【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ

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3章

外伝4「恋する(?)エイミーの砦騒動」

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 「恋って、いったいなんなんだろう――」

 朝日が差し込む砦の食堂、まだ誰もいない静かな時間。私はほうき片手にそんなことをぼんやり考えていた。

 最近、夢の中で“誰か”と手を繋いで歩いている自分を見ることが増えた。
 でも、顔はなぜかぼやけているし、名前も思い出せない。
 目覚めるとちょっと胸が苦しくて、それが「恋」なのか、ただの寝不足なのか、自分でもよくわからない。

 「――エイミー、そろそろ厨房手伝ってくれないか?」

 カイラス団長のぶっきらぼうな声で、現実に引き戻される。
 私はあわててほうきを立てかけ、団長に「おはようございます!」と元気よく頭を下げた。

 「おう、今日も元気そうだな。朝食の卵焼き、もう焼けるか?」
 「はい、ただいま準備します!」

 朝の厨房は、団長のために特製卵焼きを焼き、ノクティアさんの好物のカモミールティーを用意するのが日課だ。

 団長は黙ってコーヒーをすすり、ノクティアさんは新聞の代わりに魔導書を開いている。
 こんな日常が、私はけっこう好きだ。

 ふと、厨房の窓から外を見れば、兵士たちが訓練場で汗を流し、子どもたちが庭で鬼ごっこをしている。
 その輪の中に、セレスタ使節団のレオナート様の姿を見つけて、私はなんとなく顔が熱くなった。

 (レオナート様……やっぱり素敵だなぁ)



 レオナート様は、私と同じセレスタからやってきた騎士団長。
 どんなときも穏やかな笑顔を絶やさない。
 砦の誰にでも優しいし、仕事もきっちりこなす。
 ノクティアさんと並んで話すことが多いけど、私にも時々「君の紅茶は最高だ」と褒めてくれる。

 そんな些細なことに、つい胸が高鳴ってしまう。

 「エイミー、今日も頼むよ。君のおかげで朝が明るくなる」
 そう言われた日には、一日中浮かれて失敗ばかり――なんてことも。

 「私って、もしかして恋してるのかな……?」

 でも、恋なんて遠い世界の話だと思っていた。
 小さい頃から家族の世話、村の手伝い、砦に来てからはみんなの“お母さん”役。
 自分が“女の子”として誰かを想うなんて、今まで考えたことがなかった。

 ……なのに最近は、夢の中の“誰か”を思い出そうとすると、どうしてもレオナート様の顔がちらつく。



 そんなある日のこと。

 「エイミーさん、これ、落としましたよ」

 訓練帰りの兵士が、私のメモ帳を差し出してくれた。
 「あっ、ありがとう! どこに落ちてた?」
 「花壇のそばです。もしかして、またお花の世話してたんですか?」

 私は赤くなりながら首を振る。
 「い、いえ……朝ごはんのメニューを考えてて、そのまま……」

 メモ帳には、団長の好物、ノクティアさんの飲み物、そしてレオナート様用の“バラの花束”と書きかけた跡があった。

 (……なに考えてるの、私……)

 恋心って、こんな風に日常のすきまに忍び込むものなんだろうか。



 昼過ぎ。厨房でスープを煮込んでいると、ノクティアさんがひょっこり顔を出す。

 「エイミー、今日もいい匂いね。あの……最近、ちょっと元気がないみたいだけど、大丈夫?」

 「え? 私、元気です! むしろ元気すぎて……あの、ちょっと変な夢ばっかりで寝不足なんです」

 ノクティアさんは意味ありげに微笑む。

 「恋の悩み?」

 「ええっ、な、なんで分かるんですか!?」
 思わず大声が出て、スープの鍋がカランと鳴った。

 「女の子は、恋をしてるときは分かるものよ。……エイミー、もし困ったことがあったら、私に何でも話してね」

 ノクティアさんは本当に頼りになる。
 私はうなずきながら、いつか恋の相談もしてみたいな、と思った。



 午後、ちょっとした事件が起きた。

 「団長、訓練場の水桶が足りません!」
 「点呼用の名簿が一枚消えました!」
 「厨房のスプーンがまた一本足りません!」

 みんながあちこちから叫ぶたび、私はノートを片手に走り回る。
 物が消えるのはもう“日常茶飯事”。私の頭は、恋と仕事の両方でぐるぐる回っていた。

 「エイミーさん、これで何回目の捜索ですか?」
 「五回目です!」

 笑ってごまかしながらも、どこか心は上の空。

 (レオナート様、今ごろ何してるのかな……)

 と、ふと気が緩んで、バケツにつまづき尻もちをついてしまう。

 「いたたた……」

 その瞬間、後ろから大きな手が伸びてきた。

 「大丈夫ですか、エイミーさん」

 振り向けば、レオナート様。

 「だ、大丈夫です! ちょっと転んだだけで――」

 私が慌てて立ち上がろうとすると、レオナート様がそっと手を差し伸べてくれる。

 「エイミーさんは、いつも砦のために頑張ってくれている。もし疲れたときは、遠慮なく休んでくださいね」

 「はい……ありがとうございます……」

 なんだか涙が出そうだった。



 夕方。
 食堂で夕食の準備をしていると、カイラス団長がやってきた。

 「エイミー、今日はもう休め。夜は俺たちが片付けておくから」

 「えっ、でも……」

 「たまには女の子らしく、おしゃれしてみるのもいいぞ」

 団長の言葉に、ノクティアさんとエイミーが顔を見合わせて、思わず吹き出す。

 「カイラスがそんなこと言うなんて珍しいわね」
 「ノクティア、俺だってたまには気を利かせるさ」

 みんなが笑うと、どんな不安も吹き飛んでいく。



 夜。
 砦の外は静かな星空。私はこっそり庭に出て、ベンチに座った。

 「……私、恋してるのかな」

 目を閉じて、昼間の出来事をひとつひとつ思い返す。
 失くしたメモ帳、転んだときのレオナート様の手、ノクティアさんの優しさ。
 どれも胸があたたかくなる思い出ばかりだ。

 「エイミーさん?」

 声がして振り向くと、そこにはレオナート様が立っていた。

 「こんな夜に外で何をしているんですか?」

 「……ちょっとだけ、星を見ていました。最近、変な夢ばかり見るから、今夜はきれいな星が見たくて」

 レオナート様は私の隣に腰を下ろし、しばらく黙って星空を見上げる。

 「……エイミーさん」

 「はい?」

 「僕は、ここに来てよかったと思っています。砦のみんなが温かく迎えてくれて……エイミーさんにもたくさん助けられました」

 私はあわてて手を振る。

 「そ、そんな、私なんて! ただの台所番ですし、ちょっとドジで――」

 「いいえ、君の優しさは、みんなの支えです。……これからも、よろしくお願いしますね」

 その言葉が、なぜか涙が出そうなくらい嬉しかった。



 自分の部屋に戻って、ベッドに倒れ込む。

 「……ふふ、今日もいろいろあったなぁ」

 ドジをしても、恋に悩んでも、誰かの役に立てる毎日がある。
 そして、誰かを想う気持ちが、きっと“日常”をもっと大切にしてくれる。

 (恋って、たぶん、こういうことなんだろうな)

 “恋するエイミー”の砦騒動は、たぶん明日も続く。

 でも、きっと明日も大丈夫。
 みんなの笑顔があれば、どんなに不思議な夢を見ても、きっと乗り越えられる。

 「よし、明日もがんばろう!」

 エイミーの新しい一日が、また始まる。
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