所。
「……やっと、会えた……」
ノクティアは目に涙を浮かべ、カイラスの胸に飛び込んだ。その温もりはかすかに冷たく、しかし確かに“ここにいる”と訴えていた。
「私……何度もあなたの声が聞こえて、必死で辿り着いたの。途中で何もかもが消えて、思い出も霧に溶けそうだった。でも……絶対に忘れないって、あなたのことも、この砦のみんなのことも……」
「ノクティア……」
カイラスは彼女の肩を強く抱き寄せた。世界が崩れようと、彼女の存在が、自分自身の存在の証だった。
「俺も、お前のことを忘れなかった。いや、忘れようがなかった。何度世界が塗りつぶされても、何度名前を失いかけても……ノクティア、お前の記憶だけは、いつも俺の胸の奥に残っていた」
ふいに、足音が響いた。
「団長!」
振り向けば、エイミーが大粒の涙をこぼしながら駆けてきた。震える手で二人の腕を取る。
「怖かった……。みんなが消えて、私も消えそうで……。でも、団長とノクティアさんの声だけは、何度でも思い出せたんです。……ここにいていいんですよね?」
「もちろんだ」
カイラスはエイミーの手を取る。その瞬間、冷たかった世界に、ほのかな温もりが戻り始める。彼女の涙が、乾いた大地に春の雨のように染みていった。
「……俺たちが手を取り合えば、きっと世界は元に戻る」
「団長、僕も――」
今度は低い声。レオナートが、霧の向こうからゆっくりと歩いてきた。その背筋はまっすぐで、いつもの誇り高さを失っていない。
「……消えそうになった自分を引き留めてくれたのは、団長の言葉と、みんなの存在でした。僕はここにいます。何があっても、離れません」
レオナートが加わると、確かに世界の霧が一層薄れ、砦の輪郭が強まったように感じた。
カイラスは全員の顔をゆっくり見回す。彼の目には、喜びと、わずかな恐れ、そして決意が宿っていた。
「この世界が消えるのを、俺は絶対に許さない。思い出す限り、手を取り合う限り……きっと、まだ間に合うはずだ」
仲間たちも、うなずいた。
カイラスは空に向かって大きく息を吸い、砦の中庭に立って叫ぶ。
「みんな、聞こえるか! 俺はカイラス・ヴァルドレンだ! この砦の騎士団長だ! お前たちの名前を、俺は覚えている。ルーカス、ミリー、レミオ、セシル――みんなのことを、絶対に忘れたりしない!」
すると、不思議なことが起きた。
霧の中で、ひとつ、またひとつと人の影が形を取り戻す。エイミーも、ノクティアも、レオナートも、それぞれ自分の記憶に残る大切な人々の名を叫ぶ。
「セシル、お母さん……!」
「セレスタの友人たち……私は、みんなの声を覚えてる」
「マリオ、鍛冶屋の親方……また剣を見てほしい」
次第に、砦の中庭が賑やかになっていく。母親が子どもを抱きしめ、兵士が互いの肩を叩き合う。まるで、長い冬を抜けて、春の宴が始まったようだった。
「団長!」
「ノクティア様!」
「エイミーさん!」
ひとつ、またひとつと、人々の声が世界に広がっていく。
――だが、砦の外は、まだ虚無のままだった。
村も、野原も、王都も、かつての賑わいもなく、空は灰色で、景色は途切れている。
(……いや、まだ終わらせない)
カイラスは意を決し、砦の門を大きく開いた。冷たい風が吹き込むが、彼は一歩、また一歩と、虚無の世界へ足を踏み出す。
「――聞こえるか、村の人たちよ。セレスタの仲間たちよ、王都の友よ。お前たちの名前を、俺は覚えている!」
「ルーカス! グランツ砦でいつもパンを焼いてくれたルーカス!」
「ミリー! 村の広場で花を売っていたミリー!」
名を呼ぶたびに、遠くにぼんやりと人の影が見える。その輪郭は、しだいに確かさを増し、やがて人々が再びこの世界の“住人”として蘇る。
村の道に花が咲き始め、王都の塔が遠くに浮かび上がる。セレスタの面々も、霧の向こうで微笑んでいる。
人々が次々とカイラスの元へ駆け寄り、涙ながらに抱き合い、手を取り合った。
「戻ってきてくれて、ありがとう……」
「団長、あなたのおかげで、私は私でいられます」
「ノクティア様、ずっと忘れませんでした」
ノクティアも、エイミーも、レオナートも、皆それぞれに大切な人々と再会していく。その姿を見て、カイラスの胸にじんわりと温かなものが広がった。
