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3章
28話「神の問い、魂の叫び」
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闇を割くように、静かな声が響いた。
『選べ――カイラス・ヴァルドレン。』
その声に応えるように、砦の時が止まった。
人々も景色も動かない。まるで世界の中心に、カイラスただ一人だけが立ちすくんでいるかのようだった。
目の前には、忘却の神。その存在は巨大でありながら、どこか人の形をしている。だがその目は、深い夜の底のように感情の色を宿さない。
『すべてを忘れて眠りの中に沈むか、痛みや苦しみと共に記憶を背負い歩み続けるか――。お前の決断ひとつで、この世界の理もまた変わる。』
カイラスは言葉を返せずにいた。
心の奥底に、抑えてきた“逃げたい気持ち”がじわじわと広がる。
――苦しみから解放されるなら、忘れてもいいんじゃないか。
自分だけが背負うには、あまりにも重すぎるのではないか。
その瞬間、カイラスの視界が暗転する。
――そして次の瞬間、彼は自分の過去の光景の中にいた。
剣を手に震えていた幼い日。
父の死、母の涙。
無能と言われ、王都を追われた日。
ノクティアに救われた夜。
守れなかった仲間の墓標の前で、こみ上げる無力感に膝をついた自分――
「やめてくれ……」
カイラスは思わずうめいた。思い出したくなかったもの、すべてが鮮やかに胸に蘇る。
忘却の神は静かに問う。
『そうまでして、記憶を抱く意味があるか? 痛みだけが残るのではないか?』
「……俺は……俺は……」
カイラスの両肩が小さく震える。
だが、そのとき、どこからかノクティアの声が届いた。
「カイラス――あなたは、痛みの中で歩き続けてきた。弱さも、失敗も、全部を抱えてここまで来た。私は、そんなあなたを見てきた」
彼女の声は、現実に戻す呼び水となった。
カイラスは目を開け、神を見上げる。
「……記憶は、確かに苦しい。けど、苦しみだけじゃない。後悔や罪悪感もある。……でも、それ以上に、大切なものも、救いも、たしかにあった」
彼の声に重なるように、レオナートが語る。
「僕は……自分の弱さから逃げたかった時もあった。記憶を消してしまえば楽になれると思ったこともあった。でも、団長と出会い、ノクティアさんと語り、エイミーの明るさに救われて、少しずつ変われたんだ。僕は、その痛みを捨てたくない」
エイミーも、珍しく弱い声でつぶやいた。
「私、昔、何度も失敗しては泣いてた……。そのたび、逃げ出したいって思った。でも、団長やみんなと一緒に笑った思い出が、いつも“またやり直そう”って思わせてくれたんです」
ノクティアが再び、カイラスの隣に立つ。
「私も同じ。カイラス、あなたの弱さや悲しみも、全部私たちは知ってる。そして、それを分け合ってきたからこそ、今ここにいる。……私は、全部覚えていたい。たとえどんなに苦しくても、あなたと一緒にいたいから」
カイラスは拳を握る。
「……神よ、もし、苦しみのない安寧だけを選ぶことが、この世界の救いだというなら、俺はその救いはいらない。
俺は、苦しんでもいい。後悔しても、間違えても、誰かと一緒に悩んで歩きたい。
俺たちの絆も、想い出も、痛みも含めて――それが生きている証だ」
神の影が揺らぐ。
『……愚かで、矛盾に満ちている。だが、それが人間という存在の本質なのだろうな』
神は、カイラスと仲間たちの一人ひとりの顔を見渡す。
『ノクティア、レオナート、エイミー……お前たちもまた、痛みや後悔を選ぶのか?』
ノクティアは微笑んだ。
「はい。それが“私”だから」
レオナートはしっかりとうなずく。
「僕も、そうありたいと思います」
エイミーも涙を拭って顔を上げる。
「私も、ずっと覚えていたいです!」
神の瞳に、わずかに憂いの光が差す。
『――ならば、その魂の選択を世界に示してみせよ。
痛みも哀しみも引き受ける意志、逃げずに進む心。それが、お前たちの“真実”ならば』
その言葉に、カイラスの胸に新たな熱が灯る。
「……俺は何度でも選ぶ。苦しみがあっても、思い出と絆があれば、前を向ける。
それが俺の魂の叫びだ!」
彼の声が、世界に響き渡る。
砦に、村に、王都に、誰かの胸の奥に、何かが灯る。
その響きに呼応するように、空が微かに色づいていく。
神は一歩、カイラスたちに近づいた。
『ならば、その意志を示せ。最後の問いは、いまより始まる――』
夜空が、大きくうねる。
世界そのものが、神の問いかけとカイラスたちの魂の決断を、見守るように脈動し始めていた。
『選べ――カイラス・ヴァルドレン。』
その声に応えるように、砦の時が止まった。
人々も景色も動かない。まるで世界の中心に、カイラスただ一人だけが立ちすくんでいるかのようだった。
目の前には、忘却の神。その存在は巨大でありながら、どこか人の形をしている。だがその目は、深い夜の底のように感情の色を宿さない。
『すべてを忘れて眠りの中に沈むか、痛みや苦しみと共に記憶を背負い歩み続けるか――。お前の決断ひとつで、この世界の理もまた変わる。』
カイラスは言葉を返せずにいた。
心の奥底に、抑えてきた“逃げたい気持ち”がじわじわと広がる。
――苦しみから解放されるなら、忘れてもいいんじゃないか。
自分だけが背負うには、あまりにも重すぎるのではないか。
その瞬間、カイラスの視界が暗転する。
――そして次の瞬間、彼は自分の過去の光景の中にいた。
剣を手に震えていた幼い日。
父の死、母の涙。
無能と言われ、王都を追われた日。
ノクティアに救われた夜。
守れなかった仲間の墓標の前で、こみ上げる無力感に膝をついた自分――
「やめてくれ……」
カイラスは思わずうめいた。思い出したくなかったもの、すべてが鮮やかに胸に蘇る。
忘却の神は静かに問う。
『そうまでして、記憶を抱く意味があるか? 痛みだけが残るのではないか?』
「……俺は……俺は……」
カイラスの両肩が小さく震える。
だが、そのとき、どこからかノクティアの声が届いた。
「カイラス――あなたは、痛みの中で歩き続けてきた。弱さも、失敗も、全部を抱えてここまで来た。私は、そんなあなたを見てきた」
彼女の声は、現実に戻す呼び水となった。
カイラスは目を開け、神を見上げる。
「……記憶は、確かに苦しい。けど、苦しみだけじゃない。後悔や罪悪感もある。……でも、それ以上に、大切なものも、救いも、たしかにあった」
彼の声に重なるように、レオナートが語る。
「僕は……自分の弱さから逃げたかった時もあった。記憶を消してしまえば楽になれると思ったこともあった。でも、団長と出会い、ノクティアさんと語り、エイミーの明るさに救われて、少しずつ変われたんだ。僕は、その痛みを捨てたくない」
エイミーも、珍しく弱い声でつぶやいた。
「私、昔、何度も失敗しては泣いてた……。そのたび、逃げ出したいって思った。でも、団長やみんなと一緒に笑った思い出が、いつも“またやり直そう”って思わせてくれたんです」
ノクティアが再び、カイラスの隣に立つ。
「私も同じ。カイラス、あなたの弱さや悲しみも、全部私たちは知ってる。そして、それを分け合ってきたからこそ、今ここにいる。……私は、全部覚えていたい。たとえどんなに苦しくても、あなたと一緒にいたいから」
カイラスは拳を握る。
「……神よ、もし、苦しみのない安寧だけを選ぶことが、この世界の救いだというなら、俺はその救いはいらない。
俺は、苦しんでもいい。後悔しても、間違えても、誰かと一緒に悩んで歩きたい。
俺たちの絆も、想い出も、痛みも含めて――それが生きている証だ」
神の影が揺らぐ。
『……愚かで、矛盾に満ちている。だが、それが人間という存在の本質なのだろうな』
神は、カイラスと仲間たちの一人ひとりの顔を見渡す。
『ノクティア、レオナート、エイミー……お前たちもまた、痛みや後悔を選ぶのか?』
ノクティアは微笑んだ。
「はい。それが“私”だから」
レオナートはしっかりとうなずく。
「僕も、そうありたいと思います」
エイミーも涙を拭って顔を上げる。
「私も、ずっと覚えていたいです!」
神の瞳に、わずかに憂いの光が差す。
『――ならば、その魂の選択を世界に示してみせよ。
痛みも哀しみも引き受ける意志、逃げずに進む心。それが、お前たちの“真実”ならば』
その言葉に、カイラスの胸に新たな熱が灯る。
「……俺は何度でも選ぶ。苦しみがあっても、思い出と絆があれば、前を向ける。
それが俺の魂の叫びだ!」
彼の声が、世界に響き渡る。
砦に、村に、王都に、誰かの胸の奥に、何かが灯る。
その響きに呼応するように、空が微かに色づいていく。
神は一歩、カイラスたちに近づいた。
『ならば、その意志を示せ。最後の問いは、いまより始まる――』
夜空が、大きくうねる。
世界そのものが、神の問いかけとカイラスたちの魂の決断を、見守るように脈動し始めていた。
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