空には、失われかけていた星々が次々と戻り始める。砦や村、王都にも人の営みが再び生まれ、世界はゆっくりと、しかし確かに蘇っていった。
――そのときだった。
空が、黒く揺れる。
世界の中心に、巨大な影が降り立つ。
圧倒的な気配とともに、カイラスたちの前に“それ”が姿を現す。
忘却の神。
これまで遠くから見守っていたはずの存在が、今や現実の一部として、彼らの前にその全貌をさらしていた。
『……見事だ。お前たちの“記憶の絆”が、崩壊しかけた世界をここまで繋ぎ止めた。しかし――』
声は静かだが、底知れぬ力と、どこか寂しさを湛えていた。
『だが、これで終わりではない。
カイラス・ヴァルドレンよ。お前は“記憶”の力で世界を繋ぎ直した。だが、その代償もまた、全て受け止める覚悟があるのか。
安寧と忘却か、苦悩と記憶か――』
神の目が、カイラスだけでなく、ノクティア、エイミー、レオナート、蘇ったすべての人々に向けられる。
『……今こそ、お前たちの“意志”を見せよ』
重く、静かな緊張が世界を満たす。
カイラスは、仲間たちと手を握り、強く応える。
「俺たちは、もう逃げない。どんな痛みも、どんな苦しみも受け止める。だけど、俺たちの大切なものを、もう二度と、忘れたくはない!」
ノクティア、エイミー、レオナート――みな、迷いなくうなずく。
忘却の神が、ゆっくりと手を差し出した。
『ならば、証明してみせよ。お前たちの“魂”が本物かどうか。――これより、“最後の問い”を授ける』
世界が再び揺らぐ。
光と影がせめぎ合い、空が砦を包み込む。
――神と人との、記憶と魂の本当の対決が、今始まる。
――ここは、どこだ?
カイラス・ヴァルドレンは深く息を吸い、霧の冷たさと、どこか温もりのある気配の両方を胸いっぱいに感じていた。先ほどまで、記憶の檻、試練の迷宮をさまよっていたはずだ。だが、今、彼の足元には見慣れた砦の石畳がうっすらと浮かんでいる。
だが――
辺境グランツ砦は、まるで色褪せた絵のようだった。廊下の壁も、空の青さも、遠くの塔も、白いもやの中でその形を失いかけている。音も、香りも、暖かさも、まるで世界そのものが“消えかけている”ようだった。
(……本当に、現実に戻れたのか?)
胸の中で、深い孤独と焦りが渦を巻く。
だが、同時に――確かな気配がある。
遠くから、微かに、呼びかける声。
『カイラス……聞こえる?』
「ノクティア……?」
その名を呼んだ瞬間、霧の向こうからひと筋の光が射した。歩み寄る白い影。その手には魔導書。長い髪が春風のように揺れている。
ノクティア・エルヴァーン――彼の大切な仲間、そして心の拠り所。
「……やっと、会えた……」
ノクティアは目に涙を浮かべ、カイラスの胸に飛び込んだ。その温もりはかすかに冷たく、しかし確かに“ここにいる”と訴えていた。
「私……何度もあなたの声が聞こえて、必死で辿り着いたの。途中で何もかもが消えて、思い出も霧に溶けそうだった。でも……絶対に忘れないって、あなたのことも、この砦のみんなのことも……」
「ノクティア……」
カイラスは彼女の肩を強く抱き寄せた。世界が崩れようと、彼女の存在が、自分自身の存在の証だった。
「俺も、お前のことを忘れなかった。いや、忘れようがなかった。何度世界が塗りつぶされても、何度名前を失いかけても……ノクティア、お前の記憶だけは、いつも俺の胸の奥に残っていた」
ふいに、足音が響いた。
「団長!」
振り向けば、エイミーが大粒の涙をこぼしながら駆けてきた。震える手で二人の腕を取る。
「怖かった……。みんなが消えて、私も消えそうで……。でも、団長とノクティアさんの声だけは、何度でも思い出せたんです。……ここにいていいんですよね?」
「もちろんだ」
カイラスはエイミーの手を取る。その瞬間、冷たかった世界に、ほのかな温もりが戻り始める。彼女の涙が、乾いた大地に春の雨のように染みていった。
「……俺たちが手を取り合えば、きっと世界は元に戻る」
「団長、僕も――」
今度は低い声。レオナートが、霧の向こうからゆっくりと歩いてきた。その背筋はまっすぐで、いつもの誇り高さを失っていない。
「……消えそうになった自分を引き留めてくれたのは、団長の言葉と、みんなの存在でした。僕はここにいます。何があっても、離れません」
レオナートが加わると、確かに世界の霧が一層薄れ、砦の輪郭が強まったように感じた。
カイラスは全員の顔をゆっくり見回す。彼の目には、喜びと、わずかな恐れ、そして決意が宿っていた。
「この世界が消えるのを、俺は絶対に許さない。思い出す限り、手を取り合う限り……きっと、まだ間に合うはずだ」
仲間たちも、うなずいた。
カイラスは空に向かって大きく息を吸い、砦の中庭に立って叫ぶ。
「みんな、聞こえるか! 俺はカイラス・ヴァルドレンだ! この砦の騎士団長だ! お前たちの名前を、俺は覚えている。ルーカス、ミリー、レミオ、セシル――みんなのことを、絶対に忘れたりしない!」
すると、不思議なことが起きた。
霧の中で、ひとつ、またひとつと人の影が形を取り戻す。エイミーも、ノクティアも、レオナートも、それぞれ自分の記憶に残る大切な人々の名を叫ぶ。
「セシル、お母さん……!」
「セレスタの友人たち……私は、みんなの声を覚えてる」
「マリオ、鍛冶屋の親方……また剣を見てほしい」
次第に、砦の中庭が賑やかになっていく。母親が子どもを抱きしめ、兵士が互いの肩を叩き合う。まるで、長い冬を抜けて、春の宴が始まったようだった。
「団長!」
「ノクティア様!」
「エイミーさん!」
ひとつ、またひとつと、人々の声が世界に広がっていく。
――だが、砦の外は、まだ虚無のままだった。
村も、野原も、王都も、かつての賑わいもなく、空は灰色で、景色は途切れている。
(……いや、まだ終わらせない)
カイラスは意を決し、砦の門を大きく開いた。冷たい風が吹き込むが、彼は一歩、また一歩と、虚無の世界へ足を踏み出す。
「――聞こえるか、村の人たちよ。セレスタの仲間たちよ、王都の友よ。お前たちの名前を、俺は覚えている!」
「ルーカス! グランツ砦でいつもパンを焼いてくれたルーカス!」
「ミリー! 村の広場で花を売っていたミリー!」
名を呼ぶたびに、遠くにぼんやりと人の影が見える。その輪郭は、しだいに確かさを増し、やがて人々が再びこの世界の“住人”として蘇る。
村の道に花が咲き始め、王都の塔が遠くに浮かび上がる。セレスタの面々も、霧の向こうで微笑んでいる。
人々が次々とカイラスの元へ駆け寄り、涙ながらに抱き合い、手を取り合った。
「戻ってきてくれて、ありがとう……」
「団長、あなたのおかげで、私は私でいられます」
「ノクティア様、ずっと忘れませんでした」
ノクティアも、エイミーも、レオナートも、皆それぞれに大切な人々と再会していく。その姿を見て、カイラスの胸にじんわりと温かなものが広がった。
空には、失われかけていた星々が次々と戻り始める。砦や村、王都にも人の営みが再び生まれ、世界はゆっくりと、しかし確かに蘇っていった。
――そのときだった。
空が、黒く揺れる。
世界の中心に、巨大な影が降り立つ。
圧倒的な気配とともに、カイラスたちの前に“それ”が姿を現す。
忘却の神。
これまで遠くから見守っていたはずの存在が、今や現実の一部として、彼らの前にその全貌をさらしていた。
『……見事だ。お前たちの“記憶の絆”が、崩壊しかけた世界をここまで繋ぎ止めた。しかし――』
声は静かだが、底知れぬ力と、どこか寂しさを湛えていた。
『だが、これで終わりではない。
カイラス・ヴァルドレンよ。お前は“記憶”の力で世界を繋ぎ直した。だが、その代償もまた、全て受け止める覚悟があるのか。
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神の目が、カイラスだけでなく、ノクティア、エイミー、レオナート、蘇ったすべての人々に向けられる。
『……今こそ、お前たちの“意志”を見せよ』
重く、静かな緊張が世界を満たす。
カイラスは、仲間たちと手を握り、強く応える。
「俺たちは、もう逃げない。どんな痛みも、どんな苦しみも受け止める。だけど、俺たちの大切なものを、もう二度と、忘れたくはない!」
ノクティア、エイミー、レオナート――みな、迷いなくうなずく。
忘却の神が、ゆっくりと手を差し出した。
『ならば、証明してみせよ。お前たちの“魂”が本物かどうか。――これより、“最後の問い”を授ける』
